2019年9月20日金曜日

穂積弁護士のコラム

被害国と被害者の訴えに圧力をかけ、
過去の加害責任を否定し続ければ、日本は経済力を失いアジアで取り残されるだろう

戦後補償をめぐる裁判に数多くかかわってきた弁護士の穂積剛さんが、所属するみどり共同法律事務所のHPに、「悪化する日韓関係は日本側にこそ原因と責任がある」と題するコラムを掲載しています。http://www.midori-lo.com/column_lawyer_134.html

穂積さんはこのコラムで、徴用工問題について、こう書いています。
この問題に責任があるのはほぼ間違いなく日本側だ。日本の方が圧倒的に悪い。責任の重い側である日本が、責任の軽い側である韓国に対して嫌韓感情の大合唱を繰り広げている様は、あまりに醜悪極まりない。

そして、日本政府の姿勢をこう批判しています。
日本政府が今やっているのは、被害を訴えている被害者たちや被害国の訴えの方に圧力をかけ、それによって被害の訴えを圧殺しようとすることだ。こんな恥知らずなやり方はない。しかしそんなことで、被害者たちの声を抹殺することなどできはしない。さらに恨みを買って、さらに根深く問題が残り続けるだけだ

また、日本経済の深刻な損失と悪影響を、こう憂えています。
こうした紛争による損害額がどの程度の範囲にまで及ぶものなのか私には正確にわからないが、少なくとも韓国に進出した加害企業が賠償請求されるであろう金額よりは、比較にならないほど莫大な額となるだろう。
非人道的な残虐行為をやった加害企業のために、どうして現在の私たちがこのような損害を被らなければならないのか。被害者に対する賠償は、加害企業にやらせればいいではないか。そのとばっちりをどうして無関係の半導体関連企業や貿易会社、航空会社や観光業界が受けなければならないのだろうか。

昨年10月、新日鉄住金に賠償を命じた判決が出された時、多くの日本メディアが日本政府に同調して判決批判の論陣を張りました。11月には三菱重工に対しても同様の判決が出され、韓国批判は過熱しました。そのような情勢の中、穂積さんは「韓国の徴用工問題に関する大法院判決についての日本国内の論調が、完全に間違っている」と題するコラムを書きました(12月、同HP)。
ここでは、安倍首相や一部メディアがこの判決を「国際法違反」と決めつけたことについて、こう批判しています。

この判決は意外でも何でもない。むしろ法律論的観点からするとこの判決は、日本の最高裁判決での論理と、それほど相違のない判断が前提となっている。日本の論調においてもっとも首肯できないのは、このような大法院がこんな判決を出すような韓国という国は、いったいどういう国なんだという批判のあることだ。
そもそも、立法機関や行政機関が司法機関の判断に口出ししたり、これを制御しようとすることなど許されないのだ。したがって、文在寅大統領に大法院の判断を何とかしろというような論調は、そもそも三権分立を理解していないとしか言いようがない。

その上で、「国際法違反」「日韓請求権協定」について論を進め、日本政府(外務省条約局)の一貫した見解や最高裁の判断によっても、「個人の賠償請求権は消滅していない」ことを、わかりやすく、具体的に説明しています。そして、問題解決の道筋と考え方を具体的に提案しています。

このふたつのコラムを読んで気がついたのは、徴用工問題や日韓関係を語る政府の役人やテレビのコメンテーターたちが隠したり間違って伝えていることがいかに多いか、ということです。
日本のメディアとくにテレビや週刊誌では「国際法違反」と「請求権協定」のたった二つの言葉が殺し文句のように語られ、いまも韓国バッシングが続いています。しかし、基本的な問題や事実の確認は置き忘れられたままです。ネット上ではついに、「徴用工」を「微用工(びようこう)」、「出自」を{出目(でめ)」と書くのが正しいと思い込んでいる(あるいは恥じない、気が付かない)ネトウヨの書き込みがあちこちで頻出しているそうです。また、ある新聞の世論調査では、「嫌韓」は年代が上がるほど多い(70代以上で41%)とか。
そんな昨今ですから、穂積さんのコラムは必読のコラムだと言えます。
このページでは、2本の内、最新のコラムの全文を以下に転載します。

※ なお、穂積さんは、植村裁判では東京訴訟弁護団の主力としても力を注いでおり、その関連でもコラムが2本あります。日本語理解能力レベルの低い裁判長や、平気でウソをつきウソの上塗りをする右派論客を題材にしたコラムですが、含蓄と示唆に富んでいて痛快です。こちらもこの機会にご一読をおすすめします。
■裁判所が狂い始めている(2018年5月)
■「邪悪」な存在としての個人と国家(2019年3月)


