2017年7月13日木曜日

東京訴訟第9回速報

植村裁判東京訴訟(被告西岡力氏、文藝春秋)の第9回口頭弁論が7月12日、東京地裁で開かれた。連日きびしい暑さが続いている東京だが、103号法廷は96席ある傍聴席が支援者で埋められ、ほぼ満席となった。この日初めて傍聴にかけつけた労組、市民運動の関係者や朝日OBも少なくなかった。

■西岡被告、「当事者への取材を一切しなかった」ことが明らかに

午後3時開廷。原告と被告の双方が提出した準備書面を確認し合ったあと、原告弁護団事務局長の神原元弁護士が、第7準備書面の要旨を朗読した。
第7準備書面は、被告側が「名誉棄損部分等一覧表」に記載した反論と抗弁(3月18日付記載)に対して、24ページにわたって詳細な批判を加えている。
その要旨朗読の中で、神原弁護士は、被告側が「植村氏は金学順氏が養父によって身売りされて慰安婦になったことを知っていて書かなかった」としている点に主張をしぼり、「身売りされたという被告西岡の主張は証拠によっては全く証明されていない。金氏が国を訴えた訴状にも、(金氏の記者会見後の)韓国紙の記事にも、そのような記載は一切ない。金学順氏が身売りによって慰安婦にされたという事実は証明されていないと言わざるを得ない」と述べ、さらに「植村氏が意図的に偽りの記事を執筆したと西岡が信じるに足る相当な理由」(いわゆる相当性)についても、西岡氏は直接の当事者に一度も取材していないことを指摘し、「被告西岡の名誉棄損行為は、事実の証明がなく、相当性もない」とあらためて主張した。

西岡氏の取材内容とその問題点については、前回に植村氏側が14点にわたる質問(求釈明)を出していたが、その回答書面がこの日までに出されていた(6月12日付)。被告側はその中で、直接の当事者である金学順氏、尹貞玉氏(挺対協=韓国挺身隊問題対策協議会代表)と植村氏に一度も取材していないことを認めている。そのこと自体が驚きだが、その理由にはさらに驚くほかない。金氏については「入院中とのことで面会取材することはできなかった。現地在住の在日韓国人に会って話を聞いた」、尹氏については「当事者ではなく研究者と言う立場であり、特段の取材の必要性を感じず、取材をしなかった」、植村氏については「原告が執筆した新聞記事についての批評をしたに過ぎず、同記事の執筆者に取材をしなかったことは問題とされるべきではない」というのである。西岡氏の取材と執筆の姿勢と態度についてはこれまでも批判が絶えなかったが、植村さんに対する重大な誹謗中傷と名誉棄損行為が、じつは当事者へのひとかけらの取材もなく行われたことが、この日の口頭弁論で明らかになった。

法廷ではこのあと、原克也裁判長が今後の進行について双方の意見を聞き、次回期日と書面提出の締め切り日、進行協議の日時を確認した。午後3時7分閉廷。
次回(第10回)口頭弁論は10月11日午後3時から開かれる。

