いま全国で上映中の映画「スポットライト 世紀のスクープ」が静かに話題を呼んでいます。きびしい攻撃と弾圧に屈せずに「真実」に迫る記者たちの姿を、植村さんのたたかいに重ね合わせて見ることができる映画です。
【私の映画評】その1
わずか数名の地方紙の新聞記者たちが、カトリック教会による組織ぐるみの犯罪隠ぺいを暴露した実話の映画化で、登場人物も実名です。
アメリカの地方紙「ボストン・グローブ」は神父による子どもの性的虐待と、カトリック教会がその事実を看過していたということを、関係者から情報を引き出し、被害者たちの悲痛な叫びを丁寧に聞き取ります。
疑惑を裏付けるために埃にまみれた膨大な資料を洗い直します。
求められるのは、何度もくじけそうになりながら積み重ねる地道な努力です。
試されるのは仕事への矜持であり、正義を追及する信念であり、被害者の気持ちを代弁できる人間力でもあります。
スポットライトを浴びることのない記者たちの地道で粘り強い取材過程が丹念に描かれていて感動しました。
植村さんも慰安婦問題を書いたのは、虐げられた女性たちへの共感があったからだと思います。
国際NGO「国境なき記者団」が発表した報道の自由度ランキングで日本の順位は72位でした。メディアはこの映画の記者たちのように、圧力に屈せず、間違っていることは間違っていると報じてほしい。正しいことは正しいと言える社会であってほしいと思います。
自由に物が言えない状況は異常です。
言論の自由が脅かされている日本ですが、この映画はジャーナリズムのあり方を問うています。
(樋口みな子)
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【私の映画評】その2
この映画の背景となる新聞報道を知った時、「まさか?!」という思いだった。
この映画の背景となる新聞報道を知った時、「まさか?!」という思いだった。
この報道がカトリック教会にどのような影響を与えるのかは、全く想像ができなかった。
まして、日本への影響は考えられなかった。きっと曖昧なまま、忘れられ、なかったことになるのだろう。そんな思いだった。
しかし、すぐに日本でもプロジェクトチームが発足し、翌年には司教のためのガイドラインが承認された。そして、今も現在進行形でこの問題に取り組んでいる。
映画の中で、苦悩する記者たちを観ながら、植村さんを思い出した。
声なき声を伝えることの大切さと難しさを知り、ジャーナリズムの力に驚き、その力を今、改めて信じたいと思う。
(C.N、カトリック信徒)
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【2016年4月10日付けカトリック新聞より】
教会の“罪”に挑む記者たち 映画「スポットライト~世紀のスクープ」
教会の“罪”に挑む記者たち 映画「スポットライト~世紀のスクープ」
2002年1月、米国の新聞『ボストン・グローブ』が、ボストン教区の70人以上の司祭による児童の性的虐待を報じた。関連記事は、約600本。同年12月、ボストン教区のロー枢機卿は、事件を組織的に隠蔽したことで教区大司教の職を辞し、同教区では、その後も裁判や被害者への多額の賠償金の支払いに追われるなど混乱が続いた。本作は、事件を明らかにした同紙の特集欄「スポットライト」の記者チームが、“教会というタブー”にどう切り込み、真実を明らかにしたか、実話を基に浮き彫りにした。
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トム・マッカーシー監督作品。今年のアカデミー賞で、作品賞と脚本賞を受賞。
札幌ではシアターキノで上映中 こちら