2016年10月28日金曜日

「ソウル通信」号外

日本ジャーナリスト会議(JCJ)が月1回発行している新聞「ジャーナリスト」2016年10月25日号に植村隆さんの韓国報告が掲載されました。今年3月から赴任している韓国カトリック大学(富川市)での講義の風景や、韓国語版手記『私は捏造記者ではない』(プルンヨクサ=青い歴史)出版のきっかけとなった韓洪九(ハン・ホング)聖公会大教授との出会い、手記出版を契機に広がった人脈など、韓国での最近の出来事が描かれています。ほのぼのとした授業風景の写真も添えられています。
植村さんの署名記事を「植村隆のソウル通信」の臨時版として、以下に転載します。

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韓国カトリック大学(富川市)での講義は週1回、題名は「東アジアの平和と文化」。火曜日に50分授業を3回連続で行う。
後期の受講生は30数人で、日本からの留学生も4人いる。「新聞活用」や「平和と人権」をテーマに韓国語で講義をしている。
新聞は民主主義のインフラだ。しかし、若者が新聞を読まないのは韓国でも同じ。新聞を読む習慣をつけてもらいたいと考えた。毎週無償で提供してもらっている「韓国経済新聞」の記事を読み、意見発表をする。宿題は新聞記事のスクラップだ。中には数紙を読み比べる熱心な受講生もいる。
10月11日の「平和と人権」の授業では、戦時下に治安維持法違反で有罪判決を受け、福岡刑務所で獄死した韓国の詩人、尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩を読んだ。次週はソウル市麻浦区にある金大中図書館を見学する。

キャンパスの外でも、様々な人々との出会いがある。その一人がヒゲの歴史学者として知られる韓洪九(ハン・ホング)聖公会大学教授だ。その出会いが、韓国の出版社「プルンヨクサ(青い歴史)」から手記『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)の韓国語版を出すきっかけになった。
翻訳者は韓国紙「ハンギョレ」の東京特派員、吉倫亨(キル・ユンヒョン)記者。吉氏は札幌にも取材に来るなど熱心に植村バッシング問題に取り組んでいた。
バッシングの激しかった2014年当時、私は「捏造記者」ではないという説明資料を詰め込んだキャリーバッグを持ち歩いていた。訳者あとがきで、吉氏は「バッグを引きずりながら、身を切るような寒さの中、札幌のススキノをとぼとぼ歩く彼の姿がさびしく思え、涙が出そうだった」と書いていた。それを読んで、あの頃を思い出し、目頭が熱くなった。
吉氏はこう結論づけている。
「結局、植村バッシングとは慰安婦問題の本質を理解し、正しい解決方法を諦めた日本社会が、慰安婦問題を初めて記事にした人物をスケープゴートにして、理性を失ったバッシングを浴びせた現象とするしかない」。

韓国語版発行を記念して、9月26日にソウルで記者会見が行われ、東亜日報、朝鮮日報、京郷新聞、聨合ニュースTVなど10人以上の記者が集まった。各誌が大きく報じ、ケーブルテレビなどでも紹介された。1週間の間にマスコミが取り上げた本の中で第4位だという。これまで漢陽大学や高麗大学で講義をしたが、この出版ニュースで学生たちからも声がかかるようになった。忠清北道にある世明大学ジャーナリズムスクール、ソウルの聖公会大学でのシンポで話をすることになった。
植村バッシングという苦難は、韓国でも「出会い」という恵みを与えてくれた。

植村隆(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)
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2016年10月27日木曜日

これまでの裁判経過

春から夏、秋へと季節はめぐり、札幌はもうすぐ冬……。8月から長い”中断”をはさんだ裁判は、札幌では11月に、東京では12月に再開されます。
札幌訴訟は4月の第1回口頭弁論から半年が経ちました。東京訴訟のほうは昨年4月の第1回から1年半が経過しています。両訴訟の再開を前に、これまでの経過をまとめました。

札東京訴訟  被告=西岡力・東京基督教大教授、文藝春秋
■第1回、2015年4月27日
植村さんの冒頭の意見陳述は約12分間にわたった。植村さんは、本人と家族に向けられた脅迫と中傷への恐怖を語った後、被告の一連の名誉棄損行為を挙げて、「私は捏造などしていない。私の記事が捏造ではないことを司法の場で証明したい」と述べた。弁護団事務局長の神原元・弁護士も冒頭意見陳述を行い、被告側が提出した答弁書の中で、「捏造」との表現を事実の摘示ではなく論評だとしていることに厳しく反論した。<東京地裁の103号法廷は91席の傍聴席が満員となり、報道関係者の13席も埋まった。被告の西岡氏本人は出席せず、以後、被告側は2、3人の代理人弁護士だけの出席が続いている>