悪化する日韓関係は日本側にこそ

原因と責任がある


穂積 剛  2019年9月






悪化する日韓関係  
日韓関係が著しく悪化している。戦後最悪の関係だという。
週刊ポストのやり過ぎ記事が問題になったが、実際にはそれどころではない。テレビのワイドショーを見ても、週刊誌の記事を見ても、ネットの記事はもちろん、すべて「韓国悪い」の大合唱だ。奇しくも9月1日が関東大震災の記念日で、このとき「朝鮮人が暴動を起こした」とのデマが拡散され、そのため実際には日本人の暴動によって朝鮮人が大量に虐殺されるという悲惨なヘイトクライムが引き起こされたが、この調子ではいつまたこうした虐殺行為が繰り返されるかわかったものではない。
しかし、この問題について当初から関与してきた私の立場からいえば、この問題に責任があるのはほぼ間違いなく日本側だ。日本の方が圧倒的に悪い。責任の重い側である日本が、責任の軽い側である韓国に対して嫌韓感情の大合唱を繰り広げている様は、あまりに醜悪極まりない。私は日本を愛する愛国者を自負するが故に、愛する国が醜悪な状態にあることが耐えがたい苦痛である。一刻も早くこの国が責任を認めて、この問題の解決に向けて足を踏み出してほしい。
2. 徴用工被害者たちの受けた被害  
現在問題となっている徴用工判決について、その被害者らに対して何がなされたのかを知ることが、この問題の解決のための出発点だろう。何を議論するにせよ、事実を正しく知ることが何よりも大前提のはずだ。
1910年の日韓併合によって日本は韓国を植民地化した。このときに日本は朝鮮人に対して日本人化することを強制して、1939年には創氏改名により日本名を名乗らせることを強いている。
こうした中で、たとえば「日本鋼管徴用工損害賠償請求訴訟」の原告金景錫(創氏により「金城景錫」と名乗らされていた)は、1942年、21歳のときに日本内地での労務動員に応じる形で日本鋼管の川﨑製鉄所で働くことになった。以下は、この事件の東京地裁判決(1997年5月26日)による事実認定の概要である。
3. 金景錫の受けた被害 
原告が居住していた会社の寮は6畳の部屋に6人同居で、元軍人の指導員が朝鮮人労働者を監視していた。やりとりする手紙は検閲され、食事は粗末で常に空腹であり、他方で1日12時間の重労働に従事させられ、さらに土曜日には実に18時間もの長時間労働を強いられた。原告の仕事は工場内のクレーン操作などだったが、防塵マスクの支給もされない環境下で、高温や粉塵被害の危険のもとでの業務を担当させられた。
建前上、いちおう賃金は支払われていたが、当初聞かされていた月額80円ではなく、額面で25円しか支給されなかった。しかもそこから「国防献金、愛国貯金」などの名目で天引され、さらに食費や被服費等としてさっ引かれて、実際に渡された金額は8円程度に過ぎなかった。
これ自体をとっても悲惨な奴隷状態というべきだが、金景錫はさらにひどい目に遭わされている。
被告日本鋼管の労務次長が朝鮮人労働者を侮辱して差別する発言をしていることを知った朝鮮人労働者たちが怒って集団で就労拒否をする事件が起き、警官隊や憲兵が導入される騒動となった。このストライキの首謀者と疑われた原告は、警官や日本人従業員たちからリンチを受け、天井から吊されて長時間にわたって拷問され、木刀や竹刀で殴打され続けるという暴行を受けた。
ストライキ中だった同僚の朝鮮人労働者が、「金景錫を解放したら解散する」と申し入れたことでようやく原告は解放される。しかしこのとき受けた暴行により、原告は右肩肩甲骨骨折及び右腕脱臼の傷害を負わされた。ところが会社は原告に治療を受けさせず、怪我を放置して半年ほども働かせ続けた。原告は別の病気を装って病院に行き、そこでようやく入院して手術を受けることができた。けれども傷害は完治せず、右肩関節には習慣性脱臼の症状が出てしまい、右肩関節可動域制限の後遺障害が残ってしまった。
原告は、敗戦前の1944年に帰郷しての治療が許されたため、いったん韓国に戻っている。しかし会社からは、天引されていた「愛国貯金」も退職金も支払われず、帰りの旅費すらも出されなかったので、同僚たちが出し合った餞別で何とか帰り着くことができた。
 4. 金景錫の後遺障害 
これが原告の金景錫が受けた被害である。奴隷状態での苦役を受けたにもかかわらず賃金もほとんど支払われず、拷問と暴行によって大怪我を負わされたのに会社は原告に治療も受けさせず、これによって原告は生涯治ることのない重大な後遺障害を負わされた。右肩関節の可動域制限という後遺障害は、その後の金景錫の生涯収入に重大な影響を及ぼしたであろう。
