2017年12月28日木曜日

1、2月集会の講演

2018年1、2月に東京と札幌で開かれる口頭弁論後の報告集会の講師は、東京が望月衣塑子さん、札幌が池田恵理子さんです。演題と日時は次の通りです。いずれも、講演の前に、弁護団と植村隆さんからの報告があります。
■望月衣塑子さん(東京新聞社会部記者)
「記者への攻撃と報道の自由」
1月31日(水)16:00~17:30、参議院議員会館101会議室(予定)
■池田恵理子さん(女たちの戦争と平和資料館館長、元NHKディレクター)
「慰安婦」問題はなぜタブーにされたのか ~メディアと教育への政治介入の果てに
2月16日(金)18:30~20:00、札幌エルプラザ4階大研修室



2017年12月10日日曜日

原寿雄さんを悼んで

ジャーナリストの原寿雄さんが、11月30日に亡くなりました。
原寿雄さんは、高い識見をそなえ豊かな経験をもつジャーナリストとして、「負けるな北星!の会」の呼びかけ人に名を連ね、また、植村裁判が始まってからは東京地裁に意見書を提出し、植村さんと私たちを支えてくれました。
これまでのご支援に感謝を捧げ、ご冥福をお祈りします。


追悼 「良心を発動」の呼びかけ忘れずに伊藤誠一

弁護士、植村訴訟札幌弁護団共同代表

慎んで哀悼の気持ちを表明します。
原さん(お話を伺ったことなく、面識もございませんが、親愛の情からこう呼ばせていただきます)には、私が青年の頃より、日本社会の動きとジャーナリズムの実際が問われる場面で必ず、そのご発言を参照させていただいておりました。
戦中、戦後を俯瞰する長い時間軸にこの2つを定位させて関係を論じられる、あるべきジャーナリズム、ジャーナリストへの提言は、私のささやかな知の中に取り込ませていただきました。
2014年8月の朝日新聞による「慰安婦報道検証」とその周辺についての発言、「『良心的であればいい』ということで終わらず具体的な言動で『良心を発動し始めよう』と呼びかけたい」、「一人で行動するのが難しかったら、2、3人で集まるなどしてとにかく何らかの形で良心を発動させていく」(月刊「ジャーナリズム」2015年3月号)は、志あるジャーナリストに対する呼びかけですが、「社会正義を実現する」とその使命を法に規定された弁護士の現代社会との向き合い方について、強く響きます。
還暦を遠く過ぎた今日も座右の銘のごときを持てないできていますが、原さんのこの言葉は忘れないでいきたいと思っています。

追悼 勇気づけ支えてくれた大先輩植村隆

元朝日新聞記者、植村裁判原告、韓国カトリック大学客員教授

ジャーナリストの大先輩、原寿雄さんの訃報を聞き、大きなショックを受けています。
「もうお会いできないか」と思うと、悲しくてなりません。
原寿雄さんのことを知ったのは、いまから40年近く前、早大生時代でした。早稲田の古本屋で、「デスク日記」という本を見つけ、夢中になって読んだ記憶があります。原さんが、小和田次郎というペンネームで書いたものです。
デスクとは、新聞社で、記者の書いた原稿をチェックして、出稿する担当者のことを言います。そのデスク体験から、報道について洞察された記録でした。この本は新聞記者を目指す私にとって、とても参考になりました。そして、ますます新聞記者になりたいと思ったものです。
その後、朝日新聞の記者となり、原さんの他の著書も読ませていただきました。
お会いする機会は長らくなかったのですが、新聞記者の大先輩として、教えられることが多く、尊敬しておりました。
その原さんにお会いし、話をすることができたのは、植村バッシングがきっかけでした。1991年の慰安婦問題の記事をめぐって、2014年1月末発行の「週刊文春」で、「捏造記者」とレッテル貼りされ、激しいバッシングを受けていた私に、救いの手を差し伸べてくれたのが、原さんでした。
原さんと筆者(2014年11月)
その年の8月5日、朝日新聞は私の記事について、「事実のねじ曲げない」と「捏造」を否定したのですが、バッシングは収まりませんでした。朝日新聞の先輩である藤森研・専修大学教授が、とても心配し、原さんらジャーナリズム界の大先輩たち数人を前に事情説明をする機会をつくってくれました。そして、9月、私は東京で原さんたちに、資料を見せて、「捏造記者」でないことを詳しく、説明しました。原さんも理解してくれ、応援をしてくれることになりました。
原さんは、「自分の会社の記者が、『捏造記者』とされているのに、何で朝日は動かないのか」という趣旨の話を私にしてくれました。その怒りが、私の心に響きました。
その年の11月、東京でジャーナリズム関係者を前に報告する機会がありました。メディア総研の例会でした。原さんは一番前の席に座っておられました。その姿が、どんなに、私を勇気づけてくれたことでしょうか。この場が、東京での反転攻勢の大きな契機になりました。
ゆがんだ誹謗中傷の記事がどれほど多く書かれても、原さんが私を理解し、私の側に立っていてくれていることが、私にとって、大きな心の支えでした。そして、私を支援してくれるジャーナリストの仲間たちが、どんどん増えていきました。
原さん、ありがとうございました。
ご冥福を祈っております。
そして、私は日本のジャーナリズムを守るため、闘い続けます。

マケルナ会メッセージと植村裁判意見書

■原さんは、2014年10月6日に東京であった「マケルナ会」発足記者会見に、呼びかけ人のひとりとしてメッセージを寄せました。その全文です。

植村さんの勤務先である北星学園大学への脅迫に加え、娘さんに対するひどい脅迫めいたバッシングは、単なるヘイトスピーチではなく、明らかな犯罪だ。こういうことが見過ごされるようになったら、日本社会の自由な言論が封じられ、ものが言えなくなる。これは、大学の自治だけの問題ではなく、日本社会の大問題である。

■2015年12月には、東京地裁に植村裁判についての陳述書を提出しました。A4判2ページの簡潔な意見書です。その一部を掲載します。

陳述書 2015年12月11日
1 私の経歴(略)
2 ジャーナリズムにおける「捏造」の意味
ジャーナリズムの世界では、「誤報」「盗用」「捏造」がよく問題になります。「誤報」はある程度やむを得ない面がありますが、「盗用」と「誤報」は犯罪であり、真実追及を掲げるジャーナリズムの世界では許されないものです。

(1)「誤報」について(略)

(2)「盗用」と「捏造」について
「盗用」と「捏造」は、ジャーナリズムとしての「犯罪」だと思っています。「盗用」は著作権の問題がありますから、刑事告訴されてもやむを得ない。
「捏造」も(刑事罰はないとしても)、ジャーナリストとしては「犯罪」視すべきものです。「捏造」は「誤報」と違い、意図的に行われるものです。「捏造」の「捏」は捏ねる(こねる)という意味です。粘土をこねて何かを作りだすというのが「捏造」の意味なのです。
捏造記事といって、まず思い出すのは、伊藤律会見捏造事件(1950年9月27日付け朝日新聞夕刊)です。朝日新聞としては恥ずべき歴史的不祥事です。
消息を絶った日航機が三原山に衝突した事件で、事実は乗客30人全員が犠牲となったのに、長崎民友新聞は、「漂流して全員救助」の誤情報を受けて、「危うく助かった大辻伺郎」の見出しをつけて、乗客だった漫談家の話として「漫談の材料が増えたよ」という談話を掲載したということもあります(1952年4月10日付け長崎民友新聞)。
共同通信社でも、セイロン(現スリランカ)で失敗に終わった皆既日食観測を成功と報道してしまった例がありました。(1955年6月20日)。これは成功の場合と失敗の場合の予定稿を用意していたのですが、確認がとれず、英国観測隊が成功したとのセイロン放送に依拠して、“英国隊から僅か12キロの距離にいる日本観測隊も成功したはずだ”という在京の本社デスクの判断で記事を出してしまったというものです。記事の中には「喜びの瞬間、観測隊長は胸から手帳が落ちたが拾おうとしない」云々と、あたかも見てきて記事を書いたような脚色があるので、これは「捏造の一種」でしょう。捏造は意図的である点で悪質です。
「捏造」を行った記者は、読者、視聴者への背信として、懲戒処分(場合により懲戒解雇)を免れません。それほど「捏造」の罪は重いのです。