■第2回、同6月29日
小林節弁護士(慶大名誉教授)が意見陳述し、この訴訟の弁護団に加わったことの意味を語った。穂積剛弁護士は意見陳述で、被告側準備書面にある「推論」記述ほか3点について求釈明を行った。<左の写真=閉廷後、東京地裁前で小林節さん(中央)、中山武敏弁護団長(右)と談笑する植村さん>
■第3回、同10月26日
神原元・弁護士が陳述し、約70ページにわたる原告第2準備書面(「捏造」表現についての①名誉棄損の成否、②真実性抗弁の成否、③その他の不法行為の成否、を詳述)の要旨を説明した。
■第4回、2016年2月17日
植村さんが記事を書いた1991年当時の朝日新聞関係者(ソウル支局長、同支局員、大阪本社企画報道部次長)が裁判所に提出した陳述書の要旨を吉村功志弁護士が読み上げ、「義母の運動を利するために書いた」との言説を強く否定した。<左陪席が小久保玖美裁判官に交代した>
■第5回、同5月18日
神原元・弁護士が、原告第3準備書面(女子挺身隊の記述、キーセン学校の経歴、義母の運動団体についての被告側の主張への補充的反論)の要旨を読み上げた。<右陪席が高橋祐子裁判官に交代し、左、右陪席はいずれも女性となった>
■第6回、同8月3日
原告第4準備書面と証拠多数を提出し、植村さんに対する誹謗中傷の全容を法廷で初めて示した。証拠の主なものは、神戸松蔭女子学院大と北星学園大に届いた匿名のメールやハガキのたぐいで、総量は段ボール箱2箱にもなったという。永田亮弁護士は、植村さんへの苛烈なバッシングが週刊文春の記事に起因していること、文春側には積極的な害意があったことを主張・立証するとして、準備書面の要旨を朗読した。<この日、東京地裁の別の法廷では、植村さんの娘さんをネット上で中傷した男に対して損害賠償を命じる判決があった。賠償額は要求を満額認めるもので、娘さんの完全勝訴となった。右の写真は、口頭弁論報告集会で娘さんの裁判の経緯と心境を語る植村さん。会場には「勝訴」の垂れ幕が掲示された>

札札幌訴訟   被告=櫻井よしこ氏、新潮社、ダイヤモンド社、ワック
■第1回、2016年4月22日 
札幌地裁805号法廷で、植村さんは被告の櫻井氏と初めて正面から向かい合った。最初に植村さんが立って、本人と家族に向けられた攻撃、脅迫の恐怖を語った後、2014年に櫻井氏が産経新聞に書いたコラムの重大な誤りを指摘し、「調べればすぐわかることを調べず、私の記事をねつ造と決めつけて憎悪を煽っている。ジャーナリストとして許されない行為だ」と批判し、「司法の正しい判断は、表現の自由、学問の自由を守ることにつながる」と述べた。続いて弁護団共同代表の伊藤誠一弁護士が訴訟進行について陳述し、「民主主義のこれからと、言論のあり方の指針となる判断を求める」と主張した。この後、櫻井氏が立ち、「従軍慰安婦問題は朝日新聞が社を挙げて作りだし、植村氏はその中で重要な役割を担った」との持論を展開した上で、植村さんの記事については「私は論評したのであって、捏造記者と評したわけではない」と主張し、裁判で争う姿勢を明らかにした。
<開廷の1時間前から傍聴券を求める長い列ができた。傍聴券交付は抽選となり、198人がクジを引き、57人が当たった。倍率は3.5倍だった。午後3時30分開廷、4時25分閉廷>
■第2回、6月10日 
原告側は、櫻井氏側が3月31日付で提出した準備書面の中で、「捏造」などの名誉棄損表現を「論評」「意見」だと主張していることに対し、過去の判例などを踏まえ、「捏造」表現は証拠の裏づけが必要な「事実の摘示(事実を暴くこと)」である、と反論した(準備書面の要点を成田悠葵弁護士が朗読陳述)。
<開廷午後3時30分、閉廷同45分。傍聴券交付倍率1.6倍>
■第3回、7月29日 
原告側は、櫻井氏の名誉棄損表現が週刊新潮など3誌6点で計17カ所にわたることを指摘し、いずれも①事実の摘示である②原告の社会的評価を低下させる③証拠による認定可能性がある、と具体的に主張した(原告第2準備書面の要点を竹信弁護士が朗読陳述)。これに対し、被告側からは原告準備書面内の重複記述について、裁判長からは「事実の摘示」と「論評」の区分けについて、細かな質問があった。次回弁論では被告3社から、反論の書面が提出される。<開廷午後4時20分、閉廷同40分。開廷遅れは、被告側弁護士搭乗の飛行機が延着したため。傍聴券交付倍率は1.5倍>
写真=札幌地裁前の入廷。上から第1、2、3回
 




※両訴訟口頭弁論の各回傍聴記は、記録サイト「植村裁判資料室」に収録されています 

2016年10月13日木曜日

九州講演参加者の声

植村隆さんが9月に福岡、北九州、熊本、水俣の4市で行った講演会に参加した方々の「感想と意見」を掲載します。
これらの「感想、意見」は、各会場で配布したアンケート用紙に参加者が書いたものです。植村さんの説明と主張、訴えへの理解と共感が、札幌から遠く離れた九州にも広がっていることがよくわかり、私たちも勇気づけられます。
掲載にあたっては、長い文章は短くしました。お名前はイニシアルにし、掲載順は不同です。なお、福岡、北九州両市は会場と時間の都合などで回収が十分にできなかったため、掲載数が少なくなっています。