Text by NAKAMACHI

※「意見陳述要旨」全文と「第7準備書面」は記録サイト「梅村裁判資料室」に収録➡ こちら

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報告集会は午後4時から5時30分まで、参議院議員会館で開かれた。
弁護団報告は神原弁護士と、札幌訴訟弁護団の川上麻里江弁護士が行った。講演は、元共同通信特派員の菱木一美氏が約50分、報告は植村隆さんが約15分行った。
弁護団報告の要旨は次の通り。
■神原弁護士
名誉毀損は、間違った記事を書いて、だれか名誉を毀損したときでも、ただちに損害賠償義務を負うわけではない。ちゃんと誠実に取材をつくした場合は成立しない。本件で西岡さんが植村さんの記事を書くときどんな調査をしたか。求釈明を出し、回答が来た。それを受けてこちらが、「そんなのはダメだろう」と主張した。
被告西岡は、金学順さんや尹貞玉さんに取材したか。取材していない。「当時は病気で会えなかった」というが、その後もご存命なので会う機会はあった。「日本のマスコミ取材の手配をした在日韓国人女性と会って経緯について確認した」という。現地のホテルや通訳の手配を手伝っている女性から「また聞き」したというのが取材だという。
金学順さんについては、植村さんは肉声のテープを聴いた。彼は植村さんに対して「金学順さんに会わずテープだけで取材したからけしからん」といった。そういうことを言って捏造記者だと批判している西岡は会ってもいない。現地手配を手伝った女性から「また聞き」した。それだけで「植村さんは、金学順さんが身売りされたと書かなかったから捏造だ」という。とんでもない。
次回の裁判は10月11日ですね。お互いに書面を出し尽くしており、このあたりで主張は尽きてくる。 その後、年明けに証人申請を出し、春には証人尋問。夏か秋には判決をめざす。
川上弁護士
札幌弁護団からの報告をします。櫻井よしこ、新潮社、ダイヤモンド社、ワック社を相手に提訴しています。札幌には北星学園大があります。大学への圧力の現場で訴訟を起こすことに意義を感じ、1年かけて、裁判管轄についての訴訟をやり、それから本題に入った。
きょうは東京の期日に初めて出席した。札幌の裁判長はやる気で指揮をしており、法廷でも「この後、報告集会をやるんでしょう」と言ったりする。裁判所自らが争点表をまとめて整理をしながら進めている。それは裁判長のキャラクターということだろうが、相手方代理人は趣旨のよくわからない主張をしてくる。これは私の論評ですが、よくわからない証拠も出してくる。そんな感想を個人的に抱くような状況です。
櫻井がやった名誉棄損、「捏造記者」という主張への反論とともに、その結果として発生した損害について、北星学園大に対して送られたメール、電凸といわれる大学に電話を掛けて困らせようという攻撃、それらも名誉毀損から生まれた行為だと主張している。
札幌の支援者のみなさんにもご尽力をいただいて主張をまとめている。市民も立ち上がって訴訟を支えて、一緒にたたかっていくという姿勢でおります。そろそろ証人尋問準備に入ろうというところで、順調に進んでいる。東京のみなさんも、札幌にも目線を向けていただき、いっしょに勝訴に向けて進んでいきたい。
 

※菱木一美氏の講演、植村さんの報告の詳報は後日、掲載します

2017年7月10日月曜日

札幌第8回報告集会

 植村裁判札幌訴訟の第8回口頭弁論報告集会が77日午後415分から札幌市教育文化会館で開かれた。弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士が裁判の進行状況を報告した後、植村隆さんが近況報告を兼ねて「文在寅政権の対日政策と日韓関係」と題して講演。「負けるな北星!の会」(20161031日解散)の元呼びかけ人、内海愛子・恵泉女学園大学名誉教授も挨拶した。司会は植村裁判を支える市民の会事務局の益子美登里さん。約80人が参加した。

■マケルナ会記録集刊行を報告
 主催者を代表し、支える会の林秀起事務局次長が挨拶。支える会の母体ともなった「負けるな北星!の会」の記録集『北星学園大学バッシング 市民は かく闘った』(247頁、頒布価格500円)の刊行を報告した。

■年度内に判決か
 小野寺弁護士によると、裁判進行のロードマップは①主張整理②立証(証人尋問)③判決――の3段階。現在は①の最終局面にある。次回期日の98日、次々回期日の1013日をもって①の段階が終わり、1122日の進行協議(非公開)を経た次の期日でいよいよ植村さんや被告の櫻井よしこさんらの証人尋問が始まる見通し。小野寺事務局長は「年度内の判決が見えてきたと言える」と述べた。
 小野寺弁護士はこの日の弁論で、被告ワック社(『月刊WiLL』の発行元)が提出した自らの主張を補強する証拠約120件が「本件訴訟と関係がない」として裁判所が「バッサリ削除」した場面を振り返った。「慰安婦は売春婦だ」といった主張で、被告側の論点すり替えが裁判所に見透かされたとも言える。

