2019年10月21日月曜日

櫻井流は許されない

札幌控訴審第3回口頭弁論(10月10日)で、植村弁護団は3通の準備書面、2通の意見陳述書とともに47点の証拠を追加提出した準備書面2、3、4の概要と証拠一覧は既報。これらはすべて、控訴審の3つの重要な論点のどれかにかかわるものである。
3つの論点とは、
▽一審判決の真実相当性の判断は法理と従来の判例に反していること
▽櫻井よしこ氏の言説には誤りだけでなく、変遷と矛盾があること
▽植村氏が書いた記事は捏造ではなく、慰安婦報道に誤りはないこと
である。
新たな証拠の収集と整理作業にあたっては、弁護団事務局と支援グループ有志が、なにがなんでも原判決をひっくりかえすという強い決意を共有し、大きな労苦を重ねた。当ブログでは、新たに提出された証拠のうち主要なものの紹介を次の順で連載する。
その1 櫻井流は許されない=甲155~164号証、最近の名誉毀損訴訟判決9例
その2 ウソも方便?櫻井流=甲165号証、櫻井よしこ著「迷わない」(2013年、文藝春秋刊)
その3 歴史家の真摯な思い=甲183号証、和田春樹東大名誉教授の意見書

なお、同時に提出された「金学順さんの証言録音テープ」「韓国紙記者証言」などは東京控訴審(第1回、10月29日)で主張が展開されることになっているため、当ブログでの紹介は後日となる。


 札幌控訴審 新証拠解説その1 

裏付け取材のない記事に「真実相当性」は認められない。厳格な判断を下した高裁・地裁判決は、こんなにもある!

一審判決は櫻井氏の名誉毀損表現が真実と信ずるについて相当の理由があること(「真実相当性」)を認めて免責したが、その判断は間違っている。
植村弁護団は、すでに控訴理由書で50ページにわたる紙数を費やして、櫻井が根拠としてあげた資料や事実から「真実相当性」を認めることはできない、と述べている。今回提出した「準備書面2」は、その主張を繰り返したうえで、最近の判例の流れに照らしても一審判決は間違っていることを明らかにしている。
真実相当性の成立には「確実な資料、根拠」に基づき真実だと信じることが必要であり、単なる憶測や信頼性がない資料等では足りない、とするのが名誉毀損裁判の法理である。その上で「準備書面2」は、最近10年間の高裁、地裁の判決のうち、記事が正しいかどうか(「真実性」)に加え取材の正当さも争点となった9件をもとに、取材の重要性を次のように結論づけている。
(1)被害が重大である場合ほど慎重な裏付け取材が必要であり、(2)本人への取材の有無、及び(3)取材源の情報を裏付ける取材の有無や重要な関係者への取材の有無を重視している、また、(4)本人への取材や取材拒否があった場合であっても、裏付け取材が不十分であれば相当性は否定される。

記事が正しいかどうか、に加えて「取材」の内容や方法が問われた9件の判例は次の通り。いずれも原告が勝訴、メディア側被告の「真実相当性」は認められなかった。
① 貴乃花親方vs週刊新潮
② 石井一・元参院議員vs週刊新潮
③ 亀井郁夫・元参院議員vs週刊新潮
④ 読売新聞vs週刊ポスト
⑤ 橋下徹・元大阪市長vs週刊文春
⑥ 小西博之・参院議員vs阿比留瑠衣(産経新聞)
⑦ 徳洲会グループ元事務総長vs週刊文春
⑧ 松丸修久・守谷市長vsフライデー
⑨ 池田修一・元信州大医学部長vs月刊Wedge

各訴訟のポイントを「準備書面2」をもとに以下に紹介する。同書面では人名や媒体名が一部、英字で略記とされているが、事例をわかりやすくするために、当ブログでは当時の報道をもとに実名とした。(  )の数字は証拠番号。

①週刊新潮敗訴=2011年7月28日、東京高裁判決(甲155)
大相撲の貴乃花親方夫妻が、相続問題などに関する「週刊新潮」の5本の記事で名誉を傷つけられたとして、新潮社に賠償などを求めた訴訟。賠償額は減額したが一審判決を支持した。記事のうち「父親に無断で権利証を持ち出した」という記述について一審判決は「当時の担当デスクは、元大関の断髪式に出席したベテラン記者、旧部屋後援者、フリーライター等からもたらされた情報に基づく記事であり、信頼すべき人物から取材した、と供述するが、裏付け取材をしていないこと、権利証持ち出しの具体的内容や理由が明らかでないことを自認しており、情報源の存在やその信頼性を認めるに足りる証拠はない」として「確実な資料、根拠に基づく相当の理由があったとは認めることができない」と認定し、真実相当性を否定した。賠償額は325万円。

②週刊新潮敗訴=2011年11月16日、東京地裁判決(甲156)
厚労省郵便不正事件に関する「週刊新潮」の記事で、「政治的影響力を行使して事件に関与した」などと書かれた石井一参院議員が名誉を傷つけられたと訴えた訴訟。判決は、取材経緯について「担当記者は原告の事務所に対し回答期限を設定して記事内容に関する質問を記載した文書をファクシミリ送信したが、期限までに回答はなく、また、被告の担当記者は原告の携帯電話に電話を掛けて取材を申し込もうとしたが、原告にはつながらなかった」と認定したが、「全国紙社会部デスク記者の見立てを取材により知ったものの、これらを裏付ける独自の取材を行った形跡はなく、原告に対する直接の取材も行わないまま、間接的な情報にすぎない上記の見立てに沿って」記事を掲載した、として真実相当性を否定した。また、政治資金監理団体の収支報告書に政治資金パーティーの収支の記載がない旨の記事(表題は「黒い政治献金疑惑」)についても、「原告の政治資金管理団体と東京都選挙管理委員会に対する調査も行わず,また、原告の事務所が「調査のうえ回答する」と述べていたにもかかわらず,設定した回答期限の経過後直ちに記事を執筆、掲載」したとして、取材の不十分さを理由として真実相当性を否定した。