3 植村さんの問題について
「捏造」は犯罪であり、「捏造記者」と言われることは、ジャーナリストとしての「全人格の否定」です。最大最高級の侮蔑、と言ってもいいでしょう。
ジャーナリズムの使命は、真実の報道ということです。「捏造」は意図的に真実でないことを報道するのですから、ジャーナリズムの使命を真正面から否定することです。
「捏造記者と呼ばれるより三流記者とか御用記者のほうが、名誉毀損度は高い」と言う人もいるそうですが、そうではありません。「三流」とか「御用」というのは評価の問題です。「捏造記者」というのは、嘘を書くのが平気な人ということで、ジャーナリズムの世界では、最大の侮蔑的な言葉です。

4 まとめ
植村隆さんが、「捏造」記者と報道されたのは、新聞記者として致命的な名誉毀損だと考えます。裁判所はこのことをご理解いただき、公正な裁判をして頂きますようお願いいたします。
以上 

■原寿雄さんの訃報(12月8日、共同電)

「デスク日記」や「ジャーナリズムの思想」の著者で、報道の在り方を問い続けた元共同通信社編集主幹のジャーナリスト、原寿雄(はら・としお)氏が11月30日午後6時5分、胸部大動脈瘤破裂のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。92歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は親族のみで行った。喪主は妻侃子(よしこ)さん。
東大を卒業。1949年に社団法人共同通信社に入り、社会部次長、バンコク支局長、外信部長、編集局長、専務理事、株式会社共同通信社社長を歴任。新聞労連副委員長や神奈川県公文書公開審査会会長、民放とNHKでつくる「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた。


2017年11月23日木曜日

本人尋問期日が決定

札幌訴訟 

櫻井よしこ氏と植村氏の本人尋問
2018年3月23日(金)に決定

植村裁判札幌訴訟の進行協議が11月22日、札幌地裁で開かれ、原告植村隆氏と被告櫻井よしこ氏が出席する本人尋問(第11回口頭弁論)は2018年3月23日(金)に実施することになりました。
また、それに先立つ第10回口頭弁論(2月16日、開始時間未定)で行う証人尋問についても協議が行われましたが、結論は来年1月11日(木)に開く進行協議に持ち越されました。本人以外の証人の人選は、これまでに原告側は喜多義憲(元北海道新聞ソウル特派員)、吉方べき(言語心理学者)、田村信一(北星学園大学学長)の3氏を、被告側は西岡力(元東京基督教大学教授、東京訴訟の被告)、秦郁彦(歴史学者)の2氏をそれぞれ申請し、本人の陳述書もすでに提出されています。この日の協議で、岡山忠広裁判長は、「主尋問に対する反対尋問を必要とするかどうかで証人の採否を考える。学者は専門的知見を意見書として提出すればいいのではないか」との考えを示しました。この考えによると、証人は喜多氏以外は不採用となります。被告側は強く反対しました。そのため、裁判長は協議をつづけることにしました。

<以上は、同日夜に開かれた植村裁判報告集会で小野寺信勝弁護士(原告弁護団事務局長)が報告した内容の要約です>

11月22日報告集会

札幌訴訟の進行協議があった11月22日、報告集会が札幌市教育文化会館で午後6時半から開かれた。弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士が証人尋問についての協議結果を報告した後、植村さんが韓国での3つのできごと(女子高での講演、日韓学生セミナー、ナヌムの家遺品館開所)をスライドを上映しながら語った。講演は、日本報道検証機構代表で弁護士の楊井人文さんが「フェイクニュース問題とは何か」と題して行い、誤報を検証し監視するファクトチェック組織が海外で大きく広がっている現状を紹介した。
楊井さんの講演と植村さんの報告の要旨は次の通り。

■楊井さんの講演
《フェイクニュース問題とは何か~「捏造」決めつけの背景に迫る》
ことしの流行語大賞の候補のひとつに「フェイクニュース」がなっているそうだ。フェイクニュースは偽装ニュースと訳されている。ウソのニュース、でっちあげ、などという意味でトランプ氏が使っている。単なる誤報ではなく、それを発信する側を非難する文脈で使われている。私には今もってよくわからないところがあり、フェイクニュースという語は極力使わないようにしている。
私は「誤報」問題をずっと扱ってきた。メディアが日々提供するニュースが正しいのかどうかは一般読者にはわからないことが多い。判断できるのはニュースの当事者か、専門家だ。私たちは誤報にさらされていることに気づかないでいた。日本のメディアには、訂正をしないという共通の病理がある。ニューヨークタイムスの訂正欄はいちばん目立つページにあり、毎日10本程度の詳しい訂正記事が載っている。
5年前に「GoHoo」というサイトを設立した。マスコミ誤報検証・報道被害救済サイトで、一般社団法人日本報道検証機構が運営している。これまでに700件あまりの指摘をしてきた。このようなサイトは日本にはひとつしかないが、海外では欧米、アフリカ、アジアで広がっている。現在136以上のサイトがあるといわれている。そこで使われているのは、ファクトチェックという言葉だ。私も、フェイクニュースではなくファクトチェックという言葉を使いたい。ファクトチェックとは、取材過程のチェックではない。見解・評価が正しいかどうかを判定することでもない。すでに発表された事実に関する言明の真偽・正確性を検証する活動だ。
ファクトチェックには人とお金も必要だが、まずネットワーク作りが必要だ。ことし7月、スペイン・マドリッドでファクトチェック国際会議「GlobalFact4」が開かれ、40カ国以上から約180人が参加した。この会議は、2015年に発足した国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が主催している。私も参加した。印象に残ったのは女性が多いということだった。既存のメディアが男性支配であることの反映だろうか。韓国ではことし3月にソウル大学にファクトチェックセンターが開設され、大手新聞や公共放送16社が活動に共同参加している。ファクトチェックの取り組みは先進国では日本がいちばん遅れている.
私は6月にファクトチェックイニシアティブ(FIJ)を設立した。FIJは、10月の総選挙で政治家の発言や新聞の報道、ネット上に流れた言説などの情報を扱った。松井・大阪府知事の発言(大阪では教育無償化を実現している)、産経新聞の報道(立憲民主党の新党結成要件に衆院解散後の前職はカウントされない)など22件ある。松井知事はその後、言わなくなった。産経は訂正したが、ネット上で広がったままで、それを使う人がいたりした。私たちのこのプロジェクトは朝日新聞の一面でも紹介されたが、それは名古屋本社版だけだった(笑い)。
朝日新聞社は、森友・加計学園問題についての報道を「戦後最大級の報道犯罪」と書いている本の著者と出版社に対して抗議・訂正の申し入れを送り、同社のサイトで公開した(11月21日)。16カ所に及ぶ記述を事実誤認、名誉棄損とし、具体的に反論している。(同じようなことは)これまではほったらかしにして、まわりまわって蒸し返されたりした。その教訓だろうか、きちんと出すことはいことだし、重要だ。
ジャーナリズムでは捏造と盗用をすれば一発退場だ。ファクトチェックせずして、偽ニュースを語るなかれ。植村さんは捏造と決めつけられたが、捏造という決めつけ表現は、よほど慎重に調査してやらなければならない。安易に使ってはいけない。


