2019年7月15日月曜日

札幌集会・講演詳報

※この記事は、7月4日に掲載した「札幌控訴審2回速報」記事をもとに加筆したものです

7月2日に札幌高裁であった札幌訴訟第2回口頭弁論の後、報告講演集会が午後5時30分から、裁判所近くの札幌市教育文化会館4階講堂で開かれた。

はじめに、6月に「植村裁判を支える市民の会」の共同代表に就いた本庄十喜(ほんじょう・とき)さんがあいさつをした。
裁判報告では、この日の弁論内容を札幌弁護団の成田悠葵弁護士が解説し、さらに、6日前の東京地裁判決の問題点を、東京からかけつけた神原元弁護士が詳しく説明した。

裁判報告に続いて、韓国の民主化運動を牽引した「伝説的」ジャーナリスト、任在慶さんと李富栄さんのあいさつと講演があった。
植村さんの裁判を応援し韓国内に広めるために来日した両氏は、この日の裁判を最前列席で傍聴した。任さんは、初めて訪れた北海道の印象と日韓の民間交流の必要性を語った。李さんは、独裁政権時代の過酷な弾圧体験を交えながら、日韓関係の改善と悪化の歴史を振り返り、「朝鮮半島の平和の核は9条の精神にあるのではないか」と語った。両氏の強い自信にあふれた発言に、会場では共感の大きな拍手が起きていた。

集会の最後にジャーナリストの安田浩一さんと植村隆さんがそれぞれの思いを語った。
集会は午後8時半過ぎに終わった。参加者は80人ほどだった。



社会正義実現のための異議申し立て
共同代表・本庄十喜さんのあいさつ(再録)

札幌地裁に続き東京地裁においても、植村訴訟は、信じがたい耳を疑う判決が続いています。このところ、日本国内では司法の良心とは一体何なのか、人権救済を一体どこに求めることができるのか、暗たんたるやりきれない判決ばかりが聞こえてきます。
しかし、植村さんがきょうの意見陳述で述べたように、歴史と真実に向き合うジャーナリズムの原点、それこそは市民社会の求める社会正義と合致するものだと思いますが、そのような社会正義が脅かされる場合、私たち市民ははっきりと異議申し立てをしなければなりません。

残念ながら日本社会は民衆の力で社会の変革をもたらした経験が非常に乏しいのですが、お隣の国、韓国は歴史上そのような経験が日本に比べて豊富だと思います。その意味で、日本よりも民主主義がより成熟した社会だと言えるでしょう。本日は韓国の民主化闘争の生き字引のようなお二人、任在慶さん、李富栄さんをお招きできたことをたいへん光栄に思っております。李富栄さんは本日、朝鮮半島における日本国憲法第9条をテーマに講演して下さいます。韓国の民主主義の体現者が第9条をどのように評価されるのか、講演をとても楽しみにしております。

日本社会でも不正義に対してノーという権利がきちんと保障され、社会正義を貫くことができる、まっとうな社会を私たちのものとするために、そして、それを未来に生きるこどもたちに受け継ぐために、控訴審も植村さんとともに、みなさんのお力をお借りして、ともに歩んでまいりたいと思います。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

■目の前の日本海が「生きた海」になるように
任在慶さんのあいさつ

初めて札幌に来た。翌日、米朝首脳が板門店で会談した。時代の『運』を感じる。植村さんの裁判にも、日本の平和憲法が守られるかにも注目している。小樽で昨日、小林多喜二の墓にお参りした。目の前に広がる海が、朝鮮半島、ロシア、中国、遠くイスラムとの流通で船が行きかう『生きた海』になることを願っている。

【任在慶(イム・ジェギョン)さんはこのほど、韓国で植村隆さんを支援する団体を立ち上げた。1936年生まれ。新聞記者、論説委員として活動し、軍事独裁政権糾弾の運動に加わっていた80年、韓国日報を解雇され投獄された。民主化闘争を続ける88年、市民の出資で創刊されたハンギョレ新聞の初代副社長を務めた

■講演 

平和憲法9条と朝鮮半島の平和は「針」と「糸」

自由言論実践財団理事長・李富栄さん

きょう植村さんの裁判を傍聴した。万感こもる思いで胸が痛い。正義を貫いた人が、権力とくっついた人たちから「正義ではない」とされている。私自身、軍事独裁政権打倒の言論闘争で何回も捕まり、拷問も受けた。人権を抑圧しながら自分たちがしていることを民主主義といい、朴正熙大統領、全斗煥大統領に反対する者はすべて共産主義者とされた。

皆さんは河野談話、村山談話を記憶されていると思う。金大中大統領と小渕首相との日韓パートナーシップ宣言、菅直人首相の談話、平成天皇が植民地支配に「痛惜の念」と発言したことも。しかしすべてが安倍政権になって覆された。慰安婦問題の発言についても同様だ。日本は非常に危険な状況にある。
先日、私が主宰している自由言論実践財団で、植村さんが「歴史の歪曲と戦う言論人の報告」として講演した。懇親会で植村さんは「韓国のマスコミの方々に話をきいてもらった。日韓間の誤解を解く場所になると思う」と話した。
私は告白しなければならない。韓国人として植民地時代に受けた抑圧、自分のくやしさを解消しようとばかり考えていた。私たちと一緒に、正義のために戦っている日本人のことを考えることが出来なかった。その日本人の代表として植村さんの勇気を評価、尊敬し、「植村さんを考える会」を作った。

今日の演題を「「平和憲法9条と朝鮮半島の平和は『針』と『糸』」とした。韓国のことわざで「針と糸」は、お互いが緊密な関係という意味だ。民主化、市民運動をしてきた私たちは、日本の憲法9条は人類を守る教科書と考えてきた。
「日本国憲法第9条にノーベル平和賞を」と神奈川県の主婦が始めた運動に我々も応えようと、署名活動が2014年に韓国でも始まった。日本人の悪いことは言い募る韓国人だが、日本人の前向きな取り組みを積極的には強調しないで来た。反日感情からこの署名活動に反発、怒りもあった。

しかし、元国務総理、元国会議長、元最高裁長官、元国家情報院長や文化人、私を含め賛同者は約50人。米、英、独など各国を代表する新聞に大々的に報じられた。私たちと付き合いがある鳩山由紀夫さん、小沢一郎さん、野中広務さん、岡本厚さん(岩波書店社長)らから「こういう積み重ねで日韓関係は良くなる」と激励してくれた。
終戦70周年の2015年6月、大江健三郎さんたちが憲法9条を守る集会を東京で開き、韓国の多くの市民団体は連帯のメッセージを送った。この9条を幹にして、朝鮮半島の平和、東アジアの平和、さらには世界の平和実現を目指した。

安倍首相は北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長と「条件を付けずに会う用意がある」と発言するようになった。それまで「拉致問題が解決しなければ、会いもしないし国交も正常化しない」としてきた態度が変わった。安倍首相の非妥協的で自己中心的な態度に、日本国内でも非難が起きてきたことも一因だろう。
いま朝鮮半島では大きな変化が起きている。平昌冬季五輪が成功裏に行われ、南北首脳会談、米朝首脳会談が開かれた。歴代の首相や官房長官の談話、天皇の自責の念、そういったものすべてを覆した結果として、日本がバッシングされ、孤立する状況がある。

今年6月7,8日、朝鮮半島と日本の非核、日朝国交をうながす集会とシンポジウムが東京で開かれ、私も参加した。約500人のデモ参加者は歌いながら、銀座を練り歩いた。韓国のローソクデモで歌われた「朝露」「真実は沈黙しない」「岩のように生きる」等々を、日本の市民運動の人たちが一緒に歌っていた。韓国のデモが頻繁に行われ、歌も世界に通じるようになったと感じた。
シンポジウムで私は、日朝国交正常化は東アジアの平和の核だ、と発言した。昔だったら国家保安法で捕まっただろう。世の中は大きく変わった。安倍さんも変わり始めた。
周辺国は何に注目しているか。すぐある参院選で、憲法9条が破壊されることは防がなければならない。32の1人選挙区で野党候補が1本化したと聞いている。安倍政権の議席3分の2獲得は阻止できると思う。安倍責任論が出て来るかもしれない。