③週刊新潮敗訴=2013年5月29日、広島地裁判決(甲157)
裏口入学の口利き名目で現金をだまし取ったと「週刊新潮」に書かれ名誉を傷つけられたと、亀井郁夫元参院議員が訴えた訴訟。判決は「詐欺被害を訴える被害者がいた場合には、まず、その主張が信じるられるかどうかについて疑いの目を向けて、その裏付け調査には一定の慎重さが要求される」とし、「本件記事作成のために取材を担当した記者とデスクは、取材過程で判明した関係者(故人)の主張の矛盾点をことさら無視」したなどと指摘し、本人への取材を行った事実についても「本件記事の内容を考慮すれば極めて短期間」と判断して、真実相当性を否定した。賠償額は330万円。

④週刊ポスト敗訴=2014年6月26日、東京高裁判決(甲158)
「海外取材してまで警視庁『2ちゃんねる潰し』を応援する読売の“見識”」との表題の記事について読売新聞社が訴えた訴訟。一審東京地裁は、「記事の内容の大半は抽象的な内容」などとして請求を斥けたが、控訴審判決は「裏付ける取材をしたことなどを伺わせる証拠はない」などとして真実相当性を否定し、一審を破棄し逆転判決を言い渡した。賠償額は100万円。

⑤週刊文春敗訴=2016年4月8日、大阪地裁判決(甲159)
顧問弁護士をしていた料理組合側から性的接待を受けていた、との「週刊文春」の記事で名誉を傷つけられたと橋下徹・元大阪市長が訴えた訴訟。判決は、「接客を行った女性の話が曖昧であり、客観的に裏付けるような資料がないことなどに加えて、料理組合に対して事実関係の有無を確認していない」として真実相当性を否定した。賠償額は220万円。

⑥産経・阿比留氏敗訴=2016年12月5日、東京高裁判決(甲160)
「官僚時代、意に沿わぬ部署への異動を指示された際、1週間無断欠席し、さらに登庁するようになってもしばらく大幅遅刻の重役出勤だったそうです」などとフェイスブックに投稿した阿比留氏(産経新聞政治部)を小西博之参議院議員が名誉毀損で訴えた訴訟。判決は「再伝聞のみに基づいて本件投稿を執筆した」として真実相当性を否定した。賠償額は110万円。(原判決は甲161)。

⑦週刊文春敗訴=2017年3月28日、東京地裁判決(甲162)
「徳洲会マネー100億円をむさぼる『わるいやつら』」と題した記事などで名誉を傷つけられたとして、徳洲会グループ元事務総長、能宗克行氏が訴えた訴訟。判決は、「徳洲会の内部事情を知悉している幹部等から取材したとしても、徳洲会と能宗氏との間には対立関係があり、能宗氏に有利な事情や徳洲会に不利な事情についてはあえて明らかにしないことがある。取材結果の評価については慎重な検討、分析が必要であった」として、取材内容が真実であると信じる相当な理由があるとはいえないと判断した。また、能宗氏が取材を拒否したとしても、週刊文春の取材の方法等を考慮すれば、真実相当性の根拠になるとは認められない、とも判断している。賠償額は198万円。

⑧写真週刊誌「フライデー」敗訴=2019年3月5日、東京地裁判決(甲163)
公共事業の入札をめぐり不正疑惑があると書かれた茨城・守谷市の松丸修久市長が名誉毀損で訴えた訴訟。判決は、「取材班は松丸氏本人には取材したが、松丸氏が代表取締役を務める会社との関係性に係る重要な関係者や同社には取材をしなかった」として真実相当性を否定した。賠償額は165万円。

⑨月刊「Wedge」敗訴=2019年3月26日、東京地裁判決(甲164)
「子宮頸がんワクチンの副反応の研究で捏造行為をした」と書かれた信州大学医学部教授、池田修一氏が名誉毀損で訴えた訴訟。判決は、「研究者にとって致命的ともいえる研究不正を告発するのであれば、その記事が原告に与える影響の重大さに鑑みて、関係者(同学部特任教授A氏)の発言を鵜呑みにするのではなく、より慎重に裏付け取材を行う必要があった」と指摘したうえで、「原告に対する取材を行っていない」「A氏の述べた内容を軽信し、実効的な裏付け取材を何ら行わなかった」ことを理由に、「捏造したと信じたことについては、相当の理由があったものということはできない」と判断した。賠償額は満額(330万円)を認めたほか、謝罪広告の掲載とネット記事の一部削除も命じた。月刊「Wedge」は控訴を断念したが、記事を書いたジャーナリスト村中璃子氏は控訴した。
※この判決の詳細は、当ブログが4月5日に報じています

名誉棄損訴訟では、取材対象者本人や重要な関係者への取材を怠った「櫻井流」が許されないことは、上記9例からも明らかだろう。

※次回は、その2「ウソも方便?櫻井流」

2019年10月19日土曜日

韓国言論の過去現在


シンポジウム「「いまこそ『報道の自由』を我が手に!」が10月11日午後、札幌市教育文化会館で開かれた。前日の植村裁判札幌控訴審の傍聴に来日した韓国の支援団体「植村隆を考える会」の2氏が、1980年代全斗煥軍事独裁政権下の言論統制・言論操縦との闘いと、現在の活動を語った。
写真は左から=金彦卿さん、慎洪範さん、文聖姫さん(通訳)と植村隆さん



■暴露された軍事独裁政権の「報道指針」

慎洪範(シン・ホンボム=79)さんは元朝鮮日報記者。1986年9月、政権が各新聞社に示してきた日々の秘密通信文「報道指針」を、民主言論運動協議会が機関紙特集号で暴露した。あったことをなかったことに、重要な事を些少なことに、たいしたことではない事をたいしたこととして報道するよう指示する内容。これは1面トップに、あれは見出し1段で扱えと、記事の位置、扱いの大きさまで強要していた。
慎さんは、言論の自由を求め解職された元記者たちが作る同協議会の、執行委員だった。国家機密漏洩罪、国家冒涜罪などで他の2人とともに逮捕された。
「韓国の国民は軍事独裁政権の下で、言論の暗黒時代を過ごしてきたが、その中でも全斗煥政権は、軍と警察、言論統制という2つの柱で成り立つ政権だった。民主化運動、人権運動、労働運動など政権に不利な報道を禁止し、大統領などの動きは大きく報道するように指示した。韓国の新聞6紙は同じような内容になってしまっていた」
慎さんは具体例を挙げる。

