2019年9月25日水曜日

スラップ訴訟またも

在日コリアンに対するヘイトスピーチを批判する記事を名誉毀損だと訴えた裁判が、川崎市で始まりました(9月24日、※記事①)。訴えたのは、極右団体日本第一党の活動家で川崎市在住の佐久間吾一氏。訴えられたのは、神奈川新聞の川崎総局に勤務する石橋学記者(編集委員)で、140万円の損害賠償を求められています。

石橋記者は川崎市内で頻繁に行われるヘイトデモや集会を取材し続け、民族差別を扇動する言動を厳しく批判するキャンペーンの先頭に立っています。訴えられた記事は、ヘイト集会での佐久間氏の発言を「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗中傷」だと批判したものです(2月14日、※記事②)。この記事のどこが佐久間氏に対する名誉毀損で人権侵害なのか! 一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈しても、佐久間氏の名誉を毀損しているものと解することはできません。
石橋記者の弁護人は神原元弁護士(植村裁判東京訴訟弁護団の事務局長)がつとめています。神原弁護士は「川崎におけるヘイトスピーチ被害の実態や佐久間氏の発言の悪質性を立証し、『悪意あるデマであり、差別扇動』という石橋記事の正当性を主張する。この訴訟の勝利により、全国のヘイト団体は、川崎南部地域において差別扇動を決して許さない活動の力強さを、思い知るだろう」とツイートしています(9月19日)。

ジャーナリストを相手取った名誉毀損裁判の判決が今月2件ありました。IWJ岩上安見氏の敗訴(大阪地裁、9月12日、※注1)と、フリーライターちだい氏の勝訴(千葉地裁松戸支部、9月19日、※記事③)です。名誉毀損の内容と結果(勝敗)は異なりますが、言論封じを狙った訴訟であることは共通しています。石橋記者の裁判も、極右団体をバックにした言論妨害のスラップ訴訟ですが、業務妨害を伴っている点できわめて悪質です。
川崎市ではいま、差別的言動を刑事規制する条例の制定に向けた論議が市議会で進んでいます。その条例は「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」(仮称、※注2)といい、国の法律(ヘイトスピーチ解消法)にはない罰則規定が盛り込まれています。差別集団の側が川崎で起こした裁判の背景には、全国に先駆けたそのような動きがあります。


民主主義を壊そうとするスラップ訴訟
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記事① 神奈川新聞 
差別報じた記事、名誉毀損と提訴 本紙記者争う姿勢
報告集会で話す石橋記者(右)と

神原弁護士=写真、神奈川新聞
在日コリアンに関する講演会での自身の発言を悪質なデマなどと報道され、名誉を毀損(きそん)されたとして、今春の川崎市議選に立候補した佐久間吾一氏が神奈川新聞社の石橋学記者に140万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が24日、横浜地裁川崎支部(飯塚宏裁判長)であった。石橋記者側は請求棄却を求め、争う姿勢を示した。
訴えによると、佐久間氏は自身が代表を務める団体が同市内で主催した2月の講演会で、「旧日本鋼管の土地をコリア系が占領している」「共産革命の橋頭堡(ほ)が築かれ今も闘いが続いている」と発言。この発言に対し、「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗(ひぼう)中傷」と石橋記者に報じられたことで、立候補予定者である佐久間氏の名誉が著しく毀損されたと主張している。
口頭弁論で、石橋記者側は「佐久間氏の発言は事実に反している」と指摘。「そうした発言は在日コリアンを敵とみなし、在日コリアンを傷つける差別の扇動である」とした上で、「記事は、佐久間氏の言動が人権侵害に当たるとの意見ないし論評の域を出ていない」と反論した。

市施設でヘイト団体集会 差別言動繰り返し
【時代の正体取材班=石橋 学】
川崎市の公的施設がまたもヘイトスピーチによる人権侵害の舞台と化した。11日、極右政治団体・日本第一党最高顧問、瀬戸弘幸氏らの団体が主催した集会。市は差別的言動をしないよう2度目の「警告」を行った上で市教育文化会館の使用を許可したが、在日コリアンへの差別扇動は繰り返され、その悪辣(あくらつ)さはいや増している。
インターネット上の動画には、冒頭のあいさつで代表の佐久間吾一氏が口火を切る様子が収められている。「旧日本鋼管の土地をコリア系が占拠している」「共産革命の拠点が築かれ、いまも闘いが続いている」。悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗(ひぼう)中傷。続いて登壇した鈴木信行葛飾区議、岡野俊昭元銚子市長が侮蔑と排外主義むき出しのヘイト発言を重ねた。「新たに外国人がやって来ると困る」「日本語を覚えないなら帰った方がいい」「韓国はたくさん人を殺せば英雄になれる野蛮国」
同時刻の会館前。プラカードを手にした市民が抗議の意思を示していた。横浜市から駆け付けた女性(65)は「同じことの繰り返し。行政が不許可にせず、どうやってヘイトを止めさせられるというのか」と悔しがった。差別的言動があったら次回は不許可にするといった「条件付き許可」の選択肢もあった。警告は前回に続くもので、より強い措置がなぜ取れないのか女性は解せなかった。
ペナルティーのない警告が歯止めにならないことは明らかだった。昨年12月の集会で警告を受けた佐久間氏は「(使用許可に反対する市民への)アリバイ」と逆宣伝に利用。今回、警告が会場に伝えられたのは集会終了の直前だ。瀬戸氏は「冒頭で読み上げる必要はない」と自身が制したと明かし、2度目の警告にも「何とも思わない。私は関係ない」「ヘイト発言はなかった」と言ってのけた。
そもそも瀬戸氏は市のヘイト対策の無効化を狙って市内の公的施設で集会を繰り返す。今回も警告にとどめた妥当性を市教育文化会館の豊田一郎館長が「ヘイトスピーチを行わせない確約を得た」「周知するよう伝え、団体側は『分かりました』と答えた」と強調すればするほど、手玉に取られているようにしか映らない。実際、瀬戸氏は「会館の職員はわれわれに好意的だ」と公言し、弱腰の対応をまたも逆手に取る物言いまで許している。
公的施設での差別的言動を防ぐガイドラインを施行するなど「さすが多文化共生の川崎市」と感心していたという男性(67)は「会館の対応からは知恵を振り絞って被害を食い止めるという姿勢が見られず、内実のちぐはぐさに失望した」。佐久間氏は講師の肩書を示して「『警告』の経緯の説明を市長から受けたい」とツイッターに投稿、臆面もなく圧力をかけてみせる。寒空の下、抗議に立ち続けた男性は言う。「足元を見られているのだろう。差別を許さないというのなら、具体的にやめさせる策を講じなければならない。行政だけでなく議会も一丸となって毅然(きぜん)と対峙(たいじ)すべき時だ」
ヘイト集会に抗議する市民のプラカード=2月11日 写真・神奈川新聞
※注1 岩上氏の敗訴 
http://sasaerukai.blogspot.com/2019/09/blog-post_14.html