結論を6項目にまとめたい。
◇安倍首相は、河野洋平、村山富市、菅直人氏ら首相、官房長官談話、また金大中・小渕恵三の共同宣言、平成天皇の「痛惜の念」遺憾表明を無視してはならない。
◇安倍首相は日本政府の継続性を尊重して、朝鮮半島との関係を修復すべきだ。
◇日本政府は植民地統治を謝罪し1965年の日韓体制を変えなければならない。65年の日韓条約は、韓国併合、植民地化を反省していないところから生まれている。さきに挙げた談話等は、植民地化を謝罪したということだ。だからこそ日韓条約は変化しなければならない。
◇日本政府は平和憲法を守り、東アジア平和共同体を志向しなければならない。
◇日本は、かつての強大国復活が再び悲劇を招くということを直視する必要がある。鳩山元首相は最近出版した『脱 大日本主義』で、「軍事強大国より経済、文化、芸術、立派な外交で一流国になれる」と言っている。
◇最後に6番目。韓国と北朝鮮は、東アジアの平和と分断克服に日本が大きく貢献することを期待する。

【講演の最後に、会場からの質問に答え、つぎのように語った
民主化闘争は大統領直接選挙を87年に復活させた。しかし野党側は金大中、金泳三が立候補して対立。全斗煥前大統領の後継、盧泰愚(ノ・テウ)が勝利し軍事政権を引き継いでしまった。
91年に南北朝鮮が国連に同時加盟した。中国、ロシアは韓国とも国交を正常化したが、日本と米国は北朝鮮と国交正常化はしなかった。これを見て金日成主席は、東欧のように自国を潰そうとしていると考えた。朝鮮半島の核危機は、そのころから生まれたといえる。
危機をもたらしたのは日本と米国だと思う。朝鮮半島の平和には、なによりも日朝国交正常化が必要だと考える。

【李富栄(イ・ブヨン)さんは1942年生まれ。朴正煕軍事独裁政権の言論検閲に対抗し、東亜日報の社内の約200人で自由言論実践宣言を発表した。1975年に解職、投獄され、民主統一民主運動に身を投じた。4回目の服役中の86年、収監されていた刑務所で、ソウル大生の水拷問死事件の真相をつかみ、外部の支援者を通じて暴露、全斗煥大統領退陣に結び付いた。この話は「1987 ある闘いの真実」として映画化された。政界にも転じた後、自由言論実践財団の理事長を務めている

■過去の過ちに向き合う国の強さ
ジャーナリスト・安田浩一さん

今年1月にたまたまソウルに行き、かつて拷問があった南営洞にも行った。映画「1987 ある闘いの真実」の中で、刑務所の独房で調書を書き写して外部に流すという場面があって、映画の中の作り話かと思っていたが、李先生の講演で、あのような真実があったということがわかった。ソウルには今でも拷問に使われた部屋や、政治家、記者たちが投獄された刑務所が残されている。自らの犯罪、自らの過ちをきちんと施設、建物として保存し、残している。そこに韓国社会の強さというものを感じた。

日本では戦争犯罪であれ、民主主義に反したこと、すべてを残していない。過去の遺物を葬り去って、過去に何をしたのか一つ一つ教えることなく、過去の過ちを頬被りをして、私たちの社会から見えなくしている。それが今の日本社会であり、植村裁判の本質もそこにあるのではないかという気がする
私たちの社会がしてきたこと、国がしてきたこと、誤ったことを見ないですむようにし、なかったことにして、私たちの社会は前に進もうとしている。植村さんがやろうとしたことは、それをきちんと見つめることであり、そしてそれを阻止する社会というものがあり、政治があり、今、このせめぎ合いが起きているのではないか。過ちをきちんと総括することもしなかった。そのツケがさまざまな形で今の社会に亀裂を生んでいるのではないか。

一昨年アメリカに行った。アメリカが良い国とは思わないが、しかし戦時中に日本人、日系人を収容した施設が全部残っている。しかも「レイシズムの歴史」という看板を掲げ、それがレイシズム、人種主義、人種差別であったこと、過ちであったこととして、残している。第二次大戦でアメリカと戦ったのは日本だけではない。ドイツもイタリアも戦った。しかしドイツ人もイタリア人も1人も収容所にはぶち込まれてはいない。なぜか。日本人はアジア人だからだ。つまり明確な人種差別があったことをアメリカは認めている。

私たちの国はどうか。戦時中の誤りを何も認めていない。私は誤りを認めることに国の強さ、社会の強さを感じる。軍事でも経済でも人の数でもスポーツの強さでもない、本当の強さは、過ちを認めると言う行為の中に見出したいと思う。
私たちの社会には少なくとも戦後、幸いなことに、朴正煕も全斗煥もいなかった。報道の在り方をめぐって極端な弾圧を受けることもなかった。しかし今、私たちの国のメディアは、韓国やアメリカ以上に、めちゃくちゃ弱くなっている。拷問も暴力も弾圧もない。けれどもたぶん、私たちの国のメディアは、忖度し、おもねり、国家権力に都合のいい記事ばかり書き続け、時に弱々しく政権を批判する。そういう構図の中で、私たちは生きているような気がする。

あえて乱暴なことを言う。日本の記者を黙らせるには拷問なんて必要ない。勝手に拷問されたような顔をしてくれるから。暴力も必要ない。勝手に暴力を受けたような泣き言を言ってくれるから。
私たちはメディアという枠組みの中で国家権力にきちんとものを言うことができるのか。
私たちはできることをしよう、書けることを書こう、そして書かなければならないことは絶対に書いていこう。李先生の講演を聞いて、あらためてそう決意した。

■巨大な敵と闘いながら若い記者を育てる「金曜塾」
植村隆さんの報告


私たちは巨大な敵と戦っているのだと思う。裁判の相手、櫻井よしこさんは、憲法改悪キャンペーンの民間組織のトップ。その機関紙に、東京訴訟の被告、西岡力さんは、安倍晋三首相と櫻井さんを慰安婦問題の「古くからの同志」という。
安倍さんは雑誌『正論』(0912月号)で「いま中学校の教科書に慰安婦の文字は無い」と自分たちの運動の成果をうたう。櫻井さんは1710月の産経新聞で「なんとしても安倍政権のもとで憲法改正を」と語り、安倍さんはビデオメッセージを櫻井さんの団体に送ってエールを交換する。
今年元旦の産経新聞の新春対談で、司会の櫻井さんが冒頭で「私は民間団体として、憲法改正の第一歩を後押ししたい」、安倍さんは「国民的な議論と理解が深まっていくように」と返す。
今日買った雑誌『HANADA』」にも安倍・櫻井対談が組まれている=写真下
忘れてはならない戦争犯罪、伝えなければならない様々な歴史、記憶の継承に対するテロが起きている。ソウル南山ふもとの公園に、「記憶されない歴史は繰り返される」と刻まれた慰安婦に関するモニュメントがある。この言葉を噛みしめ、裁判の勝利、河野談話の継承、ヘイトのないお互いが尊敬する社会の実現を決意してきた。
さらに加えて、骨のある若い記者を育てることを目指している。

一つの取り組みは、日韓のジャーナリスト志望の学生が交流し、一緒に取材、討論し、酒を飲み、メシを食い、共に歴史を直視し、東アジアの問題を考えていく試み。これまで4回開いてきた。
1回目は韓国。元慰安婦のおばあさんが共同生活する「ナヌムの家」を訪れ、ソウル市長を共同取材した。
2回目は広島。中国新聞社を訪問、記者時代に朝鮮人被爆者の問題に取り組んだ平岡敬・元広島市長の話を聞いた。3回目は沖縄、今年5月には韓国の光州で文大統領の演説、ソウルでは李富栄さんの話を開いた。
6月から東京で「金曜ジャーナリズム塾」を始めた。初回はジャーナリスト青木理さんが講師。学生たちが青木さんの話を一生懸命メモしているのを見ると、我々の世代の経験が若い世代に引き継がれていくのを実感した。毎月第4金曜日の夜、週刊金曜日編集部の一角で開く。
「骨のある記者」を10年、20年と育てていければ、世の中は変わると信じている。