野党指導者が外国通信社の取材に応じた内容は報道するな金大中に関する記事は小さく扱い写真は載せるな国会議長の発言「政府は、国会議員の尾行・盗聴・張り込みなどをやめよ」は報道するな(宗教界や民衆運動団体、野党が共同で作った)拷問対策委員会のことは一切報道するな大統領の外国訪問はトップ記事で扱え、等々。

85年10月19日から86年8月8日まで、10カ月間の「報道指針」は688件にのぼる。
「我々は国内のニュースを、岩波書店の『韓国からの通信』など、外国の報道で知る状態だった。韓国日報の金周彦(キム・ジュオン)記者は、指針が下されるたびにメモしていたが、韓国の言論が権力の広報機関に成り下がるという危機に絶望し、この資料を世に知らせることが自分の義務だと思った。またそれがどれほど危険な事かも知っていた」
資料を入手した同協議会は86年9月9日、言論統制・言論操縦の実態を暴露した。機関紙特集号2万2千部の爆発力、破壊力はすさまじかった。
「本当にありえることなのか」「だからすべての新聞が同じ内容だったんだ」「こんな報道をしていてメディアとはいえない」「政府が新聞を編集していたのも同然だ」。
驚きと怒りが一気に広がっていった。
年が明けた87年1月、3人は起訴された。弁護団は「金大中の写真が国家機密になるのか?」「世界の報道機関、通信社が報道し、韓国民だけが知らないニュースが国家機密か?」「言論を権力の広報誌に堕落させ、反文明国にしようとする政府こそ、国の名誉を傷つけ冒涜している」と反論。一審では有罪となったが、事件は翌年の民主化運動の導火線となったと言われる。

慎さんはその後、市民が出資して88年に創刊したハンギョレ新聞で論説主幹を務めた。「言論は良心と理性、知性によってのみ真実と正義を実現することができる。あのような指針は今はないが、経営幹部らの指示、広告主の意向という力が働いている」と強調した。
「いま壁が築かれている韓国と日本の間に、植村さんは橋を架けようとしている。この橋を渡って私たちが交流と連帯を深め、理解しあえればと願っています」

■市民が監視し、市民に表彰される韓国メディア

金彦卿(キム・オンギョン=51)さんは、元記者たちが作った民主言論運動協議会から引き継がれて、多くの市民が加わってメディア監視などを続ける民主言論市民連合の事務局長。
これまで数々の不正が行われてきた大統領選挙、国会議員選挙など選挙監視は、特に力を入れてきた取り組みだという。市民講座「言論学校」を作り、参加する市民を、日々の報道内容をチェックするモニターに育ててきた。
批判するだけでなく、すぐれた報道を毎月選考して公表。年末には最優秀報道を「王の中の王」として表彰してきた。各メディアからその受賞を目指される存在になっているという。
保守系新聞社に放送免許が与えられて、誕生したテレビ局の問題がある放送は市民連合が開いているフォーラムで取り上げ、「報道通信審議委員会」に問題提起している。「会員約5千人の毎月千円の会費で、すべての活動費がまかなわれています。地道に活動を続けてきた会は、年末に35周年を迎えます」と金さんは言う。


NGO「国境なき記者団」による2019年度報道の自由度ランキングでは、180カ国・地域の中で韓国は41位、日本は67位だった。忖度がまかり通る日本の厳しい言論状況を打ち破っていくための大きなヒントを、2氏の講演は示してくれた。


text and photo by H.H

2019年10月11日金曜日

控訴審最終意見陳述

櫻井を勝たせた札幌地裁判決は、間違っている。櫻井が捏造の根拠として示した訴状、ハンギョレ新聞、月刊『宝石』の3点では、私の記事を「捏造」とか「捏造の疑い」とは絶対に書けない。「捏造」は誤報と違い、間違いであると知りながら意図的にでっち上げることである。「捏造」と断定するためには、私が間違いと知っていたかどうか、植村の認識が問われるのに、この訴状、ハンギョレ新聞、月刊『宝石』の3点セットには、私の認識を示す記述が一切ないからだ。櫻井が、私の記事を「捏造」と断罪するからには、確かな取材と確かな証拠が必要だった。しかし、櫻井は私の記事を「捏造」と断定する直接的な証拠を何一つ示せていない。そのうえ、私に一切取材せず、金学順さんら元慰安婦に誰一人会いもせず、「韓国挺身隊問題対策協議会」にも、私の義母にも取材していない。櫻井には「真実性」はおろか、「真実相当性がある」と言えるファクトが、ひとつもないのだ。しかし、一審では「真実相当性」があるとして、櫻井を免責してしまった。極めて異常な判断だった。


■植村さんの意見陳述(全文)

この夏、私は30年ほど前の「私」に再会しました。1990年から91年にかけて、朝日新聞大阪社会部記者として、韓国ソウルで「慰安婦」問題を取材していた私の声が入った録音テープを見つけたのです。「慰安婦」問題に取り組んできたジャーナリストの臼杵敬子さんの自宅にありました。私が今回、証拠として提出したものです。

一つは、1990年7月17日、梨花女子大学教授で慰安婦問題の調査を続けていた尹貞玉(ユン・ジョンオク)先生に私がインタビューしている録音テープでした。こんなやり取りです。尹先生、「韓国でも挺身隊について関心が高まっていて、これがどんどん広がると、おばあさんたちも(中略)話をするようになるかもしれない」。私、「女子挺身隊問題は、日本では知られていないからもっと報道しなければならない。(中略)。おばあさんと会えますか」。私たちは「挺身隊」を「慰安婦」の意味で何度も使っています。

その翌年の91年2月、私は韓国人女性と結婚し、太平洋戦争犠牲者遺族会(遺族会)幹部の梁順任(ヤン・スニム)さんが義母となりました。櫻井よしこさんは、91年12月に遺族会が日本を相手取った戦後補償の裁判を支援するために、私が記事を書いたと言いますが、そのずっと前から慰安婦の記事を書こうとしていたのです。

91年夏、元慰安婦の女性が、尹先生が共同代表を務める「韓国挺身隊問題対策協議会」に名乗り出て来ました。そのことを朝日新聞ソウル支局長から聞き、ソウルに出張しました。女性にはインタビューできませんでしたが、尹先生の調査と女性の録音テープをもとに91年8月11日付の朝日新聞大阪本社版の記事を書きました。この裁判で記事Aとされるものです。尹先生は、その女性についても「挺身隊」だと説明していました。