ちなみに習慣性脱臼ということは右肩に負担をかけるような仕事は一切できなくなったと考えられ、この場合には労働能力喪失割合は45%、すなわち以後の生涯賃金の45%が失われたと認定されることになる。この場合の後遺症慰謝料の額は、現在の基準では830万円である。これが会社の従業員による暴行が原因であること、さらに会社が半年も治療を受けさせないことで症状が重篤になったという経緯を考えれば、慰謝料額だけで軽く1000万円を超える水準になるだろう。
これほどひどい目に遭った徴用工たちが、加害者に対して賠償を求めたいと考えるのは当然のことだ。そして加害企業の側は、こうした被害者たちの要求に真摯に向き合って、謝罪と賠償をすべきなのが物事の道理ではないか。これは人間としてあまりに当たり前のことではないのか。
5. 消滅していない徴用工被害者たちの「損害賠償請求権」  
このような徴用工の被害者たちは、当初は日本において日本の弁護士の協力を得て加害企業に対する訴訟を起こした。しかし日本の裁判所は被害者たちの要求を入れなかったため、やむなく次に韓国での提訴に踏み切ったものだ。加害企業は徴用工たちにこれだけの損害を与えているのだから、その責任を果たさないまま韓国に進出して事業を行っていれば、その賠償責任を問われて当然である。何の咎も受けずに韓国でも金儲けに邁進できると考える方がおかしい。
こうした被害者たちの加害企業に対する損害賠償請求権は、1965年の日韓請求権協定の締結によっても、これが消滅することにはならない。
このことは、韓国の大法院判決はもちろん、日本の最高裁においても同じ立場を明らかにしている。というよりも、「被害者個人の請求権は消滅していない」とするのが日本政府自身の公式見解でもある。この論点については、昨年12月に公表したコラム(『韓国の徴用工問題に関する大法院判決についての日本国内の論調が、完全に間違っている』)で詳細に述べたところなので、興味があれば確認していただきたい。
いずれにしても、日韓双方の政府及び裁判所の共通見解が、「被害者の加害企業に対する損害賠償請求権は消滅していない」というものなのだ。日韓請求権協定の存在を根拠に、この問題が解決済みだの韓国政府の責任で対応すべきだのとする主張が破綻していることは、この点だけでも明らかだといえる。
6. 当然に賠償義務を果たすべき加害企業 
このように徴用工の被害者たちの加害企業に対する損害賠償請求権は、法的には消滅していない。
韓国の大法院判決はその当然のことを判示しただけであり、これは「国際法違反」でもなんでもない。
被害者に対して残虐な加害行為をおこなった非人道的な加害企業が、韓国においてその損害賠償を命じられただけのことなのだ。韓国に進出した企業なのだから、韓国の司法制度に従うのは当たり前だろう。こうした企業は潔く賠償責任を負えばよい。嫌だったら始めから進出しなければよかっただけの話だ。
というより、問題の全面的解決のため、加害企業と日本政府が加わって基金を設立して、被害者に対する賠償を実施する必要がある。このことも、前述した12月のコラムで指摘したところである。
7. 日本政府による妨害と日韓関係の悪化  
ところがここで日本政府がしゃしゃり出てきて妨害し始めた。
周知のように日本政府は韓国を「ホワイト国」から除外する措置を強行し、これにより貿易紛争が勃発した。実際にはこれは徴用工判決が理由だったにもかかわらず、それではWTOに提訴されると分が悪いものだから、日本政府は対外的には「安全保障上問題がある」という理屈に固執している。これに対し韓国がGSOMIAを破棄したのも周知のとおり。
韓国によるGSOMIA破棄が妥当だったかについて疑問なしとはしないが、しかし少なくとも日本政府にこれを非難する資格はない。なぜなら、日本政府が「安全保障上問題がある」として先にホワイト国除外に踏み切ったのであり、韓国はこれを捉えて「安全保障上問題があるのであれば、軍事情報の共有はできない」と切り返しただけだからである。
8. 経済的損失の「とばっちり」  
こうした応酬が影響して、冒頭に記したように両国の関係は戦後最悪となっている。
貿易関係が多大な影響を受け、観光業界でもあおりを食って大きな損害が出てきている。韓国の訪日客は激減し、就航する航空便の数も大きく減少した。こうした紛争による損害額がどの程度の範囲にまで及ぶものなのか私には正確にわからないが、少なくとも韓国に進出した加害企業が賠償請求されるであろう金額よりは、比較にならないほど莫大な額となるだろう。しかもホワイト国除外によって韓国の企業は、これまで日本企業からの輸入に依存していたフッ化水素の供給源を自社生産にするなどの対応を緊急に行っており、これによって日本は主要な輸出先を失うことになる。これにより中国企業が漁夫の利を得るとともに、アジアにおける日本の地位は経済的にも倫理的にもさらに低下していくことになる。