2019年7月10日水曜日

植村氏が高裁に控訴

 東京訴訟 地裁判決

原判決の取り消しを求める

植村隆氏と弁護団は7月9日、東京地裁判決(原克也裁判長、6月26日)の取り消しを求めて、控訴手続きを行った。控訴の理由は「原判決には事実認定及び法律解釈に誤りがあるから」とされ、「その詳細は、追って控訴理由書をもって提出する」としている。控訴理由書は、期限(8月28日)までに提出される。
植村氏の控訴は、すでに札幌高裁で審理中の札幌訴訟に次いで2件目となる。


2019年7月6日土曜日

「仲間たち」の訴え


植村さんの朝日新聞記者時代の友人や同期生、先輩、後輩が、2015年裁判開始と同時に結成した支援グループ「植村さんを支える仲間たち」が、次のような呼びかけをメールで発しています。この呼びかけメールは「仲間たち」に向けられたものですが、地裁判決の重要なポイントがわかりやすく書かれているので、公開の許可を得て転載します。

東京地裁前で「不当判決」の掲示を囲んで抗議する市民と支援者 ※「仲間たち」ではありません
  ■不当判決のなんと強引な理屈

判決の言う通りなら、当時の他紙記事もすべて「捏造」だった、ということになるではないか

 「私は捏造記者ではない」と植村隆さんが西岡力氏や文藝春秋社を訴えていた訴訟で、東京地裁は6月26日、植村さんの訴えを退けました。植村さんは7月9日、東京高裁に控訴します。
                     
判決は、西岡氏が植村さんの名誉を棄損したことは認めつつ、「推論として一定の合理性があった」などと免責しています。櫻井よし子氏らを免責した札幌地裁の判決と同じです。しかも、朝日新聞社と植村さんが2014年8月に検証記事を出すまで西岡氏の批判に対する反論や説明をしてこなかったとして、西岡氏が「自身の主張が真実であると信じるのはもっともなこと」と繰り返しています。

一方で、植村さんについては「女子挺身隊として(金学順さんが)日本軍によって戦場に強制連行された、という事実と異なる記事を書いた」と決めつけて、西岡氏の主張の一部に「真実性」まで認めています。「日本軍による強制連行」という印象を強めるために意図的に言葉を選んで書いた、と認定しているのです。
植村さんの記事が掲載された91年当時は、他紙もみな「慰安婦」の説明として「女子挺身隊として強制連行された」などと書いていました。判決の言う通りなら、当時の記事はすべて「捏造」だったことになります。なんと強引な理屈でしょうか。

また、争点でなかった歴史認識でも一方的に「修正主義」に踏み込んでいます。札幌判決にならって「慰安婦ないし従軍慰安婦とは、太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称の一つ」と認定しているのです。
金学順さんは生前、「日本軍に連行された」と繰り返し訴えていました。その被害者を「公娼制度の下で売春に従事していた女性」と決めつけているのです。職を奪われ家族も脅迫された植村さんの被害を無視しただけでなく、「元慰安婦」までセカンド・レイプする悪質な判決です。
司法も歪める異常な流れを断ち切ろうと、今度は東京高裁でのたたかいが始まります。
       
植村裁判が目指しているのは、元記者の名誉の回復だけではありません。歴史をねじ曲げて人々の憎悪をあおりたてる巨大な勢力に抗して、「慰安婦」被害者たちが残した声を正確に伝えていくことでもあります。
今後も皆さまのお力添えをよろしくお願いいたします。
              
2019年7月6日
「植村さんを支える仲間たち」世話人 水野孝昭

2019年7月4日木曜日

札幌控訴審2回速報

一審判決は取り消されるべきだ

■植村弁護団が強く主張

植村裁判札幌訴訟の控訴審第2回口頭弁論が7月2日、札幌高裁であった。

この日の弁論は午後2時30分に始まった。
定員78人の805号法廷の傍聴席はすべて埋まっている。弁護団席には植村さん側が25人、櫻井氏側は6人が着席した。6日前には植村氏敗訴の東京地裁判決があったばかり。法廷の緊密感は前回(4月25日)と変わらない。

正面中央の裁判長席には冨田一彦・部総括判事が着いた。冨田氏は5月13日付で着任し、本多知成裁判長と交代した(冨田氏の前任は神戸地裁部総括判事、本多氏は札幌地裁所長に就任)。裁判長交代による手続き(審理の引き継ぎを確認する「更新手続き」)と提出証拠の確認の後、植村さんが起立して意見陳述を行った。植村さんは、「裏付け取材なしに思い込みだけで『捏造』と断じた櫻井氏を許した判決はあまりにも公正さを欠く」と強い口調で述べ、冨田裁判長に向かって「証拠をきちんと検討し、公正な判決を出していただきたい」と訴えた。

その後、植村弁護団が提出した「準備書面(1)」の要旨を、大賀浩一弁護士が読み上げた。
この準備書面は、憲法学者と元記者が一審の問題点を指摘した計3通の意見書・陳述書を基に、一審判決の取り消しを求める内容だ。一方、櫻井側弁護団も書面を提出し、弁論の終結を求めた。これに対し、植村弁護団は弁論のさらなる続行を求め、①東京、札幌両地裁判決が共通してはらむ問題点に関しての主張書面②証人申請をした梁順任さんの陳述書を補充する書面、を提出する予定だ、と述べた。冨田裁判長が櫻井側弁護団に「もう主張することはないのですか」と問いかけると、林いづみ弁護士は「ありません、裁判所の判断におまかせします」と答えた。
冨田裁判長は「では次回も開き、結審します」と述べ、日程を協議した結果、10月10日午後2時30分に次回口頭弁論を開き、その日に結審することになった。
閉廷は午後3時5分だった。

     写真上=裁判所に向かう植村さんと弁護団(2日、札幌高裁前)
    写真下=韓国から応援に訪れたジャーナリスト任在慶さん(向かっ
        て左)と李富栄さん(同右)も傍聴した


※植村氏さんの意見陳述の全文と、大賀弁護士が陳述した「準備書面要旨」の要約は、この記事のあとにあります。


報告集会と講演

裁判の後、報告集会が午後5時30分から、裁判所近くの札幌市教育文化会館4階講堂で開かれた。

はじめに、6月に「植村裁判を支える市民の会」の共同代表に就いた本庄十喜(ほんじょう・とき)さんがあいさつをした。本庄さんは北海道教育大学札幌校准教授。民衆運動史と戦後補償運動史を研究する歴史学者で、共同代表のひとり結城洋一郎氏(小樽商大名誉教授、憲法学)が病気療養中のためバトンを引き継いだ。

裁判報告では、この日の弁論内容を札幌弁護団の成田悠葵弁護士が解説し、さらに、6日前の東京地裁判決の問題点を、東京からかけつけた神原元弁護士が詳しく説明した。

裁判報告に続いて、韓国の民主化運動を牽引したジャーナリスト、任在慶さんと李富栄さんのあいさつと講演があった。植村さんの裁判を応援し韓国内に広めるために来日した両氏は、この日の裁判を最前列席で傍聴した。任さんは、初めて訪れた北海道の印象と日韓の民間交流の必要性を語った。李さんは、独裁政権時代の過酷な弾圧体験を交えながら、日韓関係の改善と悪化の歴史を振り返り、「朝鮮半島の平和の核は9条の精神にあるのではないか」と語った。両氏の強い自信にあふれた発言に、会場では共感の大きな拍手が起きていた。

集会の最後にジャーナリストの安田浩一氏と植村氏がそれぞれの思いを語った。
集会は午後8時半過ぎに終わった。参加者は80人ほどだった。
※講演の詳報は後日、掲載します