■韓国現代史からの学び~植村さん近況報告
 植村さんは韓国カトリック大学(校)で「東アジアの平和と文化」をテーマに客員教授として教鞭を執っている。日本にあまり知られていない大学の知名度アップを目標に授業の中で製作した大学紹介の日本語パンフレットを持参し、「韓国カトリック大学を日本に発信したい」と意気込みを語った。
 韓国では朴槿恵前大統領の罷免・逮捕、大統領選、文在寅政権の誕生と激動の現代史が進行している前大統領の失脚の原因は「お友達」への利益誘導が国民の怒りを買ったこととコミュニケーション能力の欠如にあったと分析。「これ、日本ではなくて韓国の話です」と会場を笑わせた。国民との対話を重視する大統領の姿勢は世論調査でも高評価を得ているという
 文在寅大統領が掲げる日韓慰安婦合意の見直しについても言及。安倍晋三首相が政治家として何を目指してきたか。日本軍の関与と強制性を認めて謝罪した1993年の河野談話の見直しを念頭に、教科書に載った慰安婦の記述に「自虐教育」と反発する国会議員の会を組織するなど、「記憶の継承をずっと妨害してきたのが安倍首相だ」と指摘した。
植村さんが強調したのは韓国で展開している「ひろばの政治」。前大統領の退陣を求め、街のひろばで連日展開された市民による「ローソク集会」は「デモクラシーの原点を見ているようだった」と韓国における「学び」の大きさを語り、その根本にある韓国の憲法第1条を読み上げた。
大韓民国は民主共和国である。大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民から発する」
植村さんは「当たり前のことだが、ローソク集会は国民が主権者であることを、身をもって示していると考えさせられた」としめくくった。
 内海愛子さんは短いスピーチの中で、戦後補償から置き去りにされた朝鮮半島や台湾出身のBC級戦犯、空襲の民間人被害者の問題に触れ、「東京裁判は天皇(の責任)、一般国民の被害、植民地支配の問題に触れなかった。何が裁かれ、何が裁かれなかったのか、考えなくてはいけない」と訴えた。

■7.7平和集会に合流
通常の報告集会はゲストを招いての講演を組み込んできたが、この日は午後6時半からかでる27で開かれた第327.7平和集会「アジアから今、問われている あの戦争」(メーン講師は内海愛子さん)への合流を想定していつもより短い約1時間で切り上げた。平和集会は支える会を含む35団体で実行委を構成。植村さんも、会場を埋めた約200人を前に韓国の現状について20分間特別報告した。


Text by YAMADA



2017年7月8日土曜日

札幌訴訟第8回速報

入廷する植村さん(前列左)と弁護団と、付き添うチワワ(左端)
■判決の下敷きとなる「主張整理案」めぐりやり取り
植村裁判札幌訴訟の第8回口頭弁論は7月7日午後、札幌地裁805号法廷で開かれた。正面左の植村さん側の弁護団席には22人が、右の櫻井氏側には6人が着席した。
原告と被告双方は、裁判所が前回弁論(4月14日)の後に提示した「主張整理案」(6月2日付)についての意見を書面で提出し、次回以降の進め方についても意見を交わした。
裁判所の「主張整理案」とは、第1回弁論以降の原告側主張と被告側の反論を精緻に要約した文書で、本文はA4判17ページ、別紙主張対照表はA4判8ページにわたっている。ここに書かれている内容は、裁判所の客観的な“理解度”を示しており、裁判の最後に書かれる判決書の争点整理の項の下敷きともなる重要な書面である。
植村さん側はこの整理案について、肩書や日付の誤記の指摘と、表現の補強要請など8点を簡潔に述べるにとどめ(第12準備書面)、この日の法廷では意見陳述はしなかった。原告側の読み上げ陳述なしは今回が初めて。
一方、被告側は、櫻井氏と新潮社が7月5日付の書面を提出したが、追記と部分削除の要求が含まれていたため、主張整理案をめぐるやりとりは持ち越され、次回以降も続くことになった。櫻井氏側はこれとは別に、前回弁論で植村さん側が提出した第11準備書面(ネット上の櫻井氏の記事が植村バッシングを拡大させたことを実証し追及した)に対する反論(第5準備書面)を提出し、「櫻井の論文と第三者による脅迫行為に因果関係はない」と主張している。また、ワック社はA4判27ページの長大な書面(6月30日付)を提出し、戦時中の軍資料類を多数援用しながら、朝日新聞の慰安婦報道や吉田清治証言を批判している。これは「主張整理案」とも植村さんの書いた記事とも直接は関係がない“歴史修正主義”史観の独演会である。温厚で公正な訴訟指揮をする岡山忠弘裁判長は、ワック社の弁護士に対して、「(要するに)捏造との関係では、女子挺身隊と慰安婦は違うということを言いたいのですね」と皮肉たっぷりな質問を浴びせていた。
次回以降の進め方については、岡山裁判長が「次回と次々回も主張整理案の論議は続けるが、同時に証人尋問の方針やその範囲も双方にお伺いしたい」と述べ、簡単なやり取りの後、原告、被告双方が証人尋問の具体的な準備に入ることを確認した。日程は次回(9月8日、第9回)と次々回(10月13日、第10回)が確定した。これにより、第10回弁論で双方の主張のやり取りは終了し、その次に、終盤の対決のヤマ場となる証人尋問を迎えることになった。証人尋問には植村、櫻井両氏が出廷する。両氏の直接対決があるかもしれない。開廷は午後3時30分、閉廷は同3時45分だった。
この日、札幌は最高気温が33度を超え、今年初めての真夏日となった。支援者の夏も熱い。傍聴希望者は定員71人に対して78人だった。午後3時過ぎ、裁判所職員が今回も抽選となったことをハンドマイクで告げると、横7列に並んだ行列から軽いどよめきが起きた。
次回は9月8日、次々回は10月13日に開かれる。いずれも午後3時30分開廷。

