2021年7月15日木曜日

東京で最終の報告会

 《金学順さんのカミングアウトから30年》記念イベント

慰安婦記事「捏造ではない」:植村訴訟最終報告会

 

日時:87日(土曜日)午後1時~午後4時   *開場は12時半から

場所:日本プレスセンター10階ホール(東京・千代田区内幸町2‐2‐1

定員:先着50人まで

入場料:無料 *会場ではコロナ対策措置へのご協力をお願いします

オンラインでの参加も可能ですZoomのウェビナー機能を使います)。

下記のリンクをクリックして参加してください。

https://us02web.zoom.us/j/87665224935

 

◇    ◇    ◇

第一部 ドキュメンタリー映画『標的』(短縮版:25分間)上映会と裁判報告

〈1991年夏、ソウルで「慰安婦」被害者が証言を始めたことを初めて伝えた朝日新聞記者・植村隆。それから23年後、突如として「捏造記事を書いた」という激しいバッシングの嵐に巻き込まれる。内定した大学教授職の取り消し、執拗な嫌がらせ、家族への殺害予告――。なぜ記者は「標的」とされたのか。言論と法廷の双方で闘おうとする彼のもとに、弁護士や市民、ジャーナリストたちが次々に集まり、新しい連帯が生まれる。〉

『標的』上映の後、東京訴訟、札幌訴訟の各弁護団事務局長からの報告があります

 

第二部 19918月:金学順さんが名乗り出た時記者たちの証言

今年814日は、金学順さんが「慰安婦」だったと名乗り出て30年になります。なぜ長年の沈黙を破り、自身のつらい経験を語る決心をしたのでしょうか。

「セクハラ」という言葉が日本に紹介されたばかり。#MeToo運動もなかった時代。金さんの「私の青春を返してほしい」という一言が、日本軍による「慰安婦」の被害を世界に知らしめました。日本政府の謝罪を引き出し、「戦時の性暴力は犯罪である」という国際原則の確立へとつながったのです。ソウルで名乗り出た金さんを、いち早く記事にしたのは日本の記者たちでした。金さんが伝えようとした思いを、当時実際に取材した人たちが語ります。

「慰安婦」問題を、なかったことにするかのような言説がはびこり、日本のメディアが取材に尻込みする姿勢が強まっている今だからこそ、30年前の取材者の言葉に耳を傾けていただけませんか。

〜午後2時半ごろからを予定しています〜

スピーカー(五十音順):

池田恵理子:元NHKディレクター

植村 隆:元朝日新聞記者

小田川興:元朝日新聞ソウル支局長

喜多義憲:元北海道新聞ソウル支局長

西嶋真司:元RKB毎日放送ソウル支局長

明珍美紀:毎日新聞記者


◇    ◇    ◇ 

主催=植村訴訟東京支援チーム 

共催=新聞労連/メディア総合研究所/日本ジャーナリスト会議(JCJ)

後援=日本マスコミ文化情報労組会議(MIC

問い合わせ=JCJ 03‐6272‐9781(月・水・金午後)