■植村さんの報告《韓国2017秋》
カトリック大学のある地元、プチョン(富川)市の冨川女子高校に招かれて講演に行った。校舎に入ると階段に沿って「少女像」のポスターがたくさん掲示されていた。よく見ると有名な少女像の顔ではなく、生徒たちの顔であることに気がついた。生徒たちは慰安婦問題を自分自身のこととして重ね合わせて考えているのだ、ということがわかった。講演の後、記念撮影やサイン会で盛り上がった。約100人の生徒たちから送られた1冊の寄せ書きノートには、私へのメッセージや上手な似顔絵がびっしりと書かれていた。
ジャーナリストをめざしている学生たちが日本からやって来て、韓国の学生と交流するセミナーが開かれた。日本ジャーナリスト会議や新聞労連の有志が企画した催しで、私はコーディネーター役を務めた。11月1日から5日まで、ソウルの新聞社見学やソウル市長インタビュー、板門店取材などを行った。慰安婦だったハルモニ(おばさん)たちが暮らすナヌムの家も訪問し、つらい体験談に学生たちは耳を傾けた。日本からの参加学生は24人で、うち4人が中国人留学生だ。日中韓の若者たちが語り合う5日間のセミナーだった。このような交流から生まれるものに私は期待したい。
ナヌムの家に遺品館が作られ、11月18日に開所式が行われた。ナヌムの家で亡くなったハルモニの思い出の品や似顔絵が展示されている。アンネ・フランクは日記を残すことができた。日記を残さないハルモニたちは、ここで、みなアンネになった。慰安婦の記憶が遠ざけられようとしているいま、こうして記憶をつないでいくことが大事だと思う。日本からもたくさんのボランティアが訪れていた。札幌から来た看護師さんはハルモニの身体をリフレクソロジーでマッサージして喜ばれていた。

楊井講演、植村報告とも、ブログ管理人H.Nがまとめました。文責はH.Nにあります>


2017年11月19日日曜日

解説マガジン発行!

大詰めの重要局面にさしかかった植村裁判のすべてを、わかりやすくまとめたマガジンタイプの「徹底解説本」ができました。11月22日に発行します。
東京、札幌両訴訟の争点を整理し、原告弁護団の法廷での迫真の弁論をつぶさにたどり、被告たちの主張の根拠が完全に崩れ落ちたことを明らかにする渾身のドキュメント集です。解説、記録、情報、資料をたっぷり収録しました。
【主な内容】Q&A植村裁判の争点、植村隆・意見陳述全文、東京・札幌訴訟の口頭弁論全傍聴記、弁護士と新聞記者による論考集「被告たちの主張は最初から破綻していた」、慰安婦報道をめぐる裁判、全国に広がる支援の輪と応援の声、訴状全文、ブックガイドほか。B5判、本文横組み60ページ、表紙カラー4ページ。頒価300円。

◆購入申し込みは下記あてにお願いします。①お名前②住所③電話番号④冊数、を明記してください。代金と送料(1冊180円)は、こちらから本に同封する振込用紙でお支払いください(後払いです)。
uemurasasaeru@gmail.com または、FAX011-351-6292

表紙2、4ページ


目次ページ

2017年10月13日金曜日

東京第10回口頭弁論

なおも「論評」と言い逃れる被告側の逃げ道をふさいだ

東京訴訟で今年最後となる第10回口頭弁論が1011日、東京地裁で開かれた。傍聴券の抽選はなかったが、専修大・藤森ゼミの学生など初めて傍聴に参加する人も多く、同地裁で最も大きい103号法廷は満席となった。遅れてきた数人は入場できずに「立ち見はだめですか」と残念がる一幕もあった。次回から抽選が復活する見通しだ。壇上の裁判官たちは、傍聴席を埋め尽くした老若男女が真剣に耳を傾けている姿を目の当たりにして、植村さん支援の熱意が続いていることを実感したはずだ。今後も傍聴をぜひお願いしたい。

■「論評」の前提となっている事実の記述は「論評」ではない
午後3時前に開廷。被告の西岡氏・文春側は主任の喜田村洋一弁護士が欠席し、若い弁護士ひとりだけ。原告側弁護団は植村さんを囲むように10人が顔をそろえた。原告が提出した準備書面や証拠説明書を確認したあと、原告弁護団事務局長の神原元弁護士が第9準備書面の要旨を朗読した。

裁判の焦点である「捏造」という表現が名誉棄損にあたるかどうか、をめぐって、被告側は「『捏造』というのは事実の摘示ではなく、意見ないし論評」であると主張している。言い逃れとしか思えないような主張だが、神原弁護士は切れ味のよい2段構えの反論を展開した。「捏造」という表現が「意見ないし論評」にあたるがどうかは別としても、その「論評」の前提になった事実摘示そのものが「不法行為にあたる」という主張だ。
たとえば、「(植村さんが)義理のお母さんの起こした裁判を有利にするために、紙面を使って意図的なウソを書いた」と西岡氏は書いている。「捏造」という言葉こそ使っていないが、「意図的にウソを書いた」という記述は「意見ないし論評」ではなく明らかに事実として書いている。新聞記者が利己的な動機で読者をだます記事を書いた、ということを「事実」として述べているわけだ。
神原弁護士は「これは証拠によって存否を決めることができる問題です」と指摘。被告側が「意見ないし論評」と言い逃れる抜け道をピシャリとふさいだ。

■社会的評価を低下させる記述自体が不法行為にあたる
ほかにも、「(金学順さんの)キーセンへの身売りを知らなかったなどあり得ない。分かっていながら都合が悪いので意図的に書かなかったとしか言いようがない。」などという西岡氏の記述を取り上げて、これは植村記者の社会的評価を低下させることを狙っており、「それ自体が不法行為にあたる」と断言した。

もう一つの論点は、西岡氏と文春側は何を、どこまで立証するつもりなのか、という点だ。
週刊文春の記事は、植村さんが就任先の大学で「慰安婦問題について取り組みたい」と述べたと書いているが、被告側はこの点を立証していく意思を示した。神原弁護士は「この点は、被告・週刊文春が植村さんに対するバッシングを故意にあおった部分であり、重要な意味を持ちます」と指摘。取材にあたった週刊文春のT記者の取材メモの提出を求めた。植村さんは当時そのような言動をしていないので、いったいどうやって「立証」するつもりか、被告側のお手並み拝見というところだ。

この「立証」の要求に対して、被告側弁護士は「持ちかえって検討します」と答えただけ。原裁判長は被告側に11月13日までに回答を提出するよう求めた。今度は被告側が、どんな「取材」をしたのか、しなかったのか、その手の内を明らかにする番だ。

次回(第11回口頭弁論)は来年1月31日午後3時半から。

裁判の後、午後4時から参議院議員会館で報告集会が開かれ、神原弁護士と植村氏が報告、楊井人文氏(弁護士、日本報道検証機構代表理事)が「フェイクニュースにどう向き合うか」と題して講演した。