社会正義実現のための異議申し立て
共同代表・本庄十喜さんのあいさつ

札幌地裁に続き東京地裁においても、植村訴訟は、信じがたい耳を疑う判決が続いています。このところ、日本国内では司法の良心とは一体何なのか、人権救済を一体どこに求めることができるのか、暗たんたるやりきれない判決ばかりが聞こえてきます。
しかし、植村さんがきょうの意見陳述で述べたように、歴史と真実に向き合うジャーナリズムの原点、それこそは市民社会の求める社会正義と合致するものだと思いますが、そのような社会正義が脅かされる場合、私たち市民ははっきりと異議申し立てをしなければなりません。
残念ながら日本社会は民衆の力で社会の変革をもたらした経験が非常に乏しいのですが、お隣の国、韓国は歴史上そのような経験が日本に比べて豊富だと思います。その意味で、日本よりも民主主義がより成熟した社会だと言えるでしょう。本日は韓国の民主化闘争の生き字引のようなお二人、任在慶さん、李富栄さんをお招きできたことをたいへん光栄に思っております。李富栄さんは本日、朝鮮半島における日本国憲法第9条をテーマに講演して下さいます。韓国の民主主義の体現者が第9条をどのように評価されるのか、講演をとても楽しみにしております。
最後になりましたが、日本社会でも不正義に対してノーという権利がきちんと保障され、社会正義を貫くことができる、まっとうな社会を私たちのものとするために、そして、それを未来に生きるこどもたちに受け継ぐために、控訴審も植村さんとともに、みなさんのお力をお借りして、ともに歩んでまいりたいと思います。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。


裁判と集会の模様は、韓国のテレビ(MBC)と新聞(ハンギョレ)でも報じられた

集会では日本語と韓国語をリアルタイムで翻訳して字幕再生する最新デジタル技術も使われた

憲法学者の判決批判

被害の重大性を踏まえれば、核心部分の調査を誠実に遂行したか否か、が厳しく問われなければならない


札幌控訴審第2回口頭弁論で植村弁護団が陳述した「準備書面(1)」は、憲法学者の右崎正博・獨協大名誉教授と志田陽子・武蔵野美大教授が提出した意見書と、旧石器発掘捏造事件(編注1)をスクープした毎日新聞記者だった山田寿彦さんが提出した陳述書に基づいている。
法廷で大賀浩一弁護士が読み上げた「要旨」から、主な部分を要約して掲載する。

▽名誉権は、憲法13条の保障する「個人としての尊重」や「幸福追求に対する国民の権利」の重要な内容をなしているのみならず、情報化が高度に進展した現代社会にあっては、いったん名誉権が不当に侵害されれば被害は重大なものとなり、その回復が非常に困難となる場合が多いから、十分な配慮が必要である。=右崎教授意見書


▽ある発言者の論説の誤りを指摘し批判することは、表現の自由に合致するものではあるが、言論空間への参加ないし発言の足場を相互に認め合った上で成立する批判と、言論空間への参加が不可能となるような社会的制裁を招く表現を用いることは、問題の位相が異なる。=志田教授意見書

▽報道における「捏造」とは、悪意ある故意に基づく確信犯を意味するものであり、書かれる対象にとっては、単なる誤りと「捏造」とは次元を全く異にすることである。社会正義のためとはいえ、書かれる側の人間を破滅的に追い込みかねない報道は、報道する側にも痛みと覚悟を伴う。慎重なうえにも慎重を期し、批判や反論を想定した上で言葉を選択しなければならない。=山田陳述書

▽ダイオキシン事件最高裁判決(編注2)に代表されるように、社会的制裁を招く表現を用いた批判によって深刻な被害が生じている場合、真実性および真実相当性の判断基準を非常に厳しくする、いわば相関的な判断方法が採用されているものとみることができる。=志田教授意見書

▽「捏造」という表現の持つ意味と、それによって植村氏が受けた被害の重大性を踏まえれば、本件では、歴史検証に関する調査の真実性・真実相当性だけでなく、「捏造」と断定する部分が真実か否か、真実でないとした場合には核心部分の調査を誠実に遂行したか否かが厳しく問われなければならない。=同上

▽ジャーナリズムの世界では「捏造」と断定するためには、たとえ「故意と判断し得る蓋然性の高い客観的事実」があってもなお、取材の常道として、本人に直接問いただしてその言い分ないし弁解を聞く作業が求められる。=山田陳述書

▽ロス疑惑事件の報道をめぐる最高裁判決(編注3)が示した判断基準に照らせば、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したもの、例えばヘイトスピーチのような他者攻撃的言論は、最初から「公正な論評」の認定対象から除外されるべきである。櫻井による「捏造」表現は、植村に言論空間からの撤退を余儀なくさせる排撃的な効果を持つものであり、まさしく意見ないし論評の域を逸脱したものである。=志田教授意見書

▽なぜ23年後になって突然「捏造記事」という激越な表現で批判・攻撃の対象とされるに至ったのか(それまでは「誤報」という批判がなされていた)、なぜ6本の論文によって批判・攻撃が繰り返されたのか。その背景についてはほとんど語られていないが、植村氏をターゲットして選び出し、バッシング対象とするような「人格攻撃」的性格も否定できないように思われる。=右崎教授意見書

※編注
1 旧石器発掘捏造事件

2 ダイオキシiン事件(テレビ朝日報道による風評被害賠償請求)についての最高裁判決

3 ロス疑惑事件の報道(夕刊フジ)をめぐる最高裁判決

植村氏意見陳述全文

裏付け取材なしに思い込みだけで私を「捏造」と断じた櫻井氏を許した判決は、あまりにも公正さを欠く

植村隆氏の意見陳述■全文■
植村裁判札幌訴訟の控訴審第2回口頭弁論
2019年7月2日

裁判官が交代されたこの時期に、発言の機会が与えられたことに感謝しております。

昨年11月、札幌地裁判決を聞いた瞬間、司法による救済を確信していた私は愕然としました。第一に「女子挺身隊の名で戦場に連行され」などと表現した私の記事が、他紙でも同じ表現をしている、ごく一般的な記事だったことが、元北海道新聞ソウル特派員の喜多義憲さんの証言などで明らかになっていたからです。そして第二に、櫻井さんが、私が記事を捏造した根拠として、元日本軍慰安婦金学順(キム・ハクスン)さんの訴状に40円で売られたなどと書いてある、と雑誌『WiLL』などの記事で伝えていた問題です。実際の訴状にはその記述は一切なく、事実無根であるなど、取材のずさんさが明らかになっていたからです。

地裁の審理で唯一証人として採用された喜多さんの証人尋問があったのは昨年2月です。喜多さんは、1991年8月、私の記事が出た3日後、金学順さん本人に単独取材し、私と同じように「挺身隊」という言葉を使って、私とほぼ同じ内容の記事を書きました。喜多さんは、櫻井さんが私だけを「捏造」したと決めつけた言説について、「言い掛かり」との認識を示しました。そして、こう証言しました。

「植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人から見れば不問に付されているような、そういう気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよと言うのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました」

 記事を書いた当時、喜多さんは私と面識はありませんでした。しかも、喜多さんは私の記事を読んでもいなかったといいます。私はライバル紙の記者から、この記事を捏造であるなどというのは、言い掛かりである、と証言していただいたのです。

昨年3月、櫻井さんの本人尋問がありました。櫻井さんは『WiLL2014年4月号の記事にある「訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られた」とか「継父によって・・・慰安婦にさせられた」という部分がないことを認めて、訂正しますと言明しました。実際、『WiLL』には訂正記事が出ました。櫻井さんがこの種の間違いを少なくとも6回、やっていることが分かりました。

しかし、昨年11月の札幌地裁判決は、櫻井さんの間違いを重視せず、喜多さんの証言を全く無視しました。判決では、人身売買であったとする櫻井さんの主張については、真実であるとは認定しませんでした。十分な取材をしてないのに、また根拠である資料を最後までしっかり読めば容易にわかることなのに、これを怠った櫻井さんが、私の記事を「捏造」だと信じたことについて、相当の理由があると判断し、櫻井さんを免責したのです。この理屈でいけば、裏づけ取材をしなくても「捏造」と思い込むだけで、「捏造」と断じることが許され、名誉毀損には問えないことになります。あまりに公正さを欠く判決だと思います。