■報告集会で内海愛子さんが応援のエール
報告集会は午後4時15分から裁判所近くの札幌市教育文化会館で開かれた。定員72人の302号室が満員となった=写真左。
はじめに、支える会事務局の林秀起さんが、「負けるな北星!の会」(マケルナ会)の記録集「北星学園大学バッシング 市民はかく闘った」が前日(7月6日)に発刊されたことを報告し、購読を広く宣伝するように呼びかけた。続いて、弁護団報告。植村弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士が、裁判の進展状況と到達地点を説明し、「いよいよ双方の主張は出尽くし、前半戦は終盤を迎える。その後には、証人尋問が待っている。引き続き支援をお願いしたい」と訴えた。
報告集会の定番となった植村さんの韓国報告は、5月の大統領選挙によって文・革新政権が誕生した後の韓国情勢と「慰安婦」合意をめぐる日韓関係が中心となった。植村さんは、「大統領選の前夜、文候補の街頭演説をソウル市内で聞いた。支持者と聴衆はスマホのライトをキャンドルにして掲げた。その光のウエーブを見ながら、韓国は変わる、新時代が来ることを実感した。キャンドル集会ではいつどこでも、大韓民国憲法の条文がテーマ音楽のように歌われ朗読されていた。その第一条は、大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から発する、とある。私は韓国に教えに来ているが、たくさんのことを教えられてもいる」と語った。最後にあいさつした内海愛子さん(恵泉女学園大学名誉教授)は、マケルナ会呼びかけ人のひとり。植村裁判はこの日、初めて傍聴した。「いまも、傍聴にたくさんの人が並び、抽選になっていることに、感謝します。裁判は勝つことが大事ですが、同時に運動として広げ固めていくことも大事。私の経験からそう思います」とやわらかな口調で感想を語り、エールを送った。
この後、内海さんと植村さんは、道民活動センター(かでる2・7)で開かれた「7・7平和集会」に講演者として参加した。この集会は、盧溝橋事件が起きた7月7日に、道内の宗教者、法律家、市民運動などの団体が1986年から毎年開催している。事件から80年にあたることしは内海さんと植村さんが招かれ、内海さんは「戦後史の中の和解---置き去りにされた植民地支配の清算」、植村さんは「韓国報告---文在寅政権の対日政策と日韓関係」と題して講演した。定員150人の会場は200人を超える参加者で超満員となっていた。