もう一つの録音テープは、日本政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判の原告になることを決めた金学順さんに対する弁護士の聞き取りを記録したものです。この裁判は、遺族会が起こそうとしたもので、聞き取りは91年11月25日にソウルで行われました。それを傍聴させてもらい、私は、91年12月25日付の記事Bを書いたのでした。金学順さんとの私の会話も録音されています。

私は金さんに名乗り出た時のことを聞いています。金さんは在韓被爆者の女性と一緒に「韓国挺身隊問題対策協議会」に行ったのです。金さんはこんな内容の話をしていました。「挺身隊問題の関連がある、いまそこに用事で行くと。そんな話を聞いて行ったんです」。

私はこう聞いています。「テレビに出たじゃないですか。それを見た町内の人たちに、おばあさんが昔、挺身隊にいたんだと知られましたか」。金さんは答えました。「知らない人は知りません」。金さんも私も「慰安婦」の意味で、「挺身隊」という言葉を使っています。

櫻井さんは、雑誌『WiLL』2014年4月号で、こう私を非難しました。(植村氏は)「慰安婦とは何の関係もない『女子挺身隊』と結びつけて報じた」。櫻井さんの論理は、私が読者に「女子挺身隊」を強制的に動員された「勤労女子挺身隊」と誤解させるため、本当は女子挺身隊と慰安婦は違うと知りながら、意図的に捏造記事を書いたというものです。しかし、今回証拠提出した二つのテープは、櫻井さんのその理屈が完全に破綻していることを客観的に証明しています。

櫻井さんは一審で矛盾だらけの陳述をしています。臼杵敬子さんが書いた月刊『宝石』1992年2月号の金学順さんの被害証言記事を読んだ当時の印象を、櫻井さんは一審の本人尋問でこう証言しました。「植村さんが朝日新聞に書いた女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春を強いられたという内容と全く違う(中略)ことに衝撃を受けました。強い印象を持ちました」。しかし、宝石の記事では冒頭で、挺身隊とは日本では軍需工場などで働く女子を指すが、朝鮮半島では違う、慰安婦を意味する、とはっきり書いています。さらに本文では、金さんがサーベルを下げた日本人将校に脅され養父と引き離され、強制的に慰安婦にさせられたと書かれています。この『宝石』の記事は私の記事Aと同じ内容になっています。したがって、櫻井さんが91年8月の記事Aを読んだ時に、「女子挺身隊」が、「勤労挺身隊」を指すと信じたとしても、92年の『宝石』の記事を読んだ後は、韓国でいう「慰安婦」を指すことに、容易に気づけたはずです。

それなのに、「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という表現で、「植村は、勤労挺身隊が慰安婦にされたと誤解させるような記事で、国の関与による強制連行説をでっち上げた」という主張をずっと続けているのは、自説に不利な要素を無視した理屈で、破綻しています。札幌地裁判決が認定した「挺身隊と慰安婦は無関係」も、この「宝石」の記事だけを読んでも、事実に反することは明らかです。
 
そもそも、当時の日韓の報道を見れば、慰安婦の意味で、「挺身隊」「女子挺身隊」と呼んでいたのは、簡単にわかることです。金学順さん自身が「挺身隊」だと言い、強制的に連行されたことを語っているのです。当時の産経新聞や読売新聞も金さんについて、「強制連行」という表現を使い、北海道新聞や東亜日報も「挺身隊」という言葉を使っています。

「挺身隊」を辞書で引くと、「任務を遂行するために身を投げ打って物事をする組織」(大辞泉)とあります。鉄道挺身隊など、広い意味で使われていた言葉です。「関東軍戦時特別女子挺身隊」と日本軍が慰安婦の意味でも使っていたという証言もあります。ところが、櫻井さんは女子挺身勤労令に基づく法律用語に限定解釈し、それに基づいて私を「標的」にして、「捏造」と批判しているのです。重大な人権侵害になりかねない「捏造」という言葉を使うなら、他の意味で使っていないか、その場合も捏造と言えるのかを調べてみる注意義務があるはずです。

当時、京郷新聞記者として、金学順さんの91年8月14日の記者会見を取材した韓恵進(ハン・へジン)さんが今回、陳述書を出してくれました。こんな内容です。〈「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され,日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」という表現が問題とされているそうですが,なんらおかしな表現ではないと思います。私が当時書いた京郷新聞の記事の見出しにも,「挺身隊として連行された金学順ハルモニ 涙の暴露」という同じ表現があります。」〉

その時の会見や、金さんへの弁護団の聞き取りテープでは、金さんは、クリョカッタ(引っ張られた)と何度も証言していました。それは日本語に訳すと、「連行された」という意味です。記事Aで私が書いた「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という表現を裏付ける内容です。

また櫻井さんは、雑誌『WiLL』2014年4月号で、金学順さんが日本政府を相手に裁判を起こしたことにこう言及しました。「訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと(中略)などが書かれている」。それが捏造のもう一つの根拠でした。しかし、実際の訴状にはその記述は一切なく、取材のずさんさが明らかになりました。櫻井さんは一審の本人尋問でその間違いを認め、雑誌や新聞での「訂正」に追い込まれました。

私は札幌高裁に新証拠などを提出しました。『週刊時事』という雑誌の1992年7月18日号と同年12月の日本テレビのニュースの録画です。『週刊時事』で櫻井さんは、金学順さんらの裁判に言及し、こう書いています。「強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ」。「売春という行為を戦時下の国策のひとつにして、戦地にまで組織的に女性たちを連れて行った日本政府の姿勢は、言語道断」。また櫻井さんはキャスターだった1992年12月に、「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たち」とテレビ報道しています。画面には金学順さんも映っていました。

それなのに、櫻井さんは2014年になって、金学順さんについて、「人身売買で慰安婦になったのに、植村はそれを隠して強制連行と書いたから捏造だ」というような内容を叫び始めます。では、自分も捏造したことにならないのでしょうか。櫻井さんの言い分は公正を欠き、矛盾だらけです。
櫻井さんを勝たせた札幌地裁判決は、間違っています。櫻井さんが捏造の根拠として示した訴状、ハンギョレ新聞、月刊『宝石』の3点では、私の記事を「捏造」とか「捏造の疑い」とは絶対に書けません。「捏造」は誤報と違い、間違いであると知りながら意図的にでっち上げることです。「捏造」と断定するためには、私が間違いと知っていたかどうか、植村の認識が問われるのに、この訴状、ハンギョレ新聞、月刊『宝石』の3点セットには、私の認識を示す記述が一切ないからです。