写真上左から、神原弁護士、楊井弁護士、植村さん。
下=会場の参議院議員会館講堂






2017年10月11日水曜日

10月の裁判と集会


東京訴訟の第10回口頭弁論と集会は10月11日にありました。
札幌訴訟の集会は10月13日にありました。


2017年9月30日土曜日

高裁でも朝日が勝訴

慰安婦報道をめぐって朝日新聞が訴えられている民事訴訟(賠償請求)で、また原告敗訴、朝日勝訴の判決がありました(9月29日)。

【朝日新聞9月30日朝刊】
慰安婦訴訟 二審も本社勝訴
朝日新聞の慰安婦に関する報道で「国民の名誉が傷つけられた」として、国内外の56人が朝日新聞社に1人1万円の慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(村田渉裁判長)は29日、原告の請求を棄却した昨年7月の一審・東京地裁判決を支持し、原告の控訴を棄却した。
 対象は、慰安婦にするため女性を無理やり連行したとする故吉田清治氏の証言記事など、1982~94年に掲載された計13本の朝日新聞記事。原告側は「日本国民の国際的評価を低下させ、国民的人格権や名誉権が傷つけられた」と主張し、2015年1月に提訴した。一審では2万5722人が原告に名を連ねた。
 判決で高裁は「旧日本軍の行為や政府の対応を指摘する内容で、原告を対象とした記事とはいえず、原告の名誉を侵害したとはいえない」と判断した。また、「国民一般が、知る権利を根拠として、報道機関に対し誤った報道の訂正を求める権利を有するとは解されない」とも述べた。
 朝日新聞社広報部は「弊社の主張が認められたと考えています」との談話を出した。

朝日新聞を訴えた訴訟はこの裁判を含めて3つあり、いずれも1審は原告が敗訴、2審も2つめの敗訴、計5連敗ということです。なお、この裁判の原告弁護団長、高池勝彦弁護士は、植村裁判の札幌訴訟では被告櫻井よしこ氏の代理人をつとめています。

2017年9月24日日曜日

『真実』必読の書評

ひとつの書評がいま共感の輪を広げています。関西で活動している「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」のブログに掲載されている植村さんの著書『真実』の書評です。掲載日はことし3月4日ですからもう半年たっていますが、最近になって初めて目にした人たちの間で、評判になっています。「目線が温かくて、率直に共感を寄せられていて、力づけられた」「とても良い紹介ですね」「植村バッシングの本質を簡潔明快に突いている」「植村さんが勇気をもって再び慰安婦報道を『再開』したことの意味をしっかり伝えてくれている」「植村さんの生き方は確実に人々の共感を呼ぶのだと確信しました」……。
筆者のおかだだいさん、ありがとうございます。書評の全文を以下に掲載させていただきます。

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植村隆著『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)を読みました。

植村さんは言わずと知れた、産経新聞や右派論壇に「捏造記者」と猛バッシングを受けた人。1991811日、金学順さんが名乗り出る3日前に彼女の証言テープを聴いて朝日新聞にその第一報を書いたために言われもない批判を受けることになりました。朝日新聞を退職し松蔭女子学院に就職が決まっていた植村さんに対するバッシングは苛烈を極め、娘までもが殺害予告を受け、松蔭の職を失うことになりました。現在は西岡力と週刊文春に対する名誉毀損裁判を東京地裁で、櫻井よしこと週刊新潮・WiLL・週刊ダイヤモンドに対する名誉毀損裁判を札幌地裁で闘っています。

日本軍「慰安婦」問題という側面でだけみれば、植村さんが特筆した仕事をしたとは思えません。日本軍「慰安婦」問題がここまで大きな問題になったのは金学順さん自身が名乗り出たからであり、「記事が」ではなく、金学順さんの存在そのものが社会にインパクトを与えたからです。それに植村さん自身が書いているように、植村さんの配偶者が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部の子だということもあって、「慰安婦」問題からは距離をおいていたのだといいますし。

植村さんの記事は「強制連行」とは書いていませんし、「挺身隊」という言葉は当時の韓国では「慰安婦」と同義でした。当時の記事に接した人も、「慰安婦」か「挺身隊」かということで「捏造」などと思った人はいないのではないでしょうか。ましてや植村さんの記事では「強制連行」とは書いていないのに、批判する当の産経新聞では「強制連行」と書いているのですから。植村さんに対する誹謗中傷は、全く的外れです。

結局は、第一報を朝日新聞に書いたのが植村さんだったということと、植村さんの義母のことがあって「叩きやすかった」というだけにすぎません。そして奴らにとってみれば「慰安婦」問題の事実が何かということよりも、「慰安婦」問題を「叩く」ことこそが必要だったということなのでしょう。

今でも「強制連行はなかった」「性奴隷ではない」と、右派論壇ばかりか安倍首相自身が公言してはばかりません。もちろんそれは事実ではないのですが、「捏造記者」というレッテルと同様、事実が事実として通用しないのが今の日本です。

しかし、そういういわれなきバッシングを受けた被害者……というイメージだけで植村さんの人となりを捉えてはいけないのだということが、この本を読んでよくわかりました。

学生時代から韓国の民主化運動に関心を寄せ、ソウルでの語学留学時代にも手書きのミニ新聞で韓国情勢と日本の戦争責任を発信したそうです。大阪社会部時代には夕刊に「이우 사람(隣人)」というコラムを書き、在日コリアンの置かれた状況を報じました。特に在日韓国人政治犯問題には強い関心をもって取り組んだのだそうです。

その流れでの「慰安婦」問題です。金学順さんが名乗り出る前の1990年には「慰安婦」被害者の証言を取るために訪韓するも空振り。1991年に先述の第一報を報じますが、その後「慰安婦」問題については記事を一つ書いただけでテヘランへ異動することとなり、先述の通り本人の意志もあって距離をおくことになります。

韓国の民主化運動と在日コリアンの社会に対する植村さんの姿勢には、強く共感します。また1990年の取材中に知り合った彼女と、彼女の親の反対を押し切って駆け落ち同然で一緒になった愛を貫く生き方にも、感銘を覚えます。

金学順さんが名乗り出た直後、植村さんが当時雑誌「MILE」に書いた記事にこうあります。
「太平洋戦争開戦から50年たって、やっと歴史の暗部に光が当たろうとしている。この歴史に対して、われわれ日本人は謙虚であらねばならないし、掘り起しの作業を急がねばならない。放置することは、ハルモニたちを見殺しにすることに他ならないのだ」

「慰安婦」問題からいったん距離をおいた植村さんは、先日、週刊金曜日に(自身の裁判等のことではなく)「慰安婦」問題の記事を書きました。25年たって、初めてのことだそうです。
その記事のことはこの本で知ったのではなく、この本を買う機会になった223日の大阪での集会で、植村さん自身がおっしゃっていたこと。

バッシングを受けた人間が立ち上がり、理不尽な攻撃をした者を裁判で訴えるなかで自分の正しさを再確認し、そして今また日本軍「慰安婦」被害者に向き合い、記事を書いています。とても素晴らしいことだし、わたしたちも勇気をもらったような気持ちになります。

きっと裁判には勝利するだろうし、またそうなるために私たちも努力しなければならないと改めて思いました。植村さんにかけられた攻撃は植村さん個人に対する攻撃ではなく、日本軍「慰安婦」被害者に対する攻撃であるし、日本の民主主義にかけられた攻撃です。

植村隆さんを応援しましょう!