 「声なき応援団」からの応援メッセージ

■講演を聞いて目が覚めた
▽植村裁判が社会の抱えるストレスを晴らしてくださることを望み、応援します。はがきを出したり、署名集めなどが必要なときはお手伝いします。(水俣市、A・Tさん)
▽信念を持ち続けて最後まで!(同、F・Nさん)
▽「捏造」騒動の時、朝日はなぜきちんと反論しないの? と思ったものですが、メディア、ジャーナリスト全体が萎縮してきているのを感じます。(同、N・Kさん)
▽新聞、テレビ、本からは本当の情報が得られません。講演を聞いて目が覚めました。(同、T・Tさん)
▽事実を頭に入れるには一つの情報をうのみにしてはならないと思いました。植村さんの記事に何も問題がないことを知らなかったことがショックでした。(同、H・Kさん)
▽言論の自由、報道の自由が無くなって行くときどうなるのか、まざまざと感じることができました。自分の立っているところで、しっかり闘っていかねばと心新たにしました。(同、K・Fさん)
▽自分の足元でも、日々、表現の自由が無くなっていると痛感しています。勇気をだして人とつながって励まし合って意見を出していこうと思います。(同、I・Sさん)
▽植村さんの闘いが後退することは、民主主義、表現と言論の自由が、日本会議らの勢力に屈したことになると思います。連帯して頑張りましょう。(同、S・Nさん)
▽報道のごまかしや矛盾を改めて実感しました。真実を隠そうとする姿を見極めていきたいと思います。(同、Y・Tさん)
■植村さんとご家族の勇気に頭が下がる
▽歴史修正主義者たちの動きと、安倍首相が主義とする戦後レジーム脱却の動きは全く同一のものだと強く感じています。(同、匿名)
▽植村さんのご苦労に心が痛みます。植村さんは今の日本の腐りきった部分にメスを入れるために選ばれた方なんだと思いました。何より素晴らしい娘さんに心から拍手を送ります。(同、Y・Kさん)
▽慰安婦問題も、水俣病問題も、部落問題、ハンセン病回復者の問題等も、戦後補償することができなかった日本という国の残念な課題です。ジャーナリストにはしっかり伝えてほしいと思います。(同、匿名)
▽大変勉強になりました。私も水俣病患者です。(同、A・Aさん)
▽実家が札幌で、植村裁判を注目していました。(同、T・Eさん)
▽言論の場で議論せずに植村さんの職場や家族を巻き込む態度は、「痛み」に対する感度が感じられません。植村さんの問題は私の問題であると強く意識しました。(横浜市、K・Aさん、水俣会場で)
▽民主主義を守る運動、熊本でも頑張ります。(熊本市、M・Uさん)
▽「記憶されない歴史は繰り返す」、これこそ「真実」だと思います。とにかくまずは娘さんの勝訴に安堵しました。(同、匿名)
▽共謀罪の再々提案の検討や、緊急事態条項の憲法への盛り込みなど、窮屈な状況が進んでいます。植村さんのお話を聞いて元気と勇気をもらいました。このままだとマスコミ報道は、戦前の過ちを再び起こすのではないでしょうか? 市民世論が大切です。一緒に頑張りたいと思います。(同、E・Iさん)
■権力の卑劣な攻撃に、屈してはならない
▽真実を伝えない新聞があることの恐さ、真実を伝えらえない社会になってしまった日本のありように怒りと不安でいっぱいです。植村裁判、必ず勝利せねばと思います。応援します。(同、K・Eさん)
▽日本軍が韓国の女性を性奴隷にしたことは事実であり、再び繰り返さないために正しく伝えることが大事です。私は被爆者です。(同、T・Nさん)
▽権力の卑劣な攻撃です。屈してはならないと強く思います。そうしないといつの間にか自分に降りかかってしまいます。(同、T・Sさん)
▽慰安婦問題を取り上げた番組を当時、安倍らの圧力に屈してNHKが改編したことに怒り受信料不払いを続けて10数年になります。過去の過ちを反省せず。真実をねじ曲げ、さらに表現の自由も個人の尊厳も生命も脅かされる社会、勢力に対してしっかり対峙していかなくてはと思います。植村さんに勇気をいただきました。(同、Y・Hさん)
▽安倍首相はヒトラーがしたようにマスコミをうまく使っていると思います。マスコミを自分の思うままに使うために植村バッシングがあったのだと思います。負けないで頑張ってください。(同、Y・Mさん)
▽歴史を否定している人たちは戦争を肯定し日本を正しいと主張しています。彼らの非人間性に怒りを感じます。(同、K・Nさん)
▽大きな怒りと大きな勇気を頂きました(同、S・Mさん)
▽講演会で配布するレジュメには今後、産経・読売のお詫び記事と長女さんの慰謝料認容判決の理由部分を加えたらいいと思います。(同、S・Iさん)
▽私の父は日中戦争に参加。第6師団歩兵13連隊です。当時の日記が残っている。慰安所の様子が詳しく書かれています。(同、N・Tさん)
■声なき応援団が世界中に存在する
▽極右「日本会議」のこれ以上の無法を許さないために今こそ立ち上がるべきとき。植村さんの闘いは重要な一翼を担うものです。必ず勝利しましょう(同、K・Oさん)
▽報道の自由、人権、民主主義が脅かされている現状がひしひしと伝わった。(Y・Aさん)
▽市民を名指しで圧力をかけるムードは変えねばなりません。娘さんの判決は素晴らしい。(同、S・Mさん)
▽植村さんの記事と言動を信じていましたが、お話を聞き確信にかわりました。「事実という武器が私を支えた」という言葉がすべてを表しています。(同、M・Yさん)
▽昨年から「教科書ネット21くまもと」で活動をしております。大勢の方に今日の植村さんの訴えを伝えます。(同、K・Hさん)
▽狭く偏った情報だけに弄されることなく、偏見、先入観を持たず、客観的でありたいと思いました。(同、H・Iさん)
▽戦争の足音が聞こえるようなお話だった。なんとしても押し返さなくてはと思った。(同、M・Aさん)
▽声なき応援団が世界中に存在します。頑張ってください。(同、K・Fさん)
▽歴史修正主義者と闘うには学ぶことの大切さを思いました。元慰安婦の人権を守ることは私たちの人権を守ることだ。(同、匿名)
▽韓国のナヌムの家に2回行き学習してきました。日本大使館前の水曜デモにも参加しました。植村さんを応援します。(同、T・Fさん)
■植村さんから闘う勇気をもらった
▽植村さんのお話を聞き、驚くばかりでした。真実を知ることがいかに大事か実感しました。これからも応援します。(北九州市、Y・Kさん)
▽ご家族、特に娘さんの姿勢に感動しました。私たちも、一人ひとりが、不安や恐れを捨てて、人権、民主主義を守るためにしっかりと立たなければと元気づけられました。(同、K・Kさん)
▽真実を公表することで世論を作る勇気がマスコミに求められていると思います。(同、S・Uさん)
▽在日朝鮮人としてこれからも、言論の暴力に信念をもって立ち向かっていこうと思います。植村さんから闘う勇気をもらいました。(同、T・Rさん)
▽過去の歴史を反省し、これから友好、信頼関係を築こうとする団体や仲間と連帯していきます。植村さん共に頑張りましょう。(同、S・Uさん) 
▽植村さんとご家族の勇気ある行動に頭が下がります。私自身は大学院で学んでいますが、どういう立場で、どう語っていくのかを問われている気がしました。(東京都、A・Kさん、北九州会場で)
▽ヘイトスピーチを絶対に許さない者として、私たちも頑張りたいと思います。(福岡市、M・Sさん)