 *報告集会の詳報は後日掲載します。


 マケルナ会の記録「北星学園大学バッシング 市民はかく闘った」
 2014年春から2年近く、北星学園大学と植村さん、そして植村さんの家族にも及んだバッシングに対して闘った市民の行動の全容が記録されている。経過年表、脅迫の実態、シンポジウムや集会の記録、呼びかけ人と参加者の思い、賛同者全氏名、資料(支援声明・アピール・要請書・決議・抗議など)から成っている。A4判246ページ。厚さ13ミリ、重さ635グラム。頒価500円。

2017年7月3日月曜日

吉見裁判、上告棄却

日本軍「慰安婦」問題の著作をめぐる発言について、吉見義明中央大学名誉教授が桜内文城衆院議員(当時)を名誉棄損で訴えていた裁判で、最高裁は6月29日、吉見さんの上告を棄却しました。支援団体(吉見裁判いっしょにアクション)と吉見訴訟弁護団は「最高裁決定は極めて不当だ」として、7月1日に抗議声明を発表しました。それぞれの声明には、提訴の経過と判決の問題点(①吉見さんはなぜ提訴したのか、②東京地裁と東京高裁の判決はどのようなものだったのか、③吉見さんの研究成果は「捏造」と認定されたのか、④「慰安婦」制度が性奴隷制度であることは否定されたのか)が、わかりやすく書かれています。以下に全文を転載します。
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【吉見義明さん名誉毀損訴訟最高裁決定に対する抗議声明】

1 中央大学名誉教授の吉見義明さんが日本維新の会(当時)の桜内文城衆議院議員(当時)を名誉毀損で訴えた裁判(以下、吉見裁判)において、2017629日、最高裁判所第一小法廷(裁判長小池裕)は吉見さんの上告を棄却し、受理をしないというきわめて不当な決定(以下、最高裁決定)を行いました。

2 この訴訟の発端は、20135月に橋下徹前大阪市長が「慰安婦制度が必要なことはだれでもわかる」と発言したことです。国内外からの批判を浴びた橋下前市長は同月、日本外国特派員協会で弁明のために講演しました。その際に、同席していた桜内氏が司会者の発言に関して、「ヒストリーブックスということで吉見さんという方の本を引用されておりましたけれども、これはすでに捏造であるということが、いろんな証拠によって明らかにされております」(以下、桜内発言)と発言しました。

3 研究者の研究業績を何の根拠もなく「捏造」であると公言する行為は、研究者に対する重大な名誉毀損であるだけでなく、研究者生命を奪いかねないほど深刻なことです。そして、この桜内発言が看過できないのは、吉見さんが明らかにしてきた「慰安婦」被害に関する事実を根幹から否定することで、被害者の名誉と尊厳をも冒涜するものであったということです。

4 吉見さんは、桜内発言が名誉毀損にあたるとして損害賠償請求に踏み切りました。しかし、2016120日の東京地方裁判所の判決(以下、地裁判決)は、桜内発言中の「捏造」(「事実でないことを事実のように拵えること」との意味)という言葉が、「誤りである」「不適当だ」「論理の飛躍がある」といった程度の趣旨であるとの認識を示し、被告を免責しました。
 吉見さんは控訴しましたが、同年1215日に出された東京高等裁判所判決(以下、高裁判決)は、「これはすでに捏造である」(桜内発言)の「これ」の意味がさまざまな解釈が可能であるとし、「吉見さんという方の本」を指すとは認定できず、名誉毀損は成立していないと判断しました。
 地裁・高裁判決ともに、誰が見ても容易に理解できる日本語の解釈を歪曲させたものであり、非論理的なものでした。

5 高裁判決を受けて、吉見さんは最高裁判所への上告を行いました。上告にあたっては、高裁判決の不当性を最高裁判所に示し、適切な決定を行うように求めました。しかし、最高裁決定は、「門前払い」というべきものでした。

6 吉見さんは丹念な資料調査と聞き取り等により日本軍「慰安婦」問題の実態解明に誰よりも大きく貢献し、日本国内外の歴史学界において高い評価を得てきました。地裁判決に対して、日本歴史学協会をはじめとした歴史学15団体が抗議声明を出したことはその証左です(2016530日)。また、吉見裁判に対しては、日本国内はもちろん世界の市民から、本会への入会、裁判の傍聴、集会への参加や「公正な判決を求める国際市民署名」などの形で、あたたかいご支援をいただきました。