私は1991年8月11日付の朝日新聞大阪本社版の記事Aで、元日本軍慰安婦であったとして被害を訴える一人の韓国人女性の思いを書きました。匿名の女性の録音テープを聞く取材方法でした。この元慰安婦の女性は私の記事の3日後に、金学順と実名を名乗り、被害体験を記者会見で明らかにしました。この勇気ある証言で、被害者の名乗り出が相次ぎ、慰安婦問題が国際的な戦時性暴力問題として、クローズアップされることになりました。

それから23年経った2014年になって、櫻井さんは突然、私の記事を「捏造」であると、私への個人攻撃を始めました。

「日本を怨み、憎んでいるかのような、日本人によるその捏造記事はどんなものだったのか」。

これは、月刊雑誌『WiLL』2014年4月号の櫻井さんの記事です。櫻井さんは、ここで、私が書いた1991年8月の記事Aを「捏造」と決めつけています。

櫻井さんは、この『WiLL』の記事で、金学順さんが1991年12月に、日本政府を相手に裁判を起こしたことに言及し、こう主張しています。

「訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている。植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない『女子挺身隊』と結びつけて報じた」。 

この櫻井さんの記事などの後に、激しい「植村捏造バッシング」が起きました。転職先の大学専任教授のポストを失い、非常勤講師をしていた北星学園大学は爆破すると脅され、2015年2月2日には、「娘を殺す」という脅迫までされました。「捏造」という言葉が脅迫状や抗議メールの中にも繰り返されていました。私は、櫻井さんらを名誉毀損で2015年2月10日に訴えました。

先月26日、東京地裁で、元東京基督教大学教授の西岡力さんらを訴えた裁判の判決の言い渡しがありました。西岡さんも櫻井さん同様、私が捏造したという証拠を一つも示せず、捏造の根拠とした訴状の引用などを間違えていたにも関わらず、判決は西岡さんが私の記事を「捏造」と信じた真実相当性について、「推論として一定の合理性がある」などとして認め、西岡さんを免責しました。異常な判断だと思います。

私は札幌高裁の審理と判断に希望をつないでいます。証拠と事実に基づいて判断していただけるという裁判に対する信頼を失っていないからです。

札幌高裁には、櫻井よしこさんに関する新証拠を提出しました。『週刊時事』という雑誌の1992年7月18日号です。ここに、櫻井さんは日本軍慰安婦に関する文章を書いていました。前の年の1991年12月、金学順さんら3人の韓国人元慰安婦が日本政府に謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴したことについて、取り上げていました。

  「東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ」。

櫻井さんは金学順さんらについて「強制的に旧日本軍に徴用された」と書いていたのです。徴用とは国家権力による強制的な動員を意味します。まさに、強制連行のことです。櫻井さんは、雑誌が出た1992年当時は、金学順さんら3人の元慰安婦の主張を、「強制的に旧日本軍に徴用された」と認識していたのです。

 櫻井さんは2014年以来、金学順さんについて「人身売買されて慰安婦になった。植村はそれを隠して強制連行と書いた」という趣旨の主張をし、1991年8月の私の記事を「捏造」だと繰り返し断定しましたが、実際は櫻井さん自身が、「強制連行」と同義の表現を使っていたのです。それも私の記事の出た約11カ月後、『週刊時事』に書いていたのです。自分自身が、強制連行と書いていたのに、それを隠して、私を攻撃するとは、ジャーナリストとして、あまりにアンフェアです。それは、公正な言論ではありません。これは新証拠として、札幌高等裁判所に提出すべきだと考えました。一審の裁判長が知らなかった事実なのです。

 櫻井さんには、言論の自由があります。しかし、私の記事を「捏造」と断罪するからには、確かな取材と確かな証拠集めが必要です。今回、元毎日新聞記者の山田寿彦さんの陳述書を提出しました。山田さんは2000年11月の「旧石器発掘ねつ造」スクープの取材班のキャップでした。その陳述書では、はっきりとこう書いています。捏造が「故意」を含むことから、断定して書くには、捏造をした「蓋然性の高い客観的事実」の取材に加え、当事者の認識の確認が不可欠だったと。山田さんらは、石器を埋める自作自演の決定的な瞬間をビデオ撮影で押さえた後、「取材の常道」として、本人の言い分を聞く取材もしています。

櫻井さんは私の記事を「捏造」と断定する直接的な証拠を何一つ示せていないのに、私に一切取材せず、金学順さんら元慰安婦に誰一人会いもせず、韓国挺身隊問題対策協議会にも、私の義母にも取材していません。今回、意見書を提出した憲法学者の志田陽子先生は、「捏造」をしたかどうかの核心部分は本人への直接取材が求められると指摘し、それをしていない櫻井さんは「真実相当性」が証明できていないと断じています。

私は櫻井さんから「標的」にされたのだと思います。当時、「挺身隊」という言葉を使ったのは、私だけではありません。北海道新聞の喜多さんを始め、金学順さんについて報じた読売新聞や東亜日報など日韓の記者達も書いています。金学順さん自身が、挺身隊だと言い、強制的に連行されたことを語っているのです。当時の産経新聞や読売新聞も「強制連行」という表現を使っています。しかし、私だけが「標的」にされ、すさまじいバッシングに巻き込まれました。

私は捏造記者ではありません。

この「植村捏造バッシング」は、私だけをバッシングしているのではありません。歴史に向き合おう、真実を伝えようというジャーナリズムの原点をバッシングしているのではないかと考えています。真実を伝えた記者が、「標的」になるような時代を、一刻も早く終わらせて欲しい。私の被害を司法の場で救済していただきたいと思います。札幌高裁におかれては、これまでの証拠や新しい証拠を検討していただき、歴史の検証に耐えうる公正な判決を出していただきたいと願っております。                                               

以 上


2019年7月1日月曜日

7月2日札幌控訴審

■第2回控訴審
7月2日午後2時30分開廷、高裁805号法廷
裁判長が代わりました。植村さんが法廷で意見陳述をします
■裁判報告+講演集会
同日午後5時30分から、教育文化会館4階講堂
韓国民主化運動を牽引したジャーナリスト、任在慶氏と李富栄氏の挨拶と講演があります



2019年6月28日金曜日

不当極まる判決だ!


言語道断、司法の名折れ、暴挙、劣化コピー!
報告集会にあふれる判決批判

2019年6月26日、東京地裁103号法廷。
予想されていたこととはいえ、あまりにもひどい判決だった。
判決を受けた後、報告集会は午後4時から参議院議員会館で開かれた。参加者は約80人。
裁判報告では、東京弁護団の神原元、穂積剛氏と札幌弁護団の小野寺信勝氏が判決の問題点を解説し、不当判決をきびしい口調で批判した。

■3弁護士の発言(要約)

神原元弁護士
判決は西岡と文藝春秋の名誉棄損は認めたが、相当性と真実性によって免責した。これは名誉棄損の判断基準を逸脱し、さらに歴史の真実を歪めてしまった言語道断の不当判決だ。
判決によると、西岡の名誉毀損表現は次の3つの事実を摘示したとされる。
①原告が、金学順のキーセンに身売りされたとの経歴を認識しながらあえて記事にしなかったという意味において、意図的に事実と異なる記事を書いた
②原告が、義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いた
③原告が、意図的に、金学順が女子挺身隊として日本軍によって戦場に強制連行されたとの、事実と異なる事を書いた
▽判決は、このうち①②は相当性を認め、③は真実性まで認めた。①と②の相当性の理由は、西岡の推論に一定の合理性があるというのだが、それ以上の根拠は示していない。とくに②についてはひどい。私たちは、植村さんは義母の裁判を有利にするために記事を書いたのではない、と反証をたくさん提出したが、判決はそれらを一切無視した。
▽相手を捏造などと激しく非難した場合に相当性を認めるには、それを裏付ける取材とそこで得られた確実な資料が必要だというのがこれまでの裁判例だ。この判決が、西岡の勝手な決めつけを認めたことは、これまでの判例を逸脱した暴挙に近いものだろう。
▽相当性というのは、(真実かどうかはわからないが)真実と信ずるに足る理由があるということ。札幌判決はすべての点で相当性を認めて櫻井を免責した。ところがこの判決は③で相当性ではなく、真実性を認めている。これは札幌判決よりもっと悪い。真実性は、それが真実だということ。重要な免責条件だ。判決は、「挺身隊の名で連行」は「強制連行を意味する」と決めつけ、植村さんは「だまされて」と認識があったのに「強制連行」との印象を与える記事を書いたのだから、③には真実性がある、というのだ。しかし、金学順さんはだまされて中国に行き、そこで慰安婦にさせられた、と繰り返し証言している。だから、植村さんが書いた「だまされて」と、「強制連行」は矛盾せず、両立する。
▽「植村さんが読者をあざむくために強制連行でないのに強制連行だと書いた」といわんばかりの認定は、真実を捻じ曲げるのものだ。同時に、慰安婦制度の被害者の尊厳をも傷つけるのものだ。安倍政権の慰安婦問題への姿勢を忖度したような不当判決であり、控訴し、全力でたたかう。