※感想、意見のまとめは「支える会」事務局(樋口)が担当しました。

2016年10月3日月曜日

裁判と集会の日程

これからの日程をお知らせします(確定分、一部予定含む)。
▼11月4日(金)
札幌訴訟第4回口頭弁論:午後3時30分、札幌地裁
報告集会+講演・俵義文氏:午後4時30分、札幌市教育文化会館
▼11月16日(水)
シンポジウム「今、言論・表現の自由のために」
植村隆氏+神原元氏(弁護士)+醍醐聡氏(東大名誉教授)
午後7時、東京・武蔵野スイングホール(主催むさしの憲法市民フォーラム)
▼11月18日(金)
植村隆さんを招いて「メディアバッシングと報道の自由を考えるつどい」
午後6時30分、東京・文京区男女平等センター (主催=日本ジャーナリスト会議、千代田区労協)
▼11月20日(日)
日韓ジャーナリストの対話「現場に目を、証言に耳を」
第1部 映画「終わらない戦争」上映(60分) 
第2部 講演と対話:植村隆さん+吉倫亨さん(韓国紙ハンギョレ東京特派員)
午後1時30分~5時、明治学院大学2号館地下1階2101教室(東京・港区白金台)
資料代1000円(学生、明学大教職員無料)、予約不要
主催:日本ジャーナリスト会議、後援:明治学院大学国際平和研究所

▼12月14日(水)
東京訴訟第7回口頭弁論:午後3時、東京地裁
報告集会+講演:午後4時、弁護士会館(霞が関)=予定
▼12月15日(木)
吉見裁判控訴審判決:午後3時、東京地裁
(吉見裁判については当ブログ9月6日記事参照 こちら)
▼12月16日(金)
札幌訴訟第5回口頭弁論:午後3時30分、札幌地裁
報告集会+講演・渡辺美奈氏:午後4時30分、札幌市教育文化会館

▼このほかに、専修大、法政大、鶴見大でのゼミ講義、小樽商大での講演(いずれも植村さんが講師)が予定されています。

 












































<写真はクリックで拡大できます>

2016年9月29日木曜日

「真実」の反響つづく

【続報その2】植村隆さんの手記韓国語翻訳版『真実 私は捏造記者ではない』の刊行について、韓国の大手サイト「NAVER」で確認した限りでは、11社が報道しています。そのうち、「朝鮮日報」と「ハンギョレ」は日本語版でも伝えています。
以下は「朝鮮日報」と「ハンギョレ」の日本語版記事です。

■朝鮮日報  <記事URLはこちら>
 元朝日新聞記者・植村隆氏、日本の慰安婦報道を懸念
「私の名誉毀損(きそん)の問題ではない。慰安婦のおばあさんたちの名誉の問題だ」