櫻井さんが、私の記事を「捏造」と断罪するからには、確かな取材と確かな証拠が必要でした。しかし、櫻井さんは私の記事を「捏造」と断定する直接的な証拠を何一つ示せていません。そのうえ、私に一切取材せず、金学順さんら元慰安婦に誰一人会いもせず、「韓国挺身隊問題対策協議会」にも、私の義母にも取材していません。櫻井さんには「真実性」はおろか、「真実相当性がある」と言えるファクトが、ひとつもないのです。しかし、一審では「真実相当性」があるとして、櫻井さんを免責してしまいました。極めて異常な判断でした。

この判決が高裁でも維持されれば、ファクトに基づいて伝えるジャーナリズムの根幹が崩れてしまいます。ろくに取材もせずに、事実に反し「捏造」と決め付けることが自由にできるようになります。第二、第三の「植村捏造バッシング」を生みかねない、悪しき判例になってしまいます。その先にあるのは「報道の自由」が弾圧されるファシズムの時代ではないでしょうか。

私は捏造記者ではありません。ファクトを伝えた記者が、「標的」になるような時代を一刻も早く終わらせて欲しい。裁判所は人権を守る司法機関であると信じております。司法による救済を期待しています。札幌高裁におかれては、これまでの証拠や新しい証拠を検討していただき、歴史の検証に耐えうる公正な判決を出していただきたいと願っております。


■渡辺達生弁護士の意見陳述(要約)

植村さんと弁護団は9月17日に3通の準備書面(2)、同(3)、同(4)を提出した。
渡辺弁護士は各書面の概略を説明し、さらに弁論の締めくくりとして、原判決の根本的な誤り、原判決が社会にもたらした影響、櫻井氏の政治的な言説についての見解を明らかにし、原判決の破棄を求めた。
以下は、要約である(文中敬称略、文責編者)。

▼準備書面(2)の主張
原判決は「真実相当性」の法理で櫻井を免責したが、それは、厳格な判断を求める最高裁判例を逸脱するものであった。この点については、すでに提出した控訴理由書で詳述しているが、準備書面(2)では、過去10年のマスコミ報道による名誉棄損の代表的な下級審判例10件を詳細に検討している。
この10件はいずれも、(1)被害が重大である場合ほど慎重な裏付け取材が必要であり、(2)本人への取材の有無、⑶取材源の情報を裏付ける取材の有無や重要な関係者への取材の有無、を重視している。また、(4)本人への取材や取材拒否があった場合であっても、裏付け取材が不十分であれば相当性は否定される例もある。
これらに本件を照らしてみると、櫻井が裏付け取材を全くしていないことが最大の問題であり、にもかかわらず櫻井の「真実相当性」を安易に肯定した原判決は、過去の下級審判例から見ても極めて異例であり、過去の判断枠組みを大きく逸脱している。

▼準備書面(3)の主張
原判決は、植村記事が「捏造」ではないことの重要な根拠となる喜多義憲証人の証言には言及しなかった。そこで、準備書面(3)は、植村と同時期にほぼ同内容の記事を書いた喜多の証言が重要な意味をもつことを強調している。また、新たに提出した韓国紙記者の陳述書2通と、原判決が判断の材料とはしなかった水野孝昭論考「慰安婦報道の出発点――1991年8月に金学順が名乗り出るまで」を引用し、朝鮮人慰安婦を「挺身隊」と関連づけて報じた記事は、植村記事が最初であったわけでもなければ、朝日新聞だけがとった表現でもない、と主張している。

▼準備書面(4)の主張
原判決は、「従軍慰安婦は性奴隷ではなく売春婦である」という櫻井らの政治的な主張に基づく資料により、「慰安婦ないし従軍慰安婦とは、太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称のひとつである」と認定した。植村と弁護団は原審で、本件は名誉毀損訴訟であることを重視し、従軍慰安婦の歴史的な問題についてはあえて触れずに訴訟を進めてきた。しかし、裁判所のこの認定は、河野談話やアジア女性基金の取り組みなどで日本政府が明らかにしてきた従来の認識に反するものである。
そこで、準備書面(4)は今回提出された和田春樹・東大名誉教授の意見書を引用し、原判決を強く批判している。和田は意見書で「金学順ハルモニの登場に朝日新聞の報道が関与したとして、久しい間、攻撃が加えられ、今も攻撃が、訂正問題の柱の一つにされています。しかし、それはひとえに金学順ハルモニの登場という意味を消し去ろうという愚かな試み、企てに変わりないということです」と述べている。この企てに加担したのが原判決である、と準備書面(4)は主張している。

▼原判決の根本的な誤り
原判決は、「金学順氏が継父によって人身売買され、慰安婦にさせられたという経緯を知りながらこれを報じなかったこと、慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊とを結びつけ、金学順氏が「女子挺身隊」の名で日本軍によって戦場に強制連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」であるとすること、事実と異なる本件記事Aを敢えて執筆したこと」(裁判所認定摘示事実1)を櫻井が真実と信じたことについて相当な理由があるとして、植村の請求を棄却した。
しかしながら、櫻井がこの摘示事実を真実であると信じることはありえないことである。人身売買のことも女子挺身隊ということも櫻井の立場では重要な問題であり、その立場を前提にすればこれらの問題の虚偽が成り立ちうるが、植村や日本政府の立場を前提にすればこれらの問題は全く重要な問題ではなく、虚偽自体が成立しない。つまり、これは慰安婦問題に関する見解の相違に帰着する問題である。そのことを櫻井は熟知していたのであるから、摘示事実1を真実だと信じることはあり得ない。

▼櫻井の慰安婦否定論と原判決が社会にもたらした悪影響
櫻井は、従軍慰安婦は売春婦であり日本に責任はないという立場でさまざまな活動を行っており、その一環として、植村記事の捏造決めつけが行われた。このような言説は日本政府の従来の立場を否定し、日韓関係の悪化をもたらすだけでなく、日本の国際的な信用をも害するものである。
原判決は、真実相当性のハードルを下げて櫻井を免責し、日韓関係の事実上の悪化にも事実上加担したと言わざるを得ない。少数者の人権の保障を目的の一つとする司法が、このような加担をすることは司法の自殺行為であり、原判決は絶対に破棄されなければならない。