そのためにも、この本をぜひ読んでください。


おかだ だい(日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク)



2017年9月17日日曜日

東京第10回の案内

東京訴訟の第10回口頭弁論と報告集会は
10月11日(金)に開かれます。
報告集会では、日本報道検証機構代表理事の楊井人文さん(弁護士)が「フェイクニュースにどう向き合うか」と題して講演します。


2017年9月10日日曜日

10.13札幌報告集会

植村裁判札幌訴訟報告集会は1013日も開催します

10月13日に予定されていた札幌訴訟第10回口頭弁論が進行協議(非公開)に切り替わり、この日の口頭弁論はなくなりました。これに伴い、傍聴もなくなりましたが、裁判報告集会は開催時間を変更して予定通り開催します。会場と講演には変更はありません。
▽10月13日(金)午後6時半から(開場午後6時)
▽高教組会館(北海道高等学校教職員センター)4階ホール(中央区大通西12丁目、電話011-271-3627)
▽弁護団報告(進行協議について)+植村さんのお話し
▽講演 高嶋伸欣・琉球大名誉教授(著書に「教科書はこう書き直された」「教育勅語と学校教育」「拉致問題で歪む日本の民主主義など多数)
▽演題「1981年から取り組み始めた慰安婦問題の学習――明治以来の『脱亜入欧』の差別的アジア認識の払拭をめざして」

2017年9月8日金曜日

第9回札幌訴訟速報

決定! 証人尋問を来年2月16日に実施

札幌訴訟第9回口頭弁論は9月8日、札幌地裁803号法廷で開かれた。
前回までに論点はほぼ整理され、双方の主張は出尽くしていたため、この日は今後の進め方について双方で意見が交わされた。その結果、岡山忠弘裁判長は、次回弁論を来年2月16日(金)に開き、証人尋問を行うことを決めた。10月に設定されていた口頭弁論は取りやめとなった。証人尋問の輪郭も明らかになった。原告側は証人として喜多義憲氏(元北海道新聞ソウル特派員)、吉方べき氏(言語心理学者、ソウル在住)と北星学園大学関係者1人の計3人を申請する、と小野寺信勝弁護団事務局長が法廷で明らかにした。一方、被告側は櫻井氏について1~2人、新潮社は1人(編集者)、ワックは2人(社長と研究者)、ダイヤモンド社はなし、との予定を示した。

次回の口頭弁論が10月に設定されていたため、証人尋問の日どりが決まるのは早くてもその日ではないかとみられていた。ところが、この日、櫻井氏側から提出された準備書面に対し、植村氏側は、すでに主張と反論は十分に尽くしたとして「同書面への反論はしない(必要ない)」と応対したため、岡山忠弘裁判長は次回弁論予定を取りやめ、証人尋問の日程の話し合いに一気に進んだ。原告側はこれまでずっと迅速な審理を求めてきた。この日の応対もその考えに沿うものだった。一方、被告側は書面提出に手間取るなど、ゆっくりペースだったから、急転直下の決定には肩透かしを食らったのではないか。
2月16日の証人尋問は朝から夕方までの終日行われる。証人の陳述をめぐる主尋問と反対尋問がぶつかり合い、大詰めの緊迫した対決と応酬の場面となる。1日では終わらずさらに期日が追加されることも予想されるが、ともかく証人尋問期日が確定したため、判決の時期も見えてきた。小野寺事務局長は口頭弁論後の報告集会で、「順調にいけば、来年5~6月に最終準備書面提出(最終弁論)、夏季休暇明け(9月ころ)に判決となるかもしれない」との見通しを示した。

この日正午の札幌の気温は24度。汗ばむほど穏やかな秋日和だった。午後3時30分開廷、同50分閉廷。弁護団席には原告側17人、被告側7人が座った。
傍聴券を手に入れるための行列には70人が並んだが、定員(71人)には満たなかった。抽選なしは札幌訴訟では昨年4月の第1回以来初めて。岡山裁判長が次回10月の弁論を取りやめたことについて、「傍聴席のみなさんは(その日も)適宜、集会を開いてください」と語りかけると、ほぼ満席の傍聴席に笑いが巻き起こる一幕もあった。

裁判の後の報告集会は午後5時から7時過ぎまで、北海道自治労会館で開かれた。上田文雄弁護士(「支える会」共同代表、前札幌市長)のあいさつの後、弁護団報告(小野寺事務局長)と植村隆さんの「夏の講演ツアー」報告、田中宏・一橋大名誉教授の講演「アジアと日本が共存するには―ー繰り返される差別の源流をさぐる」があった。詳報は後日掲載。また、灘中学校の教科書採択への攻撃に反対し、同校の姿勢に連帯するアピールを採択した。

【写真】上=入廷する植村さんと弁護団、下=報告集会(左)と田中宏さん
photo by Kazuhiro ISHII






























灘中問題でアピール

9月8日に開いた植村札幌訴訟報告集会で、つぎのアピールが採択されました。アピールは、植村裁判を支える市民の会事務局が起案し、集会で読み上げて説明した後、参加者の拍手で採択されました。
全文を掲載します。


歴史教科書採択にかかわる灘中学校への

バッシングに反対し、

灘中学校の姿勢に連帯するアピール


 私立灘中学校・高等学校(神戸市)が、中学校の歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』(学び舎)をめぐって、「日本会議」系と思われる右翼グループから、不当な攻撃を受けています。学園の自治、教育の自由を脅かす、危機的な状況は他校にも広がる可能性があり、3年前、北星学園大学に対して行われたバッシングとも似た様相を示しています。
 私立である同校の教科書採択は、毎回、検定済教科書の中から担当教科の教員たちが相談して候補を絞り、最終的には校長を責任者とする採択委員会で決定しています。『ともに学ぶ人間の歴史』は2015年からの新規参入ですが、同校のルールに従い公正に決められ、16年度から使用しています。担当教員たちは、同書が歴史の基本である「読んで考えること」に主眼を置いていることや、執筆者が現場を知る教員・元教員であること等を評価したそうです。しかし、同書の採択が決まった15年末から、政治的圧力や匿名の誹謗中傷が多数寄せられはじめました。
ネット上でも公開されている和田孫博校長による論稿「謂れのない圧力の中で──ある教科書の選定について──」では、灘校を襲ったバッシングと煽動者の調査・分析が綿密になされており、それらの詳細を知ることができます。例えば、教科書採択後のある会合で、自民党の県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問されたことや、灘校OBの自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきたことが述べられています。
和田校長は、この自民党衆院議員に対して「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と返答したそうですが、それもそのはず、国立や私立学校の教科書の採択の権限は校長にあり、直近の15年度検定に合格した同書を学校が採択したことに何ひとつ問題などありません。にもかかわらず、現在まで同校には、「「学び舎」の歴史教科書は「反日極左」の教科書であり、将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか? こんな教科書で学んだ生徒が将来日本の指導層になるのを黙って見過ごせない。即刻採用を中止せよ」「OBだが今後寄付はしない」等といったほぼ同文のハガキが200枚以上、散発的に寄せられているとのことです。
和田校長の調査によって、誹謗中傷の煽動者は、日本会議とも関係の深い自称「近現代史研究家」水間政憲氏であることが明らかにされました。水間氏は自身のブログ上で「学び舎」の教科書を採択した学校を名指し、各校に対して、抗議の「緊急拡散」を呼びかけており、そこに掲載された抗議文例や「指南」は、実際、灘校に寄せられたハガキの文面とほぼ同一のものだといいます。
このようにネット上で広く誹謗中傷を呼びかける手法は、朝日新聞元記者の植村隆氏や北星学園大学が日本軍「慰安婦」問題をめぐって受けたバッシングと同様のものであり、私たちは、仮想空間で膨れ上がる一方的な他者への排撃や不寛容さ、反知性主義の噴出を見過ごすわけにはいきません。
さらに、同校が誹謗中傷のターゲットとされた要因のもうひとつには、和田校長も指摘するとおり、『産経新聞』(2016319日、1面)の「慰安婦記述 三十校超採択̶――「学び舎」教科書 灘中など理由非公表」という見出し記事の影響もあるようです。そこからは、思想的背景にとどまらず、フジ・サンケイグループ傘下の「育鵬社」が発行する『新しい日本の歴史』に対し、いわゆる進学校を中心に採択が進んだ「学び舎」の教科書への危機意識も読み取れます。
和田校長をはじめ、灘中学校教職員のみなさんの教科書採択に関わる誠実な対応と、理不尽なバッシングに屈せず教育者として教育の自由、学問の自由を堅持する揺るぎない姿勢と見識に深い感銘を覚えるとともに、それらの自由を侵害し、教育現場を萎縮させるいかなる圧力にも断固として反対することを表明します。

201798日 
植村裁判札幌訴訟 第9回口頭弁論報告集会 参加者一同

2017年9月4日月曜日

口頭弁論は終盤に!

