2016年6月6日月曜日

植村隆のソウル通信第3回

エネルギー源は、カトリック大学の特製トンカ


私が一番気に入っている食べ物は、カトリック大学の学生食堂の特製トンカツだ。正式名は「スジェ(手製)ワン()カツレツ」。ワン()というのは、愛用の電子辞書によると、「非常に大きいことを表す接頭語」だ。3500ウオンなので、日本円で350円くらい。物価高の韓国では、格安の食べ物だ。
裁判に「勝つ」という意味も込め、縁起がよさそうなので、注文してみたところ、結構いけるので、しばしば夕食として食べている。これが、私の大学でのエネルギー源である。

学生食堂は午後7時半に、注文の受け付けが終わる。いつもぎり ぎりに食堂へ駆けつけている。食券を渡すと、食堂のおばさんが、「ちょっと時間がかかるけれど、待っててね」などと言い、生のトンカツを油に入れて、悠然と揚げ始める。この食堂では、作りおきのカツでなく、注文があってから、揚げてくれるのだ。冷たいものを、レンジでチンではないのである。

出来立てのものを学生たちに食べさせたいというあったかい思いやりなのだろう。私としても、テーブルで、本を読みながら、待つので気にならない。何分か待てば、揚げたてのカツレツがカウンターに登場する。それを受け取って、テーブルへ運ぶときの期待感はなかなかのものだ。

ナイフとフォークで、トンカツを切り取り、口の中へ。 衣の下の、豚肉は薄くて、あまり存在感はない。しかし、できたて、ほかほかのトンカツに、トマト味のソースがどばっとかかっており、迫力は満点だ。ごはんは、小盛りである。それにキャベツなどの野菜を刻んだサラダ、クリームスープ、黄色いタクワンがついている。食べながら、元気が出るのが分かる。

しかし、人間は欲深い存在だ。最近は、この特製トンカツを食べながら、「物足りないナ」と思うようになった。やはり揚げたての油モノには、「あの泡の出る黄金の飲み物」がよく合う。だが、カト リック大では食堂などオープンな場所では、禁酒である。学生食堂の下にある、コンビ二にも当然、ビールは売っていない。 「ビールが飲みたい」と思いながら、トンカツを食べるむなしさに、さいなまれるようになった。一種の「煩悩」である。「煩悩@カトリック大」である。

禁酒の国イランで特派員をやった時代を思い出した。
出張でイラン航空を使うとき、機内に欧州製の缶入りノンアルコールビールを持ち込んだことがある。驚いたような表情を見せたへジャブ姿の女性乗務員に、これは「アルコールが入っていないので、大丈夫だ」と説得、安心させた「実績」もある。

「そうだ。カトリック大の食堂に、ノンアルコールビールを持ち込も う」。
そう思って、近所のスーパーで、韓国のビール会社「ハイト」製のノンアルコールビールを買った。1本800ウオン。アルコール分ゼロという意味で、カンには英語で力強く「ZERO」という表示もある。

180分授業の終わった5月31日()の夕方、冷やしたこのノンアルコールビールを持参して、食堂へ行った。「禁酒のおきてを破っているのでは」と 誰かに言われるのではないか、とちょっぴり心配もしたが、そんなことはなかった。

食堂の外のテラスで、ノンアルコールビール片手に、あつあつの特製カツレツを楽しんだ。キャンパスは緑。さわやかな風に吹かれ、幸福なひと時だった。
皆さんが、カトリック大学に訪問したら、ぜひ、この学生食堂に案内したい。
そして、このささやかな幸せを分かち合いたいと思う。
  
【写真】ノンアルコールビールと特製トンカツを手にする=5月31日、カトリック大学聖心キャンパスで