■提出した証拠一覧
(今回期日提出分、日付は作成または提出日、氏名は作成者)

▼155号=判決(東京高裁2011年7月28日、名誉毀損訴訟で真実相当性に厳格な判断を下した、以下同)
▼156号=判決(東京地裁2011年11月16日)
▼157号=判決(広島地裁2013年5月29日)
▼158号=判決(東京地裁2013年12月13日)
▼159号=判決(大阪地裁2016年4月8日)
▼160号=判決(東京高裁2016年10月24日)
▼161号=判決(東京地裁2016年7月26日)
▼162号=判決(東京地裁2017年3月28日)
▼163号=判決(東京地裁2019年3月5日)
▼164号=判決(東京地裁2019年3月26日)
▼165号=書籍「迷わない」(櫻井よしこ著、2013年12月刊、文藝春秋)
▼166号の1=太平洋戦争犠牲者遺族会への金学順さんの入会願書(1991年11月)
▼166号の2=同上の訳文(米津篤八)
▼167号の1=金学順さんの経歴書(1992年1月)
▼167号の2=同上の訳文(米津篤八)
▼168号=陳述書(元京郷新聞韓恵進記者、2019年9月17日)
▼169号=映像(KBSテレビ、1991年8月14日)
▼170号=同上の訳文(吉村功志)
▼171号の1=陳述書(キムミギョン記者、2018年4月10日)
▼171号の2=同上の訳文(吉村功志)
▼172号=陳述書(李英伊記者、2017年11月13日)
▼173号の1=日本ニュース(第145号「前線へ、女子挺身隊」、1943年3月16日)
▼173号の2=同上のビデオ反訳(永田亮)
▼174号=戦争証言アーカイブスHP(NHK、2018年11月21日)
▼175号=陳述書(能川元一、2018年7月30日)
▼176号=日記(梁順任、1991年9月19日)
▼177号=いわゆる従軍慰安婦について歴史の真実から再考するサイト(時期不明、西岡力)
▼178号=「正論」(2015年2月号、西岡力)
▼179号=「正論」(2015年3月号、西岡力)
▼180号=産経新聞(1991年9月3日、尹貞玉氏講演関連記事)
▼181号=控訴理由書(2019年8月28日、植村隆と植村裁判東京弁護団)
▼182号=毎日新聞(2019年9月14日、吉見義明インタビュー記事)
▼183号=和田春樹・東大名誉教授の意見書(2019年9月17日)
▼184号=書籍「慰安婦問題とアジア女性基金」(2007年3月1日)
▼185号=論文「政府発表文書にみる『慰安所』と『慰安婦』」(1999年)
▼186号=書籍「日本軍『慰安婦』制度とは何か」(岩波ブックレット、吉見義明、2010年)
▼187号=DVD「ふりかえれば未来が見える――問いかける元『慰安婦』たち」(1998年)
▼188号=同上の要約文
▼189号=陳述書(臼杵敬子、2019年9月17日)
▼190号=書籍「現代の慰安婦たち」(臼杵敬子著、1983年)
▼191号=記事「挺身隊アイコ30年目の帰国」(臼杵敬子、雑誌ペンギンクエッションン、1984年)
▼192号=金学順氏の証言録音(植村隆録音、1991年11月25日)
▼193号=同上の反訳文(米津篤八)
▼194号=同上の日本語翻訳文(米津篤八)
▼195号=尹貞玉氏の証言録音(植村隆録音、1990年7月17日)
▼196号=同上の反訳文(米津篤八)
▼197号=同上の日本語翻訳文(米津篤八)
▼198号=書籍「Q&A『慰安婦』・強制・性奴隷 あなたの疑問に答えます」(制作委員会編、2014年)
▼199号=写真集(抜粋、金学順氏関係部分、日本の戦後責任をハッキリさせる会、1995年)
▼200号=書籍「よくわかる慰安婦問題」(西岡力著、2012年)
▼201号=書籍「日本の論点」(文藝春秋、1992年)

※上記証拠の内、とくに重要なものについては、近日中に詳しい解説を掲載します


2019年10月10日木曜日

重要証拠提出し結審

1991年に金学順さんが証言した肉声を

植村さんが録音したテープが発見された!

札幌控訴審、判決言い渡しは2020年2月6日に


updated:2019/10/10 pm11.50
updated:2019/10/13 am10.00


札幌訴訟の第3回口頭弁論は10月10日午後2時半から札幌高裁で開かれ、植村隆さんと渡辺達生弁護士(札幌弁護団共同代表)が最終の意見陳述を行った。この後、櫻井よしこ氏側との意見のやりとりはなく、裁判長は「これで弁論を終結します」と宣言した。判決言い渡し期日は「来年2月6日午後2時半」と指定された。閉廷は午後3時ちょうどだった。

■植村さんの意見陳述「櫻井氏の言説は誤りと矛盾だらけ、地裁判決は異常だ」
植村さんは、意見陳述の中で、重要な証拠として2本の録音テープを提出したことを明らかにした。1本は1991年12月に金学順さんが日本政府を訴えた裁判の弁護団(高木健一弁護団長)の聞き取りに同席して録音したテープ。もう1本は前年の90年7月、植村さんが挺対協共同代表・尹貞玉氏をソウルでインタビューしたテープ。いずれも植村さんが録音したものだが、その後、ジャーナリスト臼杵敬子氏の手に渡り、このほど臼杵氏の自宅で発見された。
金学順さんのテープは、金さんが慰安婦とされた経緯を詳しく語る肉声が収められ、その証言を植村氏の記事が正確に再現したことがはっきりとわかる。尹氏のテープでは、挺身隊との呼称が当時韓国では一般化していた事情と、植村氏が早くから慰安婦取材をしていたことなどが詳しく語られている。

植村さんはこの2本の録音テープの内容などをふまえて、櫻井よしこ氏の言説は誤りと矛盾に満ち、「捏造」決めつけの合理的な根拠が示されていないこと、また、そのような櫻井氏を免責した一審判決も異常だと批判し、公正な控訴審判決を求めた。