9~10月の裁判日程は次の通りです。
裁判はいよいよ終盤の大詰めにさしかかっています。
傍聴と集会参加をよろしくお願いします。

■札幌訴訟第9回口頭弁論=9月8日(金)午後3時半、札幌地裁
 報告集会=午後5時、北海道自治労会館(北区北6条西7丁目)
 講演・田中宏氏(一橋大名誉教授、マケルナ会呼びかけ人)
 「アジアと日本が共存するには――」

■東京訴訟第10回口頭弁論=10月11日(水)、午後3時、東京地裁
  報告集会=午後4時、参議院会館講堂
    講演・楊井人文氏(弁護士、日本報道検証機構代表理事)

■札幌訴訟第10回口頭弁論=10月13日(金)、午後3時半、札幌地裁
※口頭弁論は進行協議(非公開)に切り替わりました。傍聴はありません。
 報告集会は、午後6時30分から開催します。
 報告集会=午後5時→6時30分、高教組会館、講演・高嶋伸欣氏


2017年9月3日日曜日

朝日新聞社への訴訟

慰安婦報道をめぐって朝日新聞社が訴えを起こされた3つの集団訴訟のうち、東京高裁での審理が残されていた「朝日・グレンデール訴訟」の控訴審判決が2月8日(2018年)にあり、原告の控訴は棄却された。この結果、朝日新聞社に対する集団訴訟は、1、2審ともすべて原告敗訴、朝日新聞勝訴となった。3つの訴訟のうち2つは、すでに上告棄却もしくは上告断念により判決が確定している。
<2018年2月11日現在>
原告側は、いずれの訴訟でも、朝日新聞の慰安婦報道は「誤報」だとし、人格権や、知る権利、日本と日本人の名誉が傷つけられた、などと主張した。また、朝日新聞の報道が国際的に大きな影響を与えたかどうか、も争点となった。しかし、朝日新聞の記事が名誉棄損にはならず、海外での影響にも因果関係はない、と司法が繰り返し判断した。原告側の主張はことごとく否定された。

訴えを起こした団体・個人はみな、従軍慰安婦が存在した事実を否定しようとする「歴史修正主義」勢力と密接な関係を持っている。とくに「朝日新聞を糺す国民会議」弁護団の高池勝彦氏は、植村裁判では櫻井よしこ氏の弁護人をつとめている。これらの集団訴訟は植村裁判とは直接の関係はなく、植村氏の記事は争点にもなっていない。しかし、慰安婦報道を巡る名誉棄損訴訟であり、「歴史修正主義」人脈が背景に見え隠れしている点は共通している。その意味で、ほぼ同じ時期に進められてきた植村裁判にとっても重要な意味を持つ司法判断となった。

3つの訴訟の概要・経過は次の通り。

この記事は随時更新しています <最新更新日:2018年2月11日>

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「朝日新聞を糺す国民会議」による訴訟
朝日新聞の誤報によって人格権や名誉権を毀損されたとして、2万5千人が原告となって朝日新聞社を訴えた。「チャンネル桜」や「頑張れ日本!全国行動委員会」が主導し、朝日新聞東京本社と大阪本社前で毎週、街宣活動をしているグループだ。
口頭弁論は2016年3月17日の第3回で打ち切られ、結審した。原告は裁判官忌避や弁論再開を申し立てたが、いずれも却下された。判決は2016年7月28日(木)午後3時から東京地裁103号法廷で言い渡され、原告の請求を棄却した。
原告は控訴人を57人に絞り込んで控訴した。控訴審判決は、2017年9月29日に言い渡され、控訴を棄却した。原告は期限までに上告しなかったので、原告敗訴で確定した。

■1審原告敗訴の記事(朝日新聞2016年7月29日付) 
朝日新聞の慰安婦に関する報道で「国民の名誉が傷つけられた」とし、渡部昇一名誉教授ら国内外の2万5722人が朝日新聞社に謝罪広告や1人1万円の慰謝料を求めた訴訟の判決で、東京地裁(脇博人裁判長)は28日、原告の請求を棄却した。原告は控訴する方針。
対象は、慰安婦にするため女性を無理やり連行したとする故吉田清治氏の証言記事など、1982~94年に掲載された計13本の記事。原告側は「日本国民の国際的評価を低下させ、国民的人格権や名誉権が傷つけられた」と訴えた。
判決は、記事は旧日本軍や政府に対する報道や論評で、原告に対する名誉毀損(きそん)には当たらないとした。報道によって政府に批判的な評価が生じたとしても、そのことで国民一人一人に保障されている憲法13条の人格権が侵害されるとすることには、飛躍があると指摘した。また、掲載から20年以上過ぎており、仮に損害賠償の請求権が発生したとしてもすでに消滅している、とも述べた。
朝日新聞社広報部は「弊社の主張が全面的に認められた、と受け止めています」との談話を出した。
■控訴審判決=記事略 原告は控訴人を57人に絞り込んで東京高裁に控訴した。控訴審第1回は2017年2月21日、第2回は6月2日、第3回は7月21日に開かれ、結審した。原告側が求めていた証人尋問の申請は1審と同様に退けられた。判決は9月29日(金)午前11時、東京高裁101号法廷で言い渡され、野山宏裁判長は控訴を棄却した。
■判決確定の記事(朝日新聞2017年10月18日付)
朝日新聞の慰安婦に関する報道で「国民の名誉が傷つけられた」として、国内外の56人が1人1万円の慰謝料を朝日新聞社に求めた訴訟で、朝日新聞社を勝訴とした二審・東京高裁判決が確定した。原告側が13日の期限までに上告しなかった。一連の報道をめぐる訴訟で、判決が確定するのは初めて。
訴訟で対象になったのは、慰安婦にするため女性を無理やり連行したとする故吉田清治氏の証言記事など、1982〜94年に掲載された計13本の記事。昨年7月の一審・東京地裁判決は「記事は旧日本軍や政府に対する報道や論評で、原告に対する名誉毀損(きそん)には当たらない」と判断。今年9月の二審・東京高裁判決も一審判決を支持し、原告の控訴を棄却した。
朝日新聞の慰安婦報道をめぐっては、三つのグループが朝日新聞社に対し集団訴訟を起こしていた。

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「朝日新聞を正す会」による訴訟
480人余が朝日新聞社を相手取り訴えた。2016年6月24日に結審し、9月16日に原告は敗訴。二審の東京高裁も2017年3月1日に控訴を棄却した。原告は上告したが、最高裁は10月24日付で上告を棄却し、原告敗訴判決が確定した。

■1審原告敗訴の記事(朝日新聞2016年9月17日付)
朝日新聞の慰安婦に関する報道で「知る権利を侵害された」として、購読者を含む482人が朝日新聞社に1人あたり1万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は16日、原告の請求を棄却した。北沢純一裁判長は「記事は特定の人の名誉やプライバシーを侵害しておらず、原告は具体的な権利侵害を主張していない」などと述べた。原告側は控訴する方針。
対象は、慰安婦にするために女性を無理やり連行したとする故吉田清治氏の証言記事など。判決は、新聞社の報道内容について「表現の自由の保障のもと、新聞社の自律的判断にゆだねられている」と指摘。「一般国民の知る権利の侵害を理由にした損害賠償請求は、たやすく認められない」と述べた。
朝日新聞広報部は「弊社の主張が全面的に認められた、と受け止めています」との談話を出した。

