2016年4月28日木曜日

植村隆『真実』の書評


評者野田正彰(精神病理学者)

日本全体主義がもたらした事件 この真摯な回答を謙虚に汲め


朝日新聞攻撃、慰安婦報道攻撃の煽りに巻き込まれ、虚偽の宣伝によって攻撃対象とされた植村隆・慰安婦問題事件の報告書である。
植村記者は1991年8月11日、朝日新聞大阪本社版に、元朝鮮人従軍「慰安婦」の1人(匿名)が挺体協に初めて体験を証言したという記事を出した。すぐ後で、この女性は名乗り出て記者会見、その後の日本政府に対する謝罪と賠償を求める慰安婦問題の出発点となった。
ところが日本軍の性暴力をどうしても否認したい人びとが反撃に出て、最初の報道となった植村記事を「捏造記事」と呼び(西岡力・東京基督教大学教授)、2014年1月末には「週刊文春」が「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」と個人攻撃を煽った。そのため雇用が決まっていた神戸松蔭女子学院大学に就任できなくなり、さらに非常勤講師をしていた北星学園大学に解雇を求める脅迫状が送られてくるようになり、植村氏の娘の殺害脅迫にまで到った。
何度となく繰り返されてきた右翼扇動マスコミが火を付け、匿名の脅迫者集合が呼応する日本的全体主義の事件のひとつである。攻撃を煽った人は、この様な脅迫に到ったことを言論人として謝るべきである。また二つの大学は、この種の攻撃を分析、討論していくことこそが教育研究の課題であったのに、ただ無難に乗り切ろうとした。
ソウルに語学留学し、大阪では猪飼野(いかいの)に下宿し、隣国・韓国への友好に生きてきた誠実な記者を、私たちは十分に支援してきたか、問われている。(岩波書店1800円)
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<日本ジャーナリスト会議2016年4月25日発行「ジャーナリスト」第697号より>