朝日新聞の記者だった植村隆氏(58)は「慰安婦問題を否定する日本の歴史修正主義勢力の執拗(しつよう)な攻撃や言いがかりにより、日本でも言論の自由に圧力を感じ、慰安婦問題を積極的に報道しないなどの雰囲気が広がっている」と懸念した。これは、植村氏が26日、『真実 私は「捏造(ねつぞう)記者」ではない』韓国語版の出版懇談会で語った言葉だ。同氏は今年3月から韓国カトリック大学に客員教授として在職している。
植村氏は1991年に元従軍慰安婦として初めて公に証言した故・金学順(キム・ハクスン)さんの記事を韓国メディアより先に報道した。同氏は2014年に朝日新聞を退職、北星学園大学の非常勤講師になった(※注)。しかし、日本の極右勢力は「慰安婦問題を捏造し、日本の名誉を失墜させた捏造記者」と執拗に攻撃、大学側に解雇を要求するなどの圧力を加えただけでなく、「娘を殺害する」と脅迫までした。<※注 北星非常勤講師は朝日在職中の2012年からつとめていた>
植村氏は昨年、自身を「捏造記者」と非難した週刊誌「週刊文春」などを相手取り、名誉毀損に当たるとして訴訟を起こした。日本の人権弁護士約270人が同氏のために弁護人団を構成した。同氏は「先日、韓国映画『弁護人』を見た。多くの弁護士が弁護に立つ最後のシーンは、私が直面している状況と少し似ていると思った。とても感動的で、つらいことがあるたびに何度も見てしまう」と述べた。植村氏はこの日の懇談会で、日本語のイントネーションが少し残っているとは言え流ちょうな韓国語で質問に答えた。朝日新聞在職時の1987年にソウルで語学研修をして韓国語を学び、96-99年にはソウル特派員を務めた。
昨年12月の韓日政府慰安婦問題合意について、植村氏は「日本政府は『お金だけ払えばすべて終わりだ』と考えるのではなく、『歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい』と明言した93年の河野談話の精神を継承するという意志を示すことが重要だ。慰安婦問題は終わりではなく、たった今始まったばかりだ」と言った。自身の今後については「韓日の若者に慰安婦問題などを教えながら、韓日友好関係を形成する架け橋のような役割をしたい」と語った。
金性鉉(キム・ソンヒョン)記者


■ハンギョレ  <記事URLはこちら>
「右翼に対する反論と闘争の記録」の韓国語版を出版
「私を捏造記者と攻撃する彼らが捏造だ」
「娘を殺すという脅迫に最も憤りを覚えた」…裁判所が賠償命令

25年前の1991年8月、日本軍慰安婦被害者ハルモニ(おばあさん)の金学順(キムハクスン)さんの証言を実名で報道し、この問題を初めて公論化し、国際的な問題として登場させた植村隆元「朝日新聞」記者(58・写真)が、韓国で著書を出した。26日、ソウル鍾路(チョンノ)区紫霞門路の青い歴史アカデミーで開かれた韓国語版『私は捏造記者ではない』(キル・ユンヒョン訳、青い歴史出版・原題『真実、私は「捏造記者」ではない』)の出版記念記者懇談会で彼はこのように語った。
「私は捏造していない。西岡力氏などの主張は、歴史修正主義勢力の言いがかりに過ぎない。 しかし、それがインターネット上で広がって私に対する憎悪が拡散された。これに対する闘争として、西岡氏らを対する名誉毀損訴訟を進めている」
今年3月からカトリック大学の招聘教授として来韓している彼は、金学順さんの後に続いた日本軍慰安婦被害者ハルモニたちの実名証言という「歴史的事件」の「序章」となる記事を書いたという自負心を堂々と披瀝した。
植村教授は自分の著書を「植村攻撃の記録とそれに対する反証など闘争の記録」であると共に、「これまで私と韓国との関わりを綴った自叙伝」でもあると強調した。
25年前の記事が原因で、日本国内の右翼から攻撃を受けてきた植村教授は特に、ここ2年半の間、「厳しい試練」を経験した。2014年1月末、日本の大手週刊誌「週刊文春」が慰安婦問題を否定する勢力のイデオローグとして活動してきた西岡力・東京基督教大学教授の発言を引用し、大学教授の採用が確定していた植村さんの(慰安婦関連)記事に「捏造記事」というレッテルを貼ると共に、「誤った記事で、韓日関係だけでなく、日本の国際的イメージを悪化させた責任は重大だ」として、「朝日新聞」まで攻撃したからだ。「週刊文春」が「『慰安婦捏造』朝日新聞記者がお嬢様女子大の教授に」という題名の悪意的な記事を掲載してから、「植村を(神戸松蔭女子学院大学から)追い出す」ことを求める抗議メールや「殺害」まで公言する右翼勢力の威嚇と脅迫が殺到した。そのために、彼は、朝日新聞社を退社してから、公開採用過程を経て、2014年4月から赴任すること条件に雇用契約書まで書いたにもかかわらず、神戸松蔭女子学院大学の敷地を踏む前に「退出」された。
今19歳の彼の娘は当時、インターネット上で「こいつの父親のせいで、どれだけ日本人が苦労したことか。自殺するまで追い込むしかない」との暴言と共に、「必ず殺す 何年かかっても殺す。 どこへ逃げても、殺す。 絶対に殺す」という度重なる「殺害予告」まで受け、恐怖におののかなければならなかった。懇談会で植村教授は「これに最も憤りを覚える」としながら、「娘の問題で本当につらかった」と打ち明けた。
彼は自分の記事を捏造だと主張する「彼ら」が、(自分を)攻撃する理由は「極めて簡単だ」と話した。25年前のあの記事が、日本軍慰安婦を「挺身隊」の名前で連れて行ったとしたことや強制連行だったと言及したこと、金学順さんが妓生として働いた経歴を取り上げなかったというのが、すべてだ。
植村教授は、当時の記事で「『女子挺身隊』という名前で戦場に連行され、日本軍人を相手に売春行為を強要された」という表現を使った。当時、韓国と日本では一般的に「女子挺身隊」という言葉が「慰安婦」という意味で使われており、(この問題を初めて提起した「韓国挺身隊問題対策協議会」の名称がそうであるように)、日本の学界やマスコミでも「挺身隊」をそのような文脈で使用していたと、植村教授は指摘する。
強制連行についても、彼は「強制連行」という表現を使ったことはなく、むしろ当時、強制連行という表現を使ったのは、「産経新聞」だった事実を明らかにした。14歳で妓生見番に売られ、3年間にわたり妓生になるための教育を受けている間に拉致されたことを金さんが打ち明けなかった事実を書いていないのが何の問題であり、さらに、たとえ妓生だとしても、それが慰安婦問題と直接的な相関関係があるのかと、彼は反論した。
「あまりにも些細なことを口実に本質を歪曲するのが彼らの手法の一つ」として、彼は「彼らが付けた捏造というレッテルこそ捏造」だと指摘した。「私が捏造記者であるなら、なぜニューヨーク・タイムズ紙が私の問題を大きく報道し、国連の『表現の自由担当者』が私にインタビューし、ハンギョレと東亜日報が記事化し、カトリック大学が私を教授として招聘したのだろうか」と反問した。「彼は『彼ら』が私を攻撃するのは、私個人を殺すためではない」と話した。「自由言論を圧迫し、(従軍慰安婦問題など歴史問題について)沈黙させることが本当の目的だ。そのような点で、彼らはある程度成功を収めている。『朝日』さえもそのような問題を以前のように大きく取り上げない。記者たちも以前に比べて、それらの問題に対する関心が薄れた。また、そのような記事を書くと植村のようになると思って萎縮している」。
彼は、それでも、「日本で多くの市民や弁護士、学者、ジャーナリストたちが『植村攻撃』は言論の自由に対する弾圧として、応援して」おり、韓国でも支援活動が行われ、招聘教授として呼んでくれるなど、右翼の攻撃に対する抗議と反撃が広がっているとし、「状況が好転している」と話した。 
西岡力氏と「週刊文春」、そして彼の記事を「捏造」と主張し続けてきた著名なジャーナリストの桜井よしこ氏に対して提起した名誉毀損訴訟は、1年半ないし2年後に最終結論が出る見込みだが、いい結果が期待されている。今年8月初めには、(娘の顔写真をさらして誹謗中傷した)中年男性に、裁判所が「未成年者に対する悪質な人格攻撃」として、原告側の請求通り170万円(約1800万ウォン)の支払いを命じる判決を下した。依然として韓国とは雰囲気がずいぶん異なるが、日本でも状況は変わっていると彼は話した。
「過去の過ちから逃げずに、歴史の教訓として長い間記憶することで、同じ間違いを繰り返してはならないという『河野談話』の精神を継承すること、それが最も重要である」として、植村教授は、裁判の勝利を信じると話した。
「これからも私は日本と韓国の若い世代が真の友好関係を結ぶことができるように、架け橋の役割を果たしたい。ジャーナリストとして『慰安婦問題』も一層積極的に対処していくつもりだ」
ハン・スンドン先任記者 