記事③ 弁護士ドットコムニュース
https://www.bengo4.com/c_23/n_10162/
N国市議に勝訴したライター「スラップ訴訟は民主主義をぶっ壊す」
全国の選挙を取材している選挙ウォッチャーちだい氏(41)が9月24日、NHKから国民を守る党(N国)所属の立川市議との裁判に勝訴したことを受け、記者会見を開いた。
ちだい氏は、ネット記事の記述が名誉毀損にあたるとして、立川市議の久保田学氏から200万円を求める裁判を起こされたが、言論活動の萎縮をねらった「スラップ訴訟」だとして反訴していた。
千葉地裁松戸支部(江尻禎裁判長)で9月19日にあった判決は、久保田氏の請求を棄却。さらに提訴自体が不法行為になるとして久保田氏に約78万5000円の支払いを命じた。
●アダルトグッズなどの送りつけ被害も
ちだい氏の自宅には、N国とのトラブルの過程で何者かからアダルトグッズや果物などが代引きで送られてくるようになり、大学や専門学校などの案内資料も毎日のように届いているという。
ちだい氏は、裁判について「弁護士に依頼することになり、経済的負担が大きかった」。裁判を起こすことだけでなく、大人数での嫌がらせなども問題視し、「議論ができなくなってしまう。民主主義を損ねる行為だ」と警鐘を鳴らした。
控訴するかどうかについて、久保田氏に電話取材したところ「お答えする言葉を持ち合わせておりません」との回答があり、「忙しいのでいいですか」と電話は切られた。ちだい氏側は仮に控訴された場合、「慰謝料の額を不服として、こちらも控訴する」としている。
なお、ちだい氏は同じ記事の別の記述についても、N国と立花孝志党首から名誉毀損で裁判を起こされており、係争中だ。
●N国・立花党首「スラップ訴訟」と動画で発言
ちだい氏はN国の立花党首が当選した、2017年11月の東京都葛飾区議選から本格的にN国の動向を取材しはじめた。
判決によると2018年6月、久保田氏が立川市議選に立候補したことについて、ネットメディアに「立川市に居住実態がほとんどない」とする記事を書いたところ、久保田氏から名誉毀損で訴えられていた。
裁判で久保田氏は代理人をつけず、居住実態を示すものとして住民票しか提出しなかった。選挙前に配信した自身の動画の中でも立川市に住んでいないかのような発言をしていたことなどもあり、裁判所は名誉毀損を認めなかった(真実性の判断はせず、真実相当性を認めた)。
この点について、ちだいさんの代理人・馬奈木厳太郎弁護士は「たとえば、公共料金の領収書など、格別の負担もなく証明できるのに、証拠を出さなかった」と指摘した。
また、久保田氏が2019年5月12日に配信した動画の中で、立花党首が今回の裁判について次のように発言していたことなどを踏まえ、裁判所は久保田氏による提訴自体が不法行為を構成すると判断している。
「この裁判は、そもそも勝って、ちだい君からお金を貰いにいくためにやった裁判じゃなくて、いわゆるスラップ訴訟、スラップっていうのは、裁判をして相手に経済的ダメージを与えるための裁判の事をスラップ訴訟と言うんですよ」(判決文ママ)

川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例 
市が6月に公表した素案によると、人種や性的指向、障害などを理由にしたあらゆる差別的取り扱いを禁じ、外国にルーツのある人への差別的言動に最高50万円の罰金を科す条例。処罰対象のヘイトスピーチを場所や類型、方法から絞り込み、勧告、命令に違反した場合、市が刑事告訴する。行政の恣意的な判断と表現の自由の過度な規制を防ぐため、有識者の付属機関や検察庁、裁判所の判断を経る仕組みも取り入れている。市が実施したパブリックコメントには約1万8千通が寄せられ、賛意を示すものが多数を占めた。市は12月議会で条例案を提出し、同月と2020年4月に一部を施行した上、同7月の全面施行を目指している。