穂積剛弁護士
▽判決は不当だが、裁判所に正しい判断をさせるという弁護士としての責務を果たすことができなかった。私自身に責任の一端がある。支援者の皆さんと原告の植村さんに深くお詫び申し上げます。
▽名誉毀損の訴訟構造というのは、最高裁のこれまでの判決の積み重ねでほぼ確立している。いままでの判例をきちんと解釈して適用すれば間違いようがないのだ。だから、本件も勝てると思っていたし、みなさんも、法律論の難しいところはわからなくても、おかしいと確信を持っていると思う。法律論としてもできあがっている訴訟の結論を正反対にしてしまうのだから、この判決はおかしいに決まっている。
▽判決は西岡の表現について、「被告西岡が、原告が義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いたことについて、推論として一定の合理性があるものと認められる」と言っている。しかし、「一定の合理性」を認める根拠は示していない。ひとつのものごとの解釈について、いろいろな推論があることはわかるが、A、B、C、Dという推論があって、B、C、Dは検討せずにAだけは認める、というのであれば、どんな表現をしても相当性があり、セーフになるではないか。
▽これほどにメチャクチャな判決が通れば、この世の中に名誉毀損は成立しなくなる。この異常性をぜひ認識してもらいたい。こんな判決を維持していくのは日本の司法の名折れだ。絶対に許さないという決意を持って控訴し、やっていく。

小野寺信勝弁護士
▽ある程度覚悟はしていたが、結論もさることながら、想像以上に内容がひどい。札幌判決の劣化コピーだ。札幌判決の悪いところばかりを抽出したような内容だ。
▽じつは裁判所は基本的なこと、イロハのイがわかっていないのではないか、という危機感を私たちは持っている。法曹ならだれでも知っている名誉毀損裁判の判例の枠組みを、もしかしたら裁判官はわかっていないのではないか。私たちが最初から主張しなければ裁判所は分からないではないか、という危機感だ。
▽そのために、札幌控訴審では憲法学者2人の意見書を提出した。言論の自由の観点からみても札幌判決はひどいものであること、また名誉毀損の被害が大きい場合には相当性のハードルはどんどん上がること、を意見書で主張している。
▽7月2日に札幌控訴審第2回口頭弁論がある。相手方がどう出るかによって今後の展開や日程が決まることになる。



■リレートーク
弁護団報告の前後に、新崎盛吾氏(共同通信記者)が司会しリレートークを行った。南彰(新聞労連委員長)、北岡和義(ジャーナリスト、植村裁判を支える市民の会共同代表)、崔善愛(ピアニスト、同)、安田浩一(ジャーナリスト)、西嶋真司(映像ジャーナリスト)、豊秀一(朝日新聞編集委員)、姜明錫(留学生)の各氏が、判決に対する批判、裁判の意味、植村さんへの激励などを語った。
集会の最後に、植村さんは、「私が闘っている相手は一個人ではなく巨大な敵だ。ちょっとやそっとでは勝てない敵だが、これまでの成果はある。もう捏造とは言わなくなった、バッシングがとまった。塗炭の苦しみの中で、たくさんの人との出会いがあり、その恵みの中で希望も感じてきた。私の夢は崩されていない。高裁では逆転をしたい。これからも闘いを続け、歩み続けたい」と語った。


写真=報告集会で判決を批判する(左から)、神原、穂積、小野寺弁護士と植村隆氏

撮影=高波淳

2019年6月26日水曜日

植村氏、控訴の方針


■文春などへの賠償請求棄却
元朝日新聞記者の慰安婦報道訴訟

朝日新聞デジタル(2019年6月26日)より引用


元慰安婦の証言を伝える記事を「捏造(ねつぞう)」と記述されて名誉を傷つけられたとして、元朝日新聞記者の植村隆氏(61)が、西岡力・麗沢大客員教授と「週刊文春」を出版する文芸春秋に計2750万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、東京地裁(原克也裁判長)であった。判決は請求をいずれも棄却した。植村氏は控訴する方針。

植村氏は1991年、韓国人元慰安婦の金学順(キムハクスン)さんの証言を朝日新聞で記事化した。この記事に対し、西岡氏は週刊文春2014年2月6日号で「捏造記事と言っても過言ではありません」とコメントするなどした。植村氏は、名誉を傷つけられ、教授に内定していた大学との雇用契約の解除を余儀なくされたなどとして、15年に提訴した。

判決は植村氏の記事について、「金さんが日本軍により、女子挺身(ていしん)隊の名で戦場に連行され、従軍慰安婦にさせられた」という内容を伝えていると認定。植村氏の取材の経緯などを踏まえ、「意図的に事実と異なる記事を書いた」として、西岡氏の記述には真実性がある、などと判断した。また、慰安婦問題は「日韓関係にとどまらず、国際的な問題となっていた」として表現の公益性も認め、賠償責任を否定した。

植村氏は同様の訴訟をジャーナリスト櫻井よしこ氏と別の出版3社を相手に、札幌地裁にも起こした。同地裁は昨年11月に請求を棄却し、植村氏は札幌高裁に控訴している。

植村氏は現在、「週刊金曜日」の発行人兼社長。判決後に会見し、「裁判所は私の意図を曲解し、西岡氏らの責任を不問にした。ひるむことなく言論人として闘いを続けていきたい」などと述べた。(編集委員・北野隆一)



これは不当判決だ!

「不当判決」の幟と「#捏造ではない」の
メッセージボードが地裁前路上に掲げられた
植村裁判東京訴訟の判決言い渡しがきょう(6月26日)東京地裁であり、原告植村隆氏の請求はすべて棄却された。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする
被告西岡力氏と文藝春秋の表現と記事は「名誉毀損に該当する」とされたが、その責は免ぜられた。
法廷で読み上げられた「理由の要旨」はこうである。
「しかしながら、各表現は、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的で行われたものであり、摘示事実または意見論評の前提としている各事実について、その重要な部分が真実であること、または真実であると信ずるにつき相当の理由があること、についての証明がある。かつ、意見ないし論評の域を逸脱したものでもないから、被告は免責される」
法廷は定刻午前11時30分に開廷。第1回の口頭弁論から担当してきた原克也裁判長の姿はなく、大濱寿美裁判長が主文と理由要旨を4分にわたって代読し、11時35分閉廷した。


弁護団声明

1 本日、東京地方裁判所民事第32部(原克也裁判長)は、元朝日新聞記者植村隆氏が麗澤大学客員教授西岡力氏、週刊誌「週刊文春」の発行元である株式会社文藝春秋に対して、名誉毀損を理由として慰謝料の支払いなど名誉回復を求めた訴訟で、原告の請求を棄却する不当判決を言い渡した。
 本件は、1991年に元従軍慰安婦の証言を紹介した記事を執筆した植村氏に対して、西岡氏が「事実を捏造して記事を書いた」等と執拗に誹謗をくり返し、そのことにより植村氏にバッシングが集中し、植村氏の家族の命までが危険に晒されたため、やむを得ず、2015年1月、法的手段に訴えたという事案である。