渡辺弁護士は、9月17日に裁判所に提出した3通の準備書面の概要を説明し、最後に櫻井氏の政治的立場を批判し、「原判決は、櫻井について真実相当性が認められないにも関わらず、そのハードルを下げて免責し、日韓関係の悪化にも事実上加担した。このような加担は司法の自殺行為であり、原判決は絶対に破棄されなければならない。裁判所の英断を期待する」と結んだ。


この日の札幌は秋日和がまぶしく感じられる穏やかな天気で、正午の気温は22度。
開廷前、傍聴のために整列した人は81人。805号法廷の傍聴席は80だが、1人が辞退したため抽選は行われず、希望者全員が入廷し傍聴した。
植村側弁護団席には、東京弁護団の2人を含め18人が着席。櫻井氏側は6人が並んだが、主任格の高池勝彦弁護士の姿はなかった。
植村さんと渡辺弁護士の意見陳述は控訴審を締めくくるにふさわしく、気迫に満ちたものとなり、終わるたびに法廷に拍手が響いた。


■報告集会で明かされた西岡、櫻井氏の映画取材撮影拒否の言い分
裁判報告集会は午後6時から、裁判所近くの札幌市教育文化会館で開かれた。参加者は80人。
裁判報告は小野寺信勝弁護士(弁護団事務局長)が行った。小野寺氏は、裁判の経過と要点をパワーポイントで説明した後、結審に至った控訴審を振り返り、「今日の弁論で書面は出し切った。あの主張を追加しておけば、とかあれは誤りだった、というものは全くない。この書面をもって、高裁ではよほど特殊な事情がない限り、地裁判決はひっくり返るだろう。そう期待している」と語った。
続いて、映像作家の西嶋真司氏が、完成が近づく映画「標的」の解説トークをし、短縮版を上映した。西嶋氏は撮影と取材の舞台裏のエピソードも披露した。取材や撮影を拒否した重要人物は2人いて、そののひとりは、「捏造という言葉は日本語にある。なぜそれを使ってはいけないのか」と3度も言い放ったという。
その後、韓国から植村さんの応援にかけつけた「植村隆を考える会」のメンバー12人が紹介され、会場には大きな拍手が起こった。同会は9月16日にソウルで結成され、著名なジャーナリスト、大学教授、宗教家らが呼びかけ人に名を連ねている。
集会の最後に植村さんが日韓両国語で挨拶し、控訴審結審までの5年間にあった3つの変化について語った。変化のひとつは、裁判を通じて櫻井、西岡両氏のインチキぶりが徹底的、完膚なきまでにあぶり出されたこと、そして、様々な人が裁判にかかわり、民主主義、歴史の真実、人権を守る大きなネットワークが広がり構築されたこと、3つ目は自身の健康状態はすこぶる良好で食欲は旺盛、胴回りが3センチ増えてズボンがきつくなったことだという。会場には共感の拍手と笑い声が絶えなかった。



写真上段左=裁判所に向かう植村さんと弁護団、右=韓国から訪れた「植村隆を考える会」メンバーと日本の「支える会」メンバーが植村さんを囲んで裁判所前で記念撮影
中段=80人が参加した裁判報告集会と、映画「標的」監督の西嶋真司氏
下段=集会であいさつする植村さんと、「植村隆を考える会」メンバー(右端は任在慶氏=ハンギョレ新聞元副社長)

photo by 石井一弘、高波淳、ハンギョレ新聞(いずれも10月10日)

※韓国ハンギョレ新聞が特派員記事を日本語版に掲載しています

札幌控訴審、結審へ

きょう10日、第3回口頭弁論

速報(傍聴記)はきょう中に掲載します


札幌控訴審の第3回口頭弁論は10月10日(木)、札幌地裁805号法廷で開かれ、結審する予定です。
開廷(午後2時30分)に先立って、傍聴整理券の発行と抽選が行われる予定です。
報告集会は同日午後6時から、札幌市教育文化会館で開かれます。弁護団報告と映画「標的」短縮版の解説トークと上映があります。




2019年10月7日月曜日

疑問に応える審理を


東京電力の元会長ら幹部3人に無罪を言い渡した東京地裁判決(永渕健一裁判長、9月20日)について、10月6日付朝日新聞の社説「原発事故控訴 疑問に応える審理を」が判決の問題点を指摘し、指定弁護士の控訴(同30日)を支持している。
社説が指摘する判決の問題点とは以下のことである。
重要な事実を詳細に検討することなく退けたこと
裁判所が勝手に土俵を変えたこと
専門家の知見を否定したこと
明らかになった事実を適切に評価しなかったこと
結論に至る道筋と理屈に問題があること
公判で明らかになった事実に丁寧に向き合っていないこと
人々に届く言葉で説明する内容になっていないこと
この社説を読みながら、櫻井よしこ氏の責任を免じた札幌地裁判決(岡山忠広裁判長、昨年11月9日)とのあまりの相似点に驚かざるをえなかった。
民事訴訟と刑事裁判は違う、一方は損害賠償請求であり、一方は業務上過失致死傷罪である。しかし、どちらの被害も深刻で重大であり、そのことに裁判所は言及を避け、人間の良心を閉ざしている点でも共通している。

札幌地裁判決の当否を審理する控訴審は、結審が近づいている(10月10日)。札幌地裁判決は絶対に容認できるものでないことを肝に銘じつつ、朝日社説とその引用模写版「植村裁判控訴 疑問に応える審理を」を並べて掲載させていただく。

朝日新聞社説2019.10.6 下は模写版2019.10.7



原発事故控訴 疑問に応える審理を(朝日新聞社説、10月6日)
植村裁判控訴 疑問に応える審理を(模写版、10月7日、text by 北風三太郎)

福島第一原発の事故をめぐり東京電力の旧経営陣3人が強制起訴された裁判で、検察官役の指定弁護士が控訴した。
慰安婦報道をめぐり元朝日記者の植村隆氏が櫻井よしこ氏を名誉棄損で訴えた裁判で、植村氏と弁護団が控訴した。

無罪を宣告された者を被告の立場におき続けることの是非については、かねて議論がある。だが、東京地裁の無罪判決には承服しがたい点が多々見受けられ、指定弁護士が高裁の判断を求めたのは理解できる。
言論の自由の観点から記事の内容を法廷で争うことの是非については、かねて議論がある。だが、札幌地裁の棄却判決には承服しがたい点が多々見受けられ、植村氏側が高裁の判断を求めたのは理解できる。