※東亜日報系列のケーブルテレビ「チャンネルA」では、動画を配信しています。
URLはこちら

2016年9月27日火曜日

「真実」韓国の反響


【続報】植村隆さんの手記「真実」(岩波書店)の韓国語版(※1)発行を発表する記者懇談会が9月26日、ソウル市のプルンヨクサアカデミーで行われました。

植村さんの手記は韓国でも大きな関心を集め、記者懇談会には聯合ニュースや東亜日報、朝鮮日報、韓国日報、ハンギョレ、京郷新聞などマスコミ各社が12社も訪れました。聯合ニュース、東亜日報、韓国日報、ハンギョレ、京郷新聞、ソウル経済、朝鮮日報(※2)、国民日報、京畿新聞の記事がネットで紹介されています。また、テレビ局SBSのサイトにも記事が紹介されているほか、チャンネルAが動画を配信しています。韓国のマスコミの反響の大きさがうかがえます。

聯合ニュースは、「植村は本で、捏造との主張に反論し、自分と家族に襲い掛かった試練を淡々と記録する」と書きます(※3)。また、「私が捏造記者なら苦しみながらもやっとの思いで証言した慰安婦ハルモ二たち(の行為)を無にすることになる」(ハンギョレ)という発言や、「本には私を支えてくれる(日本の)市民団体や平和を求める多くの人々が登場する。ここから希望が見出せるはずだ」(東亜日報)などと語ったことも紹介されています。

そして、各紙が共通して最後に書いているのが、植村さんの以下の発言です。
「これからも日本と韓国の若い世代が友好関係を結べるよう架け橋の役割を果たしたい」(聯合ニュース)。


※1 韓国語版「私は捏造記者ではない」は韓国の出版社「プルンヨクサ(青い歴史)」より発行。定価15,000ウオン、日本円で約1,370円。
※2 朝鮮日報(日本語版)の記事 URLはこちら
※3 聯合ニュースのサイト(韓国語) URLはこちら


写真(プルンヨクサ提供ほか)=上から、記者懇談会場、集まった記者たち、説明する植村さん、メディアの取材 <クリックすると拡大されます>


2016年9月24日土曜日

植村隆のソウル通信第5回

韓国語版の手記、発行されました!