しかし、非人道的な残虐行為をやった加害企業のために、どうして現在の私たちがこのような損害を被らなければならないのか。被害者に対する賠償は、加害企業にやらせればいいではないか。そのとばっちりをどうして無関係の半導体関連企業や貿易会社、航空会社や観光業界が受けなければならないのだろうか。この点が私にはまったく理解できない。
9. 被害者の声を圧殺することはできない 
そもそもこの問題に安倍政権が敏感になっているのは、日本の加害責任を安倍晋三と自民党政権が認めたくないからだ。特に安倍の祖父である岸信介はA級戦犯であり、戦前は満州国総務庁や商工大臣などを務めたアジア侵略の責任者の一人だった。岸を尊敬する安倍は日本の加害責任をどうしても受け入れられないので、加害企業が韓国で責任を問われる事態も妨害したくてたまらないのだ。
そんな程度のことで日韓関係全体を悪化させ、経済的にも多大な損害を生じさせている安倍晋三のやり方は、完全に政治家として失格である。国家の運営方針として、これは明らかに進路を誤っている。
冷静になって考えてみてほしい。
日本は確かに戦前、朝鮮を植民地にして支配し、中国を侵略して両国を中心に非人道的な加害行為をいくつも重ねてきた。
このような国家が、自分たちのやってきたことに向き合おうともせず、却って加害行為の事実を否定するような言動を繰り返してきた。これでは、被害者たちがますます怒るのは当然ではないか。まして日本政府が今やっているのは、被害を訴えている被害者たちや被害国の訴えの方に圧力をかけ、それによって被害の訴えを圧殺しようとすることだ。こんな恥知らずなやり方はない。
しかしそんなことで、被害者たちの声を抹殺することなどできはしない。さらに恨みを買って、さらに根深く問題が残り続けるだけだ。
10. アジアから取り残され没落していくだけの日本  
私が弁護士として取り組んできた最大の課題の1つが、この戦争責任の問題を解決して、被害者に対し適正な謝罪と賠償を行うとともに、加害の事実を広く日本社会で共有し、この失敗に学んで二度と同じ過ちを繰り返させないことだった。そのことによって初めて、被害を受けた国や被害者の人たちは、日本の反省を心からのものと受け止め、日本人と日本国を信頼してくれるだろう。そうした倫理的に高潔な対応をすることによって、結果的にそれが周辺国からの評価につながり、アジアの中で尊敬されうる地位を占めることができるようになる。それをやっているのがまさにドイツであり、だからこそドイツは今やEUの中心国家として繁栄することができているのだ。
これまで日本は、自らの加害責任に対し真摯に取り組んでいなくても、東西冷戦に起因する経済復興とアメリカという後ろ盾により、経済力を背景としてアジアで重要な地位を占めることができていた。しかし少子化と長期低迷している経済状態により、アジアにおける日本の地位は明確に低下している。逆に中国は世界第二位の経済大国に進出し、韓国の国力も今後ますます増強していくであろう。
この情勢下で、日本が過去の加害責任を否定し続けてこれに取り組もうとしないままでいれば、経済力を失った日本はアジアから取り残されることになるだろう。国力をつけた中国や韓国、台湾や香港などにも見放され、アジアの劣等国として置き去りにされることになってしまう。愛国者である私は、そんなことにならないように、日本が道義的に尊敬される措置を少しでも早く実施することを主張しているのだ。
11. 手遅れにならないうちに戦争責任を解決すべき  
私が弁護士になったときに感じていたこうした危惧は、そのときには「そのうちに日本だけがアジアに取り残されてしまう」という、将来に対する問題意識であった。しかし今やその不安は的中し、まさに今その危惧が現実のものとなりつつある。
日本という国を愛するのであれば、一刻も早く加害責任を正面から認めて、基金方式による徴用工問題の解決を図らなければならない。慰安婦問題の解決も同じである。日本が加害の事実を否定しようとすればするほど、日本の国際的地位が低下し、周辺諸国を始めとする諸外国からの国際的評価を失い、軽蔑されるだけになっていき、経済的にも取り残されていく事態となることに、日本国民自身が気付かなければならない。