■2審控訴棄却の記事(2017年3月2日付)
朝日新聞の慰安婦に関する報道で「知る権利を侵害された」として、東京都や山梨県などに住む238人が朝日新聞社に1人あたり1万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(野山宏裁判長)は1日、原告の控訴を棄却した。「記事は特定の人の名誉やプライバシーを侵害していない」などとして原告の請求を棄却した昨年9月の一審・東京地裁判決を支持した。
訴えの対象は、慰安婦にするため女性を無理やり連行したとする故吉田清治氏の証言などの朝日新聞記事。
この日の判決は「記事への疑義を速やかに検証し報道することは、報道機関の倫理規範となり得るが、これを怠ると読者や一般国民に対して違法行為になるというには無理がある」などと述べた。朝日新聞社広報部は「一審に続いて弊社の主張が全面的に認められた、と受けとめています」との談話を出した。
■最高裁、原告の上告退け判決は確定(2017年10月24日付)=記事略

※同会による甲府訴訟
「朝日新聞を正す会」の呼びかけで150人が甲府地裁に提訴した集団訴訟の第1回口頭弁論が2016年11月8日午前10時30分から、同地裁211号法廷で開かれた。この日の法廷に出たのは弁護士1人のみで、提訴時に県庁で会見した「正す会」の事務局長や埼玉県内在住の原告らの姿はなし。多数の傍聴を予想した裁判所側は10人ほどの職員を動員して警備にあたったが、行列に並んで傍聴券を受け取ったのはたった1人(朝日新聞甲府総局長)、記者席に座ったのはたった2人だった 
判決は2017117日(火)午後115分、甲府地裁211号法廷で言い渡され、原告の請求を棄却した。原告は控訴せず、判決は確定した。
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いわゆる「朝日・グレンデール訴訟」
在米日本人ら2500人が、「朝日が慰安婦問題の誤報を国際的に拡散させたことから米国のグレンデールという町などで慰安婦像が建立され、日本と日本人の名誉が傷つけられた」などとして朝日新聞社を訴えた。日本会議系の人々が支援している。2016年12月22日まで9回の口頭弁論が開かれ、2017年4月27日、東京地裁522号法廷で判決が言い渡された。
原告側側は控訴した。控訴審第1回は10月26日午後2時、東京高裁809号法廷で開かれる。控訴人の人数は62人に絞り込まれ、このうち在外原告は26人。グレンデール市近郊に住み、市議会で慰安婦像設置に反対したことで「侮辱され損害を受けた」などと訴えて筆頭原告となっていた在米日本人の作家・馬場信浩氏ら2人が、控訴を取り下げた。その間の経緯は馬場氏のフェイスブックに書かれている。慰安婦像をめぐって「いじめがあったかどうか」で見解の相違があったといわれる。
控訴審判決は2018年2月8日にあり、原告の控訴は棄却された。

1審原告敗訴の記事(朝日新聞2017年4月28日付)
朝日新聞慰安婦報道で誤った事実が世界に広まり名誉が傷つけられ、また米グレンデール市に慰安婦像が設置されて在米日本人が市民生活上の損害を受けたなどとして、同市近郊に住む在米日本人を含む2557人が朝日新聞社に対し損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は27日、原告の請求を棄却した。佐久間健吉裁判長は、記事は名誉毀損(きそん)にも在米日本人らへの不法行為にもあたらない、と判断した。原告側は控訴する方針。
訴えの対象は「慰安婦にするため女性を無理やり連行した」とする吉田清治氏の証言に関する記事など朝日新聞記事49本と英字版記事5本。佐久間裁判長は判決で「記事の対象は旧日本軍や政府であり原告ら現在の特定個人ではない。問題となっている名誉が原告ら個人に帰属するとの評価は困難」とし、「報道で日本人の名誉が傷つけられた」とする原告の主張を退けた。
また、報道機関の報道について「受け手の『知る権利』に奉仕するもので、受け手はその中から主体的に取捨選択し社会生活に反映する」と位置づけた。
それを踏まえて「記事が、国際社会などにおける慰安婦問題の認識や見解に何ら事実上の影響も与えなかったということはできない」とする一方で、「国際社会も多元的で、慰安婦問題の認識や見解は多様に存在する。いかなる要因がどの程度影響を及ぼしているかの具体的な特定は極めて困難」と指摘。そのうえで、在米の原告が慰安婦像設置の際に受けた嫌がらせなどの損害については「責任が記事掲載の結果にあるとは評価できない」と結論づけた。
朝日新聞慰安婦報道をめぐっては、三つのグループが朝日新聞社に対し集団訴訟を起こした。いずれも東京地裁や高裁の判決で請求が棄却されている。
判決は、吉田証言などを取り上げた朝日新聞の報道が海外で影響を与えたかについても言及した。
原告側は裁判で、慰安婦問題について日本政府に法的責任を認めて賠償するよう勧告した国連クマラスワミ報告(96年)や、歴史的責任を認めて謝罪するよう求めた米国の下院決議(07年)が、朝日の慰安婦報道の影響によるものと主張した。
これについて判決は、クマラスワミ報告での慰安婦強制連行に関する記述は吉田証言が唯一の根拠ではなく、元慰安婦からの聞き取り調査もその根拠であることや、クマラスワミ氏自身、「朝日が吉田証言記事を取り消したとしても報告を修正する必要はない」との考えを示している、と認定。米下院決議については、決議案の説明資料に吉田氏の著書が用いられていないことも認定した。
また原告は、「朝日新聞が80年代から慰安婦に関する虚偽報道を行い、92年の報道で、慰安婦と挺身(ていしん)隊の混同や強制連行、慰安婦数20万人といったプロパガンダを内外に拡散させた」などと主張した。この点について判決は、韓国においては「慰安婦の強制連行」が46年から報じられた▽45年ころから60年代前半までは「挺身隊の名のもとに連行されて慰安婦にされた」と報道された▽「20万人」についても70年には報道されていた、と認めた。

■控訴棄却の記事(朝日新聞2018年2月9日付)
朝日新聞の慰安婦に関する報道で誤った事実が世界に広まり名誉を傷つけられたなどとして、国内外に住む62人が朝日新聞社に謝罪広告の掲載などを求めた訴訟の控訴審判決が8日、東京高裁であった。阿部潤裁判長は請求を棄却した一審・東京地裁判決を支持し、原告側の控訴を棄却した。
訴えの対象とされたのは、慰安婦強制連行したとする吉田清治氏の証言に関する記事など。米国グレンデール市近郊に住む原告らは「同市などに慰安婦像が設置され、嫌がらせを受けるなど、市民生活での損害を受けた」として、1人当たり100万円の損害賠償も求めていた。
高裁判決はまず、一審判決を踏襲し、「記事の対象は旧日本軍や政府で、原告らではない」として名誉毀損(きそん)の成立を否定した。
原告側は、記事により「日本人が20万人以上の朝鮮人女性を強制連行し、性奴隷として酷使したという風評」を米国の多くの人が信じたため、被害を受けたとも訴えていた。
高裁判決はこの点について、「記事が、この風聞を形成した主要な役割を果たしたと認めるには十分ではない」と指摘。さらに、「読者の受け止めは個人の考えや思想信条が大きく影響する」などと述べ、被害と記事の因果関係を否定した。
一審の原告は2557人だったが、このうち62人が控訴していた。朝日新聞の慰安婦報道を巡っては、他に二つのグループも訴訟を起こしていたが、いずれも請求を棄却する判決が確定している。原告側は判決後に会見し、代理人弁護士は「大変残念だ。上告するか検討する」と話した。<朝日新聞社広報部の話> 弊社の主張が全面的に認められたと考えています。
<解説記事>国際的影響、「主な役割」否定
今回の裁判の争点の一つは、朝日新聞の慰安婦報道が国際的に影響を及ぼしたかどうかだった。「主要な役割を果たしたと認めるには十分ではない」と高裁判決は認定した。
朝日新聞社が委嘱した第三者委員会は2014年12月の報告書で「国際社会に対してあまり影響がなかった」「大きな影響を及ぼした証拠も決定的ではない」とする委員の意見を紹介。韓国への影響については見解が分かれ、「韓国の慰安婦問題批判を過激化させた」「韓国メディアに大きな影響を及ぼしたとはいえない」と両論を併記した。
16年2月の国連女子差別撤廃委員会で外務省の杉山晋輔外務審議官(当時)は、慰安婦を狩り出したと述べた吉田氏について「虚偽の事実を捏造(ねつぞう)して発表した」と説明。「朝日新聞により事実であるかのように大きく報道され、日本、韓国の世論のみならず国際社会にも大きな影響を与えた」と述べた。これに対し朝日新聞社は「根拠を示さない発言で、遺憾だ」と外務省に申し入れた。
今回の訴訟で原告側は、杉山氏の発言を証拠として提出。8日の東京高裁判決では「朝日報道が慰安婦問題に関する国際社会の認識に影響を与えたとする見解がある」とした昨年4月の東京地裁判決を引用しつつ、吉田氏の証言(吉田証言)について「国際世論にどう影響を及ぼしたかについては原告らと異なる見方がある」と述べた。
原告側はまた、慰安婦問題を報じた朝日新聞の記事が、1996年に国連人権委員会特別報告者クマラスワミ氏が提出した「クマラスワミ報告」に影響を与えたとも主張。この報告は慰安婦問題について、法的責任を認め被害者に補償するよう日本政府に勧告していた。
高裁判決は一審判決を踏まえ、「クマラスワミ報告は吉田証言を唯一の根拠としておらず、元慰安婦からの聞き取り調査をも根拠としている」と指摘。慰安婦問題をめぐり日本政府に謝罪を求めた07年の米下院決議についても、「説明資料に吉田氏の著書は用いられていない」とした。