みなさまにお知らせです。
私の手記「真実」(岩波書店)の韓国語版が、出版されました。

題名は「私は捏造記者ではない」。
韓国の出版社「プルンヨクサ(青い歴史)」が発行しました。定価は15,000ウオン(日本円で、約1370円)。発行日は10月9日。292ページで、原著よりひと回り大きく、重いです。資料も原著より多く、索引まであります。便利です。


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刊行を記念して、26日にソウルにある「プルンヨクサ アカデミー」で、記者懇談会という名の会見が行われます。その招待状を添付しました。出版社が作ってくれたものです。「ご招待します」と韓国語で書かれ、本の写真と私のポーズ写真がデザインされています。

ポーズ写真は2015年5月、米プリンストン大学で講演した後、プリンストンの街で撮影したものです。「植村裁判を支える市民の会」が編集した「週刊金曜日」抜き刷り版の表紙にも使われたおなじみの写真です。私の隣には、故アインシュタイン博士のポスターが映っているのですが、韓国語版では、私の部分だけを使っています。
これは、私のお気に入り写真の一つです。植村バッシングへの反転攻勢の意欲が表情にもみなぎっていると思います。

チラシには、こう書いてあります。
「この本は植村へのバッシングの記録であり、それに対する反証などを盛り込んだ闘いの記録である。『慰安婦』報道の後、『捏造記者』という汚名を着せられ、様々な誹謗中傷に苦しんできた著者の淡々とした回想は、『日本軍慰安婦問題に関する韓日政府間の12・28合意』以後も論争が途切れない現状に、たくさんの示唆点を投げかけている」

さて、この「9・26会見」を前に、この出版をめぐる経緯などについて、少し書いておきたいと思います。

■翻訳者は「ハンギョレ」東京特派員のキルさん

日本で、この手記「真実」が岩波書店から発行されたのは今年2月26日でした。それから7カ月後に韓国語バージョンが発行されたことになります。

韓国入りしてから、友人に紹介されて、ひげの歴史学者として知られる韓洪九(ハン・ホング)聖公会大学教授に出会いました。私の問題にも関心を持ってくれていたハン先生は、私の手記出版のために、「プルンヨクサ」とつないでくれました。

それとは、別に2つの韓国の出版社も岩波書店に翻訳を申し込んでくれました。結局、計3社の競合となりましたが、私は、プルンヨクサを選びました。それは、プルンヨクサが翻訳者に韓国のリベラルな新聞「ハンギョレ」の吉倫亨(キル・ユンヒョン)東京特派員の名前を挙げていたからです。私が指定したわけではありません、全くの偶然でした。

それを知った時、思わずこころの中で、「ラッキー」とつぶやきました。私にとっては、彼が翻訳してくれるのがベストだと思ったのです。

キル特派員は、植村バッシングが激しいさなかの2014年12月に札幌に取材に来て、私にインタビューしてくれました。それだけでなく、「負けるな北星!の会」のメンバーにも密着し、深い取材をしていました。韓国紙の東京特派員で、最も植村バッシングに詳しい記者だと思います。

彼とは、2013年9月末に初めて東京で会いました。週刊文春が2014年1月末、私を「慰安婦捏造記者」とレッテル貼りし、激しい植村バッシングが起きたのですが、その前からの知り合いなのです。

韓国語版の中に、キル特派員の「訳者のあとがき」があります。その中で、私との出会いのことや、その後の、植村バッシングのことについて、詳しく書いてくれています。

私は、ソウル在住の元慰安婦の女性が証言をし始めたことを1991年8月に書きました。その記事で、慰安婦の意味で女子挺身隊という言葉を使ったことで、「捏造記者」と攻撃されています。
韓国では、私の取材当時、慰安婦のことを挺身隊と呼んでいました。このため、韓国では私が「捏造記者」でないことは、すぐに分かってもらえます。しかし、それだけに、なぜ私がこれほどまでにバッシングされているのか、なかなか、韓国の人びとには理解してもらえない面があります。

キル特派員は、「2014年から15年にかけて、日本軍『慰安婦』問題を取り巻く日本社会の雰囲気がどれほど殺伐としていたか」(キル氏の表現)を丁寧に説明しています。彼の記述が、韓国の読者の理解の助けになりそうです。

■日本社会の理性を失ったバッシング現象

またキル特派員は、2014年12月当時の私について、こう書いています。

「1年ぶりに会った植村さんは大きな旅行用のキャリーバッグを転がしながら姿を現した。『旅行にでも行った帰りなのだろうか』と思っていたら、そうではなかった。バッグの中には『私はねつ造記者ではない』ことを証明するための資料がぎっしり詰め込まれていた。彼は会う人ごとにこの資料を配りながら、「私はねつ造記者ではない」と説明を続けた。黒い旅行用のキャリーバッグを引きずりながら、身を切るような寒さの中、札幌のススキノをとぼとぼと歩く彼の後ろ姿がさびしく思え、涙が出そうだった」

そして、こう指摘しています。

「結局、植村バッシングとは慰安婦問題の本質を理解し、正しい解決方法を探すことを諦めた日本社会が、慰安婦問題を初めて記事にした人物をスケープゴートにして、理性を失ったバッシングを浴びせた現象と定義するしかない」。

キルさんの文章を読みながら、私のほうこそ涙が出そうでした。

韓国紙の東京特派員は、非常に忙しいポストです。にもかかわらず、私の手記の翻訳を引き受けてくれたキルさんの友情に深く感謝したいと思います。
また、ゲラのチェックなどに当たってくれた教え子の姜明錫(カン・ミョンソク)君ら植村支援チームの皆さん、編集者のチョン・ホヨンさんらのご尽力をありがたく思っています。