2 東京地裁の判決は、西岡氏の「捏造」との表現が事実の摘示であることを認め、これにより植村氏の名誉が毀損されたことを認めた。しかし、判決は、西岡氏の、植村氏が意図的に妓生の経歴に触れなかったとする記載や、義母の裁判を有利にする意図があった等とする記載については、「推論として一定の合理性がある」等として相当性を認め、また、植村氏が、金学順氏が強制連行されたとの、事実と異なる記事を書いたとの記載については、植村氏に「だまされて慰安婦にされたとの認識があった」ことを理由に真実性を認め免責した。
しかし、相当性の抗弁により免責を認めるためには、その報道された事実を基礎づける確実な根拠・資料が必要であるというのが確立した判例である。本件判決は、そのような根拠・資料がなく、とりわけ、植村氏が嘘を嘘と知りながらあえて書いたか否か、本人の認識について全く取材せず、「捏造」という強い表現を用いたことを免責しており、従来の判例基準から大きく逸脱したものである。また、金学順氏は自ら「私は挺身隊だった」と述べており、また、当初はだまされて中国に行ったが、最終的には日本軍に強制連行によって慰安婦にされたと述べていた。だまされて慰安婦にされたことと強制連行の被害者であることはなんら矛盾するものではない。裁判所の認定は真実をねじ曲げ従軍慰安婦制度の被害者の尊厳をも踏みにじるものである。

3 私たち弁護団は、審理において金学順氏が妓生学校にいたことを殊更にあげつらう西岡氏の差別的な言説の不当性を主張した。さらに、西岡氏への本人尋問では、西岡氏自身が、金学順氏の証言を創作して自説を補強するというおよそ学問の名に値しない行動を取っていたことも明らかになった。また、植村氏にバッシングが集中し、植村氏の家族の命までが危険に晒された被害状況も詳細に立証した。
本日の判決は、弁護団のこれらの立証を一顧だにしないものであり、「慰安婦問題は解決済み」という現政権の姿勢を忖度した、政治的判決だといわざるを得ない。

原裁判官は、昨年11月に一度本件審理を結審した後、本年2月に突如弁論を再開し「朝日新聞第三者委員会報告書」を証拠採用した。この時採用した「朝日新聞第三者委員会報告書」も判決ではふんだんに援用されている。つまり、原克也裁判長は当初より植村氏を敗訴させることを予定していたが、植村氏を敗訴させるだけの証拠が不足していたことからあえて弁論を再開し、被告らに有利な証拠だけを採用したとしか思えない。要するに、本件判決は、最初から結論を決められていたものであって、予断に基づいてなされた判決であり、近代司法の根本原則を踏みにじるものですらある。

4 以上のとおり、本日の判決は現政権に忖度した言語道断な不当判決であり、私たち弁護団は、到底受け入れることはできない。弁護団はこの不当判決に直ちに控訴し、植村氏の名誉を回復し、従軍慰安婦制度の全ての被害者の尊厳を回復するため全力で闘う決意である。                    

2019年6月26日             
植村訴訟東京弁護団


原告声明

元東京基督教大学教授の西岡力氏と週刊文春発行元の文藝春秋社を名誉毀損で訴えた裁判で本日、東京地裁の原克也裁判長が不当な判決を下しました。判決では、私の記事を「捏造」とする西岡氏の言説及び私を糾弾する週刊文春の記事により、私の社会的評価が低下したと、名誉棄損を認めました。しかし、私が捏造したと西岡氏が信じたことには理由があるなどとして、西岡氏らを免責しました。西岡氏は私に取材もせずに、「捏造」記事を書いたと決めつけ、さらには言説の根拠となる証拠を改ざんまでしていたことが、法廷でも明らかになっています。裁判所はそうした事実を知りながら、私の意図を曲解して一部の真実性を認め、真実相当性の認定のハードルも地面まで下げて、西岡氏らの責任を不問にしました。こんな判決がまかり通れば、どんなフェイクニュースでも、書いた側の責任が免除されることになります。非常に危険な司法判断です。決して許せません。

この間の審理では、西岡氏の週刊文春の談話がフェイクだということが明らかになりました。西岡氏は虚偽の根拠に基づいて、私の記事を「捏造」とレッテル貼りしていたのです。事実を大切にするジャーナリズムの世界では、西岡氏は完敗していました。しかし、今回の判決では、西岡氏のフェイクが全く不問にされています。

週刊文春に掲載された西岡氏の談話や同誌の報道は、すさまじい「植村捏造バッシング」を引き起こしました。私は転職先を失い、「娘を殺す」と脅迫されるなど塗炭の苦しみに直面しました。しかし、判決では文藝春秋は問題提起をしただけで、バッシングを扇動するものとは認められず、不法行為は成立しないと断じています。ではなぜ、「植村捏造バッシング」が起きたのでしょうか。「植村捏造バッシング」は幻ではないのです。

昨年11月9日、西岡氏と共に私の記事を「捏造」と言いふらしてきた、櫻井よしこ氏の責任を免除する不当な判決が札幌地裁で下されました。西岡氏はこうも言っています。「私は1991年以来、慰安婦問題での論争に加わってきた。安倍晋三現総理大臣や櫻井よしこ本研究所理事長らも古くからの同志だ」(国家基本問題研究所ろんだん)。今回もまた「アベ友」を免責する不当判決が出ました。しかし、私はひるむことなく、言論人として堂々と闘いを続けていきたいと思います。この不当判決を高等裁判所で覆すべく、頑張りたいと思います。

2019年6月26日 
元朝日新聞記者・韓国カトリック大学客員教授
週刊金曜日発行人

植村隆



2019年6月25日火曜日

判決直前まとめ情報

原告植村隆氏の請求とその趣旨は以下の通りです。
裁判所はこの請求と訴えにどう答えるのか、あるいはどのような理由で無視、あるいは棄却するのか。

「原告最終準備書面の第7章まとめ」全文


1 ウェブサイトの抹消の請求
被告西岡は、「歴史事実委員会」と称するインターネットのサイト(http://www.ianfu.net/opinion/nisioka.html)へ「西岡論文B」を投稿し、それは現在も閲覧可能な状態にされている。
西岡論文Bは原告の名誉を著しく毀損する不法行為に該当するものであり、とりわけ、「記者が自分の義母の裁判を有利にするために、意図的に「キーセンに身売りした」という事実を報じなかったという大犯罪なのです。」等とする悪質なものである。
そこで、原告は、訴状記載請求の趣旨1のとおり、民法723条の類する適用または人格権に基づく妨害排除的効力に基づき、上記論文の削除を請求する。

2 謝罪広告の必要性
被告らの本件不法行為の結果として、原告の名誉は著しく低下させられたが、原告の勤務先には、被告らの言論に刺激された人々から、解雇を求めるメールや手紙が多数来るようになり、殺人予告をも含む脅迫状が送りつけられ、娘の写真はインターネットで公開され、常軌を逸したいわれなき迫害を受けている。
このような重大な人権侵害を食い止める方法は、被告らに自ら誤りを認めさせ、その旨の謝罪広告を出させるしかない。
よって、原告は、訴状記載請求の趣旨2のとおり、不法行為に基づく名誉回復措置(民法723条)として、被告らに対し、謝罪広告の掲載を求める。

3 文春記事Aによる損害
文春記事Aは原告の名誉権、名誉感情、平穏生活権を侵害するものであり、原告は、この記事の影響により、神戸松蔭女子学院大学の教授の職を辞せざるをえなかった。
第4、第5で述べたところを総合すれば、原告の精神的苦痛を金銭で評価すれば、名誉権、名誉感情侵害について金500万円、平穏な生活を営む法的利益の侵害について金500万円、合計1000万円と評価することが相当である。また、その1割相当額を弁護士費用として認めるべきである。
よって、原告は、変更後の請求の趣旨第3のとおり、被告らに対し、連帯して金1100万円を支払うよう求める。

4 被告西岡による名誉毀損による損害
被告西岡について、第4で述べたところを総合すれば、その名誉毀損による慰謝料は500万円を下らない。また、その1割相当額を弁護士費用として認めるべきである。
よって、訴状記載請求の趣旨第4項記載のとおり、被告西岡について、金550万円の支払を求める。