さらに、朝日新聞の報道が韓国に影響したとの原告側の主張に対しては、高裁判決は「韓国では46年ごろから慰安婦についての報道がされていた」と認定した。

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資料■ 1審判決理由要旨
朝日新聞の慰安婦報道をめぐり、米国・グレンデール市近郊に住む日本人らが損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が2017年4月27日に言い渡した判決理由の要旨は次の通り。
1 在米原告らを除く原告らの名誉毀損(きそん)にかかる請求について
不法行為としての名誉毀損(きそん)が成立するためには、問題となっている名誉、すなわち、品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価が特定の者に帰属するものと評価することができ、かつ、その特定の者についての名誉が被告の表現行為によって低下したと評価できることが必要である。
本件各記事の対象は、旧日本軍ひいては大日本帝国ないし日本政府に関するものであり、原告らを始めとする現在の特定個々人を対象としたものではない。また、日本人としてのアイデンティティーと歴史の真実を大切にし、これを自らの人格的尊厳の中核に置いて生きている日本人という原告らのいう日本人集団の内包は主観的であって、原告らのいう日本人集団の外延は不明確であり、原告らのいう日本人集団自体ひいてはその構成員を特定することができない。したがって、本件で問題となっている名誉が原告ら個々人に帰属するものと評価することは困難であり、原告ら個々人についての国際社会から受ける社会的評価が低下したと評価することもまた困難である。
2 在米原告らの名誉毀損にかかる請求について
本件各記事の掲載は、在米原告らの名誉を毀損するとはいえず、在米原告らとの関係で我が国民法709条及び同710条所定の不法行為を構成しない。したがって、法の適用に関する通則法22条1項により、米国法を検討するまでもなく、在米原告らは、被告に対して米国法に基づく損害賠償その他の処分の請求をすることができない。
3 在米原告らの一般不法行為にかかる請求について
報道機関による報道が、さまざまな意見、知識、情報を広く情報の受け手に対して提供することを目的とし、実際においてもそのような機能を果たしていることに加え、クマラスワミ報告の内容等の各認定事実をも考慮すると、被告の本件各記事掲載が、原告がいう国際社会、具体的には国連関係機関、米国社会や韓国社会などにおける慰安婦問題にかかる認識や見解あるいはその一部に対し、何らの事実上の影響をも与えなかったということはできない。しかしながら他方で、吉田証言がいわゆる従軍慰安婦問題にかかる国際世論に対していかなる影響を及ぼしたのかに関して原告らとは異なる見方があること等の各認定事実を考慮すると、国際社会でのいわゆる従軍慰安婦問題にかかる認識や見解は、原告がいう内容のものに収斂(しゅうれん)されているとまではいえず、多様な認識や見解が存在していることがうかがえる。そして、それら認識や見解が形成された原因につき、いかなる要因がどの程度に影響を及ぼしているかを具体的に特定・判断することは極めて困難であるといわざるを得ない。しかも、在米原告らに対する侮辱、脅迫、いじめや嫌がらせ等の行為は特定の者による行為であるところ、当該行為者は人として自由な意思に基づき自らの思想信条を形成し、また行動する存在であって因果の流れの一部として捉えることができるものではない。在米原告らの具体的被害の法的責任を被告の本件各記事掲載行為に帰せしめることはできない。

2017年9月2日土曜日

各紙が産経問題報道

植村隆さんがきのう(9月1日)、産経新聞に訂正を求めて東京簡裁に調停を申し立てたことについて、各紙が電子版と本紙で報じています。産経新聞もきちんと記事にしています。

産経新聞
見出し:
元朝日記者・植村氏、調停申し立て
記事:
慰安婦報道をめぐる産経新聞のコラムに誤りがあったとして、元朝日新聞記者の植村隆氏(59)が1日、産経新聞社に訂正広告の掲載などを求める調停を東京簡裁に申し立てた。コラムはジャーナリスト、櫻井よしこ氏の「美しき勁き国へ」(平成26年3月3日付)。産経新聞社広報部は「申立書が届いていない現時点でのコメントは差し控えます」としている。

北海道新聞、毎日新聞、東京新聞、琉球新報ほか(電子版)=いずれも共同記事
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慰安婦報道 元朝日の植村隆氏、産経に訂正求める調停
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元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった植村隆氏(59)が1日、産経新聞に掲載されたジャーナリスト桜井よしこ氏のコラムに誤りがあるとして、産経新聞社に訂正広告の掲載を求める調停を東京簡裁に申し立てた。
植村氏は1991年、慰安婦として韓国で初めて名乗り出た女性の記事を執筆。桜井氏は2014年3月3日付の産経新聞1面で、この女性について「東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」と指摘した。
産経新聞社広報部は「申立書が届いていないのでコメントは差し控える」としている。(共同)

朝日新聞(デジタル版)
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慰安婦報道巡り産経新聞に訂正求め申し立て 元朝日記者
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経新聞の事実に反する記事で名誉を傷つけられたとして、元朝日新聞記者の植村隆・韓国カトリック大客員教授が1日、産経新聞社に訂正を求める調停を東京簡裁に申し立てた。
記事は2014年3月3日付産経新聞に掲載されたジャーナリスト櫻井よしこ氏のコラム記事「美しき勁(つよ)き国へ 真実ゆがめる朝日報道」。櫻井氏は、韓国人元慰安婦の金学順(キムハクスン)さんのことを植村氏が朝日記者時代の1991年8月に朝日新聞で報じたことを紹介したうえで「金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」と記した。
しかし金さんが91年12月に東京地裁に提訴した際の訴状に、そうした記述はない。植村氏は「訴状にないことを、あたかも訴状にあるかのように書いて、私の記事を批判している」と述べた。
植村氏は昨年7月から産経新聞社に訂正を求めてきたが、拒否する回答書が今年5月に送られてきたため、調停を申し立てたという。産経新聞社広報部は「申立書が届いていない現時点でのコメントは差し控えます」とのコメントを出した。(編集委員・北野隆一