2018年3月23日金曜日

本人尋問に注目を!


きょう! 札幌訴訟第11回口頭弁論

323()10:3017:00 札幌地裁805号法廷

 植村裁判札幌訴訟は、いよいよ終盤最大のヤマ場を迎えました。原告植村隆さんと被告櫻井よしこ氏が出廷します。昼の休憩をはさんで5時間、双方の弁護団により植村さんと櫻井氏に対する尋問が順に行われ、いずれも激しいやりとりとなることが予想されます。

これまでの10回の口頭弁論で植村さん側は、被告櫻井氏の言説について、①違法性と悪質性がある、②「事実の摘示」であり「論評・意見」ではない、③損害をもたらした脅迫行為に関連性がある、ことを具体的事実(証拠)と法律的観点(理論)に基いて主張してきました。これに対して被告櫻井氏側はほぼ全面的な否定を繰り返しました。
論点は出尽くし、残されているのは、植村さんと櫻井氏それぞれの生の主張とそれに対する質問です。お二人の主張は第1回口頭弁論(20164月)で行われた意見陳述ですでに明らかになっていますが、今回の本人尋問で植村さんは、質問に答える中で、1991年に記事を書いた当時の詳細な経緯も明らかにし、「記事は捏造ではなく、櫻井氏の決めつけには重大な過誤と故意がある」と改めて主張し、さらに、櫻井氏は取材執筆にあたって歴史的な事実にどう向き合い、確認、検証しているのか、また植村さんの受けた被害、損害にどのような責任を感じているのか、との疑問を投げかけるものと予想されます。この疑問に対して被告櫻井氏はきちんと答えられるか。証言台に立つ櫻井氏をきびしく注視したいと思います。

本人尋問を前に、争点と経過をおさらいするために、その概要を、「徹底解説マガジン・植村裁判」4~5ページから収録します(一部書き直しあり)。

植村裁判・なにが争われているのか


――植村裁判とはなにか、わかりやすく説明してください。
元朝日新聞記者の植村隆さんが、週刊誌やインターネット上で「捏造記者」と誹謗中傷されたことに対して、名誉回復を求めて起こした民事訴訟です。植村さんが求めているのは、慰謝料の支払いと謝罪広告の掲載です。訴えた相手、つまり被告は東京が元東京基督教大学教授の西岡力氏と株式会社文藝春秋、札幌がジャーナリストの櫻井よしこ氏と出版3社(新潮社、ダイヤモンド社、ワック)です。

――そもそもの発端はなんですか。
植村さんが1991年に書いた2本の新聞記事です。植村さんは、日本軍慰安婦だった韓国人女性(金学順さん)が支援団体の聞き取りに初めて応じた、と書きました=写真右。それを「捏造」だと被告たちが繰り返し主張しました。その結果、本人の記者としての名誉を傷つけられただけでなく、家族、そして、教授に就任することになっていた神戸松蔭女子学院大学と、非常勤講師をつとめていた北星学園大学に、電話、メール、ファクスや脅迫状などが殺到しました。

――訴えの理由と争点をわかりやすく説明してください。
植村さんが裁判に訴えた理由は、「私は捏造記者ではない」ということに尽きます。「捏造」という表現は、新聞記者にとっては最大級の侮辱であり、死刑宣告に等しい。名誉棄損の極みです。西岡氏は、書籍(草思社)、雑誌(正論、中央公論、週刊文春)、インターネット(歴史事実委員会という団体のサイト)で植村さんの記事を「捏造」と決めつけました。週刊文春は2014年2月と8月、「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」、「慰安婦火付け役朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ」というタイトルの記事を出し、名誉棄損に加えて植村バッシングに火を付け、油を注ぎました。

――「捏造記者」という表現が最大の争点になっているのですか。
事実関係で争点になっているのは、「捏造記者」という決めつけの前提とされている3つのファクトについてです。植村さんが①義理の母親の裁判に便宜を図るために記事を書いた、②慰安婦と挺身隊を結び付けた、③金さんの経歴を隠した、というものです。順に説明します。
①義母の裁判への便宜など図っていません。金さんは日本政府を相手取った訴訟を起こし、義母はその訴訟を支援した団体の幹部でした。ここまでは事実です。しかし、植村さんが金さんの名乗り出の記事を書いた時、金さんに提訴の予定はなく、また、金さんと義母はお互いに面識がなかった。植村さんが大阪から出張して取材した理由についても、特別なわけがあったのではないかと推測する向きがありますが、植村さんは1年前から慰安婦の所在を追いかけており、そのことを知っていたソウル支局長が金さん名乗り出の情報をつかみ、植村さんを呼んだのです。当時のいきさつについては、東京の第4回の口頭弁論で、朝日新聞の関係者3人が陳述書を提出し、便宜説を完全否定しています。
②慰安婦と挺身隊を結び付けた、つまり「強制連行」を印象付けようとした、という批判ですが、韓国ではメディアも市民も慰安婦のことを挺身隊と言っていたし、日本のメディアも一様に「挺身隊の名で連行された」を慰安婦の枕詞にしていました。また、植村さんの記事は「強制連行された」ではなく「だまされて」と書いています。ことさら問題にすることではありません。
③金さんは妓生学校に通っていた、また義父に身売りされたことを記事にせず、これも「強制連行」を印象付けようとした、という指摘ですが、妓生学校を意図的に隠したわけではなく、また、身売りされたという話は本人の口からは聞いていません。
このように、3点とも言いがかりといっていい中傷です。とくに②③は植村さんだけではなく、他紙もすべて横並びで同じ表現で記事を書いているのです。なのに、植村さんだけが標的にされています。①は植村さんだけにかかわることですが、2014年8月に朝日新聞の慰安婦報道全体を検証した第三者委員会は、「植村が個人的な縁戚関係を利用して特権的に情報にアクセスしたなどの事実は認められない」と報告書に明記しています。西岡氏もさすがに分が悪いと察したのか、裁判の書面の中で、「被告西岡の推論過程を述べたものに過ぎず、事実を断定したものではない」などと逃げています。そもそも、西岡氏は当事者つまり植村さんにいっさい取材していないのです。どうして当事者に取材しなかったのか、という植村さん側の質問(求釈明)に対して、「論評を書くにあたっては取材は必要ない」と第8回弁論の書面で答えています。西岡氏だけでなく、櫻井氏も当事者取材はしていません。