5 文春記事Bによる損害
文春記事Bは原告の名誉権、名誉感情、平穏生活権を侵害するものであり、原告は、この記事の影響により、北星学園大学に誹謗中傷が殺到し、脅迫の被害まで受けた。
第4、第5で述べたところを総合すれば、原告の精神的苦痛を金銭で評価すれば、名誉権、名誉感情侵害について金500万円、平穏な生活を営む法的利益の侵害について金500万円、合計1000万円と評価することが相当である。また、その1割相当額を弁護士費用として認めるべきである。
よって、原告は、変更後の請求の趣旨第3のとおり、被告文藝春秋に対し、金1100万円を支払うよう求める。

 6 結論
よって、原告は、

被告西岡に対し、人格権に基づく妨害排除請求権または民法723条類推適用として請求の趣旨第1記載の抹消請求並びに不法行為に基づく損害賠償請求権として請求の趣旨第4記載の金員及び遅延損害金の支払い
被告らに対し、不法行為に基づく名誉回復措置(民法723条)として請求の趣旨第2記載の謝罪広告及び損害賠償請求権として変更後の請求の趣旨第3記載の金員及びこれに対する遅延損害金の支払い
被告文藝春秋に対して、不法行為に基づく損害賠償請求権として変更後の請求の趣旨第4記載の金員及び遅延損害金の支払い

を求めるものである。

以上


2019年6月22日土曜日

東京判決の注目点5

「私は捏造記者ではない」。提訴から4年5カ月、植村氏は
法廷で、集会・講演会で、記者会見で、訴え続けてきた

東京判決の注目点 5
原告植村隆氏の最終意見陳述


西岡力氏と週刊文春がもし、免責されるなら、「植村捏造バッシング」はなぜ起きたのかわからなくなります。「植村捏造バッシング」は幻だった、ということになります。しかし「植村捏造バッシング」は幻ではなく、様々な被害をもたらした巨大な言論弾圧・人権侵害事件なのです。



2018年11月28日、第14回口頭弁論で陳述、全文

1 断たれた夢

「私の書いた慰安婦問題の記事が、捏造でないことを説明させてください」
いまから、4年10か月ほど前の2014年2月5日、神戸松蔭女子学院大学の当局者3人に向かって、私はこう訴えました。
場所は神戸のホテルでした。
私は同大学に公募で採用され、その年の春から、専任教授として、マスメディア論などを担当することになっていました。テーブルの向かいに座った3人の前に、説明用の資料を置きました。しかし、誰も資料を手に取ろうとしませんでした。「説明はいらない。記事が正しいか、どうか問題ではない」というのです。
緊張した表情の3人は、こんなことを言いました。
「週刊文春の記事を見た人たちから『なぜ捏造記者を雇用するのか』などという抗議が多数来ている」
「このまま4月に植村さんを受け入れられる状況でない」

要するに大学に就職するのを辞退してくれないか、という相談でした。採用した教員である私の話をなぜ聞いてくれないのか。怒りと悲しみが、交錯しました。面接の後、「70歳まで働けますよ」と言っていた大学側が、180度態度を変えていました。

その週刊文春の記事とは、1月30日に発売された同誌2014年2月6日号の「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」のことです。その記事が出てから、大学側に抗議電話、抗議メールなどが毎日数十本来ているという説明でした。私は、この週刊文春の記事が出たことで、大学当局者に呼び出されたのです。当局者によれば、産経新聞にもこの文春の記事が紹介され、さらに拡散しているとのことでした。私の記事が真実かどうかも確かめず、教授職の辞退を求める大学側に、失望しました。結局、私は同大学への転職をあきらめるしかありませんでした。

この週刊文春の記事で、日本の大学教授として若者たちを教育したいという私の夢は実現を目前にして、打ち砕かれました。そして、激しい「植村捏造バッシング」が巻きおこったのです。「慰安婦捏造の元朝日記者」「反日捏造工作員」「売国奴」「日本の敵 植村家 死ね」など、ネットに無数の誹謗中傷、脅し文句を書き込まれました。自宅の電話や携帯電話にかかってくる嫌がらせの電話に怯え、週刊誌記者たちによるプライバシー侵害にもさらされました。私自身への殺害予告だけでなく、「娘を殺す」という脅迫状まで送られてきました。殺害予告をした犯人は捕まっておらず、恐怖は続いています。いまでも札幌の自宅に戻ると、郵便配達のピンポンの音にもビクビクしてしまいます。週刊文春の記事によって、私たち家族が自由に平穏に暮らす権利を奪われたのです。そして、家族はバラバラの生活を余儀なくされました。私は日本の大学での職を失い、一年契約の客員教授として韓国で働いています。

2 激しいバッシングの中で

神戸松蔭との契約が解消になった後、週刊文春は、私が札幌の北星学園大学の非常勤講師をしていることについても、書き立てました。このため、北星にも、植村をやめさせないなら爆破するとか学生を殺すなどという脅迫状が来たり、抗議の電話やメールが殺到したりしました。このため、北星は2年間で約5千万円の警備関連費用を使うことを強いられました。学生たちや教職員も深い精神的な苦痛を受けました。北星も「植村捏造バッシング」の被害者になったのです。

私を「捏造記者」と決めつけた週刊文春記者の竹中明洋氏、そして週刊文春の記事に「捏造記事と言っても過言ではありません」とのコメントを出した西岡力氏の2人が今年9月5日の尋問に出廷しました。神戸松蔭に対し電話で、私の「捏造」を強調した竹中氏は、「記憶にありません」と詳細な回答を避けました。本人尋問では、西岡氏が私の記事を「捏造」とした、その根拠の記述に間違いがあったことが明らかになりました。また、西岡氏自身が自著の中で、証拠を改ざんしていたことも判明しました。それこそ、捏造ではありませんか。  
「捏造」と言われることは、ジャーナリストにとって「死刑判決」を意味します。人に「死刑判決」を言い渡しておいて、その責任を回避する2人の姿勢には強い憤りを感じています。

「植村捏造バッシング」には、当時高校2年生だった私の娘も巻き込まれました。ネットに名前や高校名、顔写真がさらされました。「売国奴の血が入った汚れた女。生きる価値もない」「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。(中略)自殺するまで追い込むしかない」などと書き込まれました。娘への人権侵害を調査するため、女性弁護士が娘から聞き取りをした時、私に心配かけまいと我慢していた娘がポロポロと大粒の涙を流し、しばらく止まりませんでした。私は胸が張り裂ける思いでした。

3 裁判官の皆様へ

「植村捏造バッシング」の扇動者である西岡力氏と週刊文春に対する裁判がきょう、結審します。慰安婦問題の専門家を自称して様々な媒体で、「捏造記事」だと繰り返し決め付けてきた西岡氏と、週刊誌として日本最大の発行部数を誇る週刊文春がもし、免責されるなら、「植村捏造バッシング」はなぜ起きたのかわからなくなります。「植村捏造バッシング」は幻だった、ということになります。しかし「植村捏造バッシング」は幻ではなく、様々な被害をもたらした巨大な言論弾圧・人権侵害事件なのです。

私は1991年に当時のほかの日本の新聞記者が書いた記事と同じような記事を書いただけです。それなのに、二十数年後に私だけ、「捏造記者」とバッシングされるのは、明らかにおかしいことです。こんな「植村捏造バッシング」が許されるなら、記者たちは萎縮し、自由に記事を書くことができなくなります。こんな目にあう記者は私で終わりにして欲しい。そんな思いで私は、「捏造記者」でないことを訴え続けてきました。「植村捏造バッシング」を見過ごしたら、日本の言論の自由は守られないと立ち上がってくれた弁護団の皆さん、市民の皆さん、ジャーナリストの皆さんたちの支えがあって、ここまで裁判を続けて来られました。

裁判長におかれては、弁護団が積み重ねてきた「植村が捏造記事を書いていない」という事実の一つ一つを詳細に見ていただき、私の名誉が回復し、言論の自由が守られ、正義が実現するような判決を出していただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。


--------------------- 第5回 了 ---------------------


連載「東京判決の注目点」はこれでおわります