7 今回、日本の司法の最高機関である最高裁が不当な決定を行ったことは、日本の司法の腐敗を白日の下にさらすものです。歴史研究の成果に根拠なく「捏造」と発言しても免責されるというのは、いったいどういうことなのでしょう。この決定は、歴史学界への全面的な挑戦であり、日本と世界の市民の声を踏みにじるものです。そして、「慰安婦」被害者の名誉と尊厳をいっそう冒涜するものです。断じて許すことはできません。

8 地裁・高裁判決、そして、最高裁決定は、吉見さんの研究成果が「捏造」だということを認定したものではありません。
 また、吉見裁判では、日本軍「慰安婦」制度が性奴隷制度といえる根拠についても、議論を展開し、桜内氏側の議論をことごとく論破してきました。地裁・高裁判決、最高裁決定のいずれにおいても、「慰安婦」制度が性奴隷制度であるか否かという点については、何らの判断も行われませんでした。したがって、「慰安婦」制度が性奴隷制度であることが否定されたことにはなりません。
 「慰安婦」制度が性奴隷制度であるというのは、国際的な常識であり、歴史学界においても広く共有されている認識です。また、この裁判を通じて、「慰安婦」問題の歴史的実態がよりいっそう明らかにされたことも特筆すべきことです。

9 私たちは、不当な決定に強く抗議するとともに、吉見さんの名誉回復と、日本軍「慰安婦」問題の真の解決に向けて、取り組みを続けていきます。吉見裁判をご支援いただいたみなさんにお礼申し上げるとともに、今後の「慰安婦」問題の真の解決のための活動へのご協力をお願いする次第です。

2017
71日 
YOSHIMI裁判いっしょにアクション

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【吉見義明教授名誉毀損事件の最高裁決定に対する弁護団声明】

1 2017年6月29日、最高裁判所第一小法廷(裁判長小池裕)は、桜内文城前衆議院議員(当時日本維新の会)の吉見義明中央大学名誉教授に対する名誉毀損事件について、吉見教授の上告を棄却し,上告受理申立を上告審として受理しないという極めて不当な決定(以下「本決定」という。)を下した。

2 この事件は、橋下徹大阪市長(当時)が、2013年5月27日、「慰安婦」問題に関して日本外国特派員協会で講演した際に、同席していた桜内氏が、「ヒストリーブックスということで吉見さんという方の本を引用されておりましたけれども、これは既に捏造であるということが,いろんな証拠によって明らかとされております。」と述べたこと(以下「本発言」という。)により、吉見教授の名誉が毀損されたという事件である。

3 東京高等裁判所の判決(以下「原判決」という。)は、本発言中の「これは」が指示しているものを「吉見さんという方の本」と特定できないとして,名誉毀損が成立しないとした。これは,論理も事実も無視して控訴棄却の結論を導いたというべきものである。
 今回,最高裁判所が,このような極めて不当な原判決に何らの批判も加えずに本決定を出したことは,国民が司法権に付託した責務を放棄するものであり,強く抗議する。

4 吉見教授は日本軍「慰安婦」問題について世界的に知られた第一級の研究者であり,その著作は数々の史料と証言に基づく実証的な研究として高く評価されている。
 本決定は,桜内氏の本発言が吉見教授の著作に言及したものと認めることができないとの原判決の事実認定を前提としており,吉見教授が著作の中で捏造したか否かについて判断を示していない。したがって,本決定によっても,吉見教授の「慰安婦」問題に関する研究実績への評価は微塵も揺るがないものである。

5 私たちは、研究者に対するいわれ無き捏造非難に対し断固として抗議するとともに,研究者の学問研究の自由を守り発展させ,「慰安婦」の被害実態が人権問題であるということへの正確な理解が社会で共有されるよう,今後も取り組みを続ける決意を表明する。

2017年7月1日
吉見義明教授名誉毀損訴訟弁護団

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