――「捏造」呼ばわりの前提そのものが崩れ落ちている。そのことが裁判でも明らかになった、ということですね。
その通りです。植村さんが記者としての取材の倫理をしっかり守っていたことが改めて明らかになったわけで、裁判に訴えた意義はあったと言っていいでしょう。

――裁判は東京と札幌の2カ所で行われています。なぜですか。
被告はすべて東京の人間と会社ですから、東京で裁判をするのが普通です。しかし、植村さんは札幌の住人であり、被害は札幌で起きています。家族を含めた脅迫被害からの保護と身の安全を求めなければならない、という地元ゆえの緊急性もあったのです。札幌はじめ道内の非常にたくさんの弁護士が札幌でも裁判を、と強力にプッシュしたことも大きな原動力になりました。

――東京と札幌ではどこがちがうのですか。
訴えの理由は同じ、争点も同じです。違うのは訴えている相手です。それと、裁判長の訴訟指揮の違いによって進み具合にも差が出ていることです。札幌は快速電車、東京は各停という感じかな。
書面を双方が提出し合って進む民事裁判なので、法廷は、東京も札幌も静かです。大きな声が響くのは植村さん側弁護士が書面の要旨を朗読するときだけです。内容は相当きつい表現でも、被告側が立ち上がって反論するようなことはありません。ただ、審理の進め方を巡っては意見がぶつかり、緊迫することがあります櫻井氏側は全面対決の姿勢を崩していません。本人は法廷には初回の口頭弁論しか出席していませんが、その時の意見陳述は、朝日新聞批判に始まり、最後に地元の労組を皮肉るなど、裁判の本筋から外れることも気にしていないように見えました。

――裁判の核心は、名誉棄損であるかどうか、だと思います。それは争点にならないのですか。
もちろん重要な最大の争点です。名誉棄損であるかどうかは、基準を具体的に定めた特別の法規はなく、これまでの判例に則るのが通例です。そのさい、その表現が「論評、意見」なのか、「事実の摘示」なのか、で違いがあります。「論評」であれば、憲法が保障する「言論の自由」の範囲内として名誉棄損を認めないケースが多い。「事実の摘示」であれば、それが真実であり、公共性、公益目的もある、などの場合を除き、名誉棄損とする判例が多いのです。だから、東京も札幌も裁判が始まってすぐに応酬がありました。植村さん側は、東京訴訟では西岡氏と文春の計24カ所すべて、札幌訴訟では櫻井氏の計14カ所を「事実の摘示」だと主張しました。これに対して、西岡氏、文春側はすべてを「論評」とし、櫻井氏側は最初、すべてを「論評」としたものの、途中で一部を「事実の摘示」だと認めています。

――「事実」ではないのに「事実の摘示」なのですか。
「事実」は証拠で立証できるものを指し、証拠で立証できない「論評」と区別しています。立証できない「事実」は「虚偽の事実」となります。植村裁判で争点になっているのは、西岡、櫻井両氏による「虚偽の事実の摘示」です。別の言い方をすれば、「論評」はオピニオン、「虚偽の事実の摘示」はデマである、となるでしょう。

――争点はほかにもありますか。
あります。植村さんと家族が、脅迫やプライバシーの侵害、ネットの中傷などで受けた数々の被害、損害をどうとらえるか、ということです。裁判では「損害論」といいます。名誉を棄損され、社会的評価を落とされたから損害賠償をせよ、というのが植村さんの請求の趣旨です。これに対して被告側は、名誉棄損表現はしていない、と主張しているわけですから、損害の有無について反論する必要を認めていません。植村さん側は、脅迫メールなどで平穏な生活を奪われたことも損害に加えています。「捏造」と言われて名誉を傷つけられただけでなく、就職先を奪われたり、家族まで脅迫されたり、と深刻な人権侵害を受けているからです。被告側は脅迫行為などは誘導していない、因果関係もまったくない、と突っぱねています。

――争点は明らかになり、対立したままではあるけれど、議論や応酬は尽くされたということでしょうか。
札幌は、裁判長がそのように宣言し、証人尋問の期日(2018年2月16日、3月23日)が決まりました。最終段階に近づいています。東京もいよいよ大詰めにさしかかります。