キルさんは、最後にこう、結んでいます。
「本書が植村さんの苦しい闘いに少しでも役に立てたらと思う」

関係する皆さんのおかげで、私は、私の問題をすべて韓国語で説明する資料を得たことになります。
ありがとうございました。カムサハムニダ。

これからは、この本を通じて韓国の人びとに私の問題を理解してもらうとともに、慰安婦問題の真の解決のためにはどうすればいいのかを、一緒に考える手がかりにしていきたいと思います。


2016年9月23日金曜日

北大でシンポジウム

植村隆さんが10月1日、北大で開かれる学術シンポジウムに出席します。北大大学院メディア・コミュニケーション研究院の招きによるものです。植村さんは韓国から一時帰国します。

■シンポジウム  「慰安婦」と記憶の政治

▼日時:2016年10月1日(土)13時30分~17時
▼場所:北海道大学文系総合教育研究棟W103室
▼基調講演
アジア太平洋戦争における日本軍と連合国軍の「慰安婦」=テッサ・モーリス-スズキ(北海道大学招へい教授・オーストラリア国立大学)
▼報告1 朝日バッシングの背後にあるもの=植村隆(カトリック大学招聘教授・元朝日新聞記者)
▼報告2 「想起の空間」としての「慰安婦」少女像=玄武岩(北海道大学)
▼討論  「慰安婦」問題と越境する連帯=テッサ・モーリス-スズキ+植村隆+玄武岩
司会:水溜真由美(北海道大学)
主催:北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院

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■俵義文さんが批判、櫻井よしこ氏の「ウソ」

9月19日に兵庫県であった「メディアを考える市民の集い」で講演した俵義文さん(子どもと教科書全国ネット21事務局長)は、櫻井よしこ氏が右派の論客としてもてはやされるようになった理由として、ひとつのエピソードを明かしています。以下、その引用です。

1996年、櫻井氏は横浜市の教育委員会に招かれて教員研修会で講演をした。櫻井氏は与えられたテーマからそれて慰安婦問題をしゃべり始め、こう言った。
<あれは日本には何も責任がない、私の父や母の世代があんなことをするはずがない、と私の血がそういうふうに言っている。福島瑞穂弁護士には、あなたこんなことやっているけど、秦郁彦さんの本とかを読んでもっと勉強をしなさい、と言った。福島さんは、考えとくわ、と言った>。
この福島さんに関するところはまったくのウソ、作り話だ。福島さんは、そんな話は一度もしていない、と雑誌に書いている。横浜の講演は市民団体が大きく問題にしたため、その後に予定されていた2カ所での講演は中止になった。ところが櫻井氏は、<言論弾圧を受けた>と朝日新聞に書いた。これがきっかけで、櫻井氏は言論弾圧と闘う女性ジャーナリスト、と右翼の中で一気にもてはやされるようになった。ウソつきから始まったこういう人が、いま日本の憲法改正の動きの中心になっている。

講演のフル動画は、IWJ(IndependentWebJournal,岩上安身氏主宰)が公開中です。
IWJはこちら   該当部分は、1:50:17~1:52:48です。

俵さんは、植村裁判札幌訴訟第4回口頭弁論後の報告集会で、「日本会議とは何か」と題して講演をします。11月4日午後4時半から、札幌市教育文化会館403号室で。


2016年9月21日水曜日

「ニュースの真相」評

いま公開中の映画「ニュースの真相」(2015年製作、ジェームズ・バンダービルト監督)を紹介します。

ブッシュ米大統領が再選を目指していた2004年、米国最大のネットワークCBSの女性プロデューサー、メアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)は、著名ジャーナリストのダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)がアンカーマンを務める看板番組で、ブッシュの軍歴詐欺疑惑をスクープします。

しかし、その「決定的証拠」を保守派勢力に「偽造」と断定されたことから事態は一転。メアリーやダンら番組スタッフは、政権と世間から猛烈な批判を浴び、メアリーは退職、ダンは降板します。ニュース番組の裏側からアメリカ社会とメディア産業の内実を描いた実話です。原題は「TRUTH」、真実、です。

ブッシュの再選の行方を左右しかねないスクープに、政権側はネットを利用して、文書は偽造だという情報を拡散させます。メアリーには、バッシングのメールが殺到します。激しい非難にさらされながら、それでも矜持と信念を失わずに、圧倒的に不利な闘いに挑むメアリーやダンらの取材チームに心揺さぶられました。メアリーの「真実だから報道するのよ」という力強い言葉が、ジャーナリスト魂を見せつけて爽快です。

「真実」をつかまれたときの権力の反応の素早さ。組織を守ろうとする上層部と真実を追求する制作現場の対立も描かれます。今、日本でも同様のことが起きていて、とてもタイムリーな作品です。最近のメディアの萎縮ぶりは、安倍政権下で「報道の自由度」が世界72位になったことが如実に物語っています。市民の目線で報道し続けてきたキャスターやジャーナリストが「偏向」を理由に放送界から追放されたことを許してはならないと思います。

植村さんの真実を訴える闘いを孤立させてはならない、と強く思いました。「植村裁判を支える市民の会」をたくさんの人に知ってもらいたい。(樋口みな子)
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札幌では、ディノスシネマ札幌劇場で公開中(10月13日まで)