例えば、判決は「事故を防ぐには原発の運転を停止しておくしかなかった」と断じている。指定弁護士は、防潮堤の設置や施設の浸水防止工事、高台移転などの方策にも触れ、その実現可能性について証人調べも行われた。しかし判決は、詳細に検討することなく退けた。
例えば、判決は「櫻井が植村記事を捏造だと思ったとしてもしょうがなかった」と断じている。植村氏側は、記事執筆の経緯や記事の意味、当時の報道状況などの背景にも触れ、記事の正当性について証人調べも行われた。しかし判決は、詳細に検討することなく退けた。

結果として、社会生活にも重大な影響が及び、きわめてハードルの高い「運転停止」にまで踏み込む義務が元幹部らにあったか否かが、判決を左右することになった。被災者や複数の学者が疑問を呈し、「裁判所が勝手に土俵を変えた」との批判が出たのはもっともだ。
結果として、「捏造」という重大な決めつけに、きわめてハードルの高い「裏付取材」にまで踏み込む義務を櫻井氏が果たしたか否かが、判決を左右することになった。支援者や多数の学者が疑問を呈し、「裁判所が勝手にハードルを下げた」との批判が出たのはもっともだ。

原発の安全性に関する判断にも首をかしげざるを得ない。
慰安婦の人権に関する判断にも首をかしげざるを得ない。

判決は、国の防災機関が02年に公表した「三陸沖から房総沖のどこでも、30年以内に20%程度の確率で巨大地震が起こりうる」との見解(長期評価)の信頼性を否定した。根拠として、一部に異論があったこと、電力会社や政府の規制当局が事故対策にこの見解をとり入れていなかったことなどを挙げた。
判決は、内閣官房長官が93年に発表した「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」との談話(河野談話)を無視した。根拠は示さずに、「慰安婦ないし従軍慰安婦とは、公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称」と述べた。

一体となって原発を推進した国・業界の不作為や怠慢を追認し、それを理由に、専門家らが議論を重ねてまとめた知見を否定したものだ。さらに判決は、当時の法令は原発の「絶対的安全性の確保」までは求めていなかったとも述べた。
一体となって植村批判をした右派論客・メディアの主張を追認し、それを理由に、学者、専門家らが議論してまとめた知見を否定したものだ。さらに判決は、「櫻井が資料に基づいて信じたことについて相当の理由がある」とも述べた

万が一にも事故が起こらぬように対策を講じていたのではなかったのか。巨大隕石の衝突まで想定せよという話ではない。実際、この長期評価をうけて、東電の現場担当者は津波対策を検討して経営陣にも報告し、同じ太平洋岸に原発をもつ日本原電は施設を改修している。こうした事実を、地裁は適切に評価したといえるだろうか。
万が一にも間違いが起こらぬようにと櫻井氏は取材をしていたのではなかったか。当事者のすべてを取材せよという話ではない。実際、櫻井氏は植村氏本人への取材は申し込みすらしていない。間違いを指摘されて訂正記事を2本も連発、尋問でも重要な誤りを多数認めている。こうした事実を、地裁は適切に評価したといえるだろうか。

組織や人が複雑に絡む事故で個人の刑事責任を問うのは容易ではない。有罪立証の壁の厚さは織り込み済みだったが、問題は結論に至る道筋と理屈だ。
主義や主張が複雑に絡む裁判で個人の名誉棄損を問うのは容易ではない。損害賠償の壁の厚さは織り込み済みだったが、問題は結論に至る道筋と理屈だ。

政府や国会の事故調査ではわからなかった多くの事実が、公判を通じて明らかになった。判決には、それらの一つ一つに丁寧に向きあい、事故との関連の有無や程度を人々に届く言葉で説明することが期待されたが、それだけの内容を備えたものになっていない。高裁でのレビューが必要なゆえんである。
植村氏が訴訟を起こすまではわからなかった重要な事実が、裁判を通じて明らかになった。判決には、それらの一つ一つに丁寧に向き合い、櫻井氏の誤りの有無と程度を人々に届く言葉で説明することが期待されたがそれだけの内容を備えたものになっていない。高裁でのレビューが必要なゆえんである。

2019年10月5日土曜日

韓国に植村支援の輪


韓国のジャーナリスト、元大学教授らが9月16日、ソウルで植村隆さんを支援する組織を結成しました。会の名称は「植村隆を考える会」、呼びかけ人は韓国民主化運動の重鎮たち12人。裁判支援募金も始まったということです。
このニュースを伝えた「週刊金曜日」2019年10月4日号の一部を以下に引用します。

▽9月16日、ソウル市西大門区にある飲食店「ハノイの朝」に、韓国民主化実現に貢献した重鎮たちが集まり、元『朝日新聞』記者で韓国カトリック大学校客員教授の植村隆・本誌発行人を支援する会の立ち上げを宣言する集いを開いた。会の名称は「植村隆を考える会」。韓国語では「ウエムラタカシルルセンガクハヌンモイム」で、略してウセンモだ。
▽『ハンギョレ』創刊当時の副社長、任在慶氏、元『東亜日報』記者、李富栄・自由言論実践財団理事長、辛仁羚・元梨花女子大学校総長、咸世雄神父ら12人※編注が呼びかけ人に名を連ねている。
▽結成の集いで挨拶した李富栄氏は、これまで日本に対して文句は言っても、韓国の人々と連帯しようとする植村さんのような日本人に関心を持ってこなかったと述べ、会の名称を「考える会」としたのも、単に応援するだけでなく、植村問題について真剣に考えようという趣旨からだと説明した。














※呼びかけ人​は次の12人です(敬称略)

キム・ソンジュ◆言論人。ハンギョレ新聞論説主幹、ハンギョレ新聞出版本部長を歴任、梨花女子大学校国語国文学博士
キム・ソンヒョン◆大韓民国臨時政府記念事業会理事
キム・スオク◆尤史キム・ギュシク研究会会長 
シン・インリョン◆元梨花女子大学校総長、国家教育会議議長、梨花女子大名名誉教授を歴任
シン・ホンボム◆元ハンギョレ新聞論説主幹
イ・ブヨン◆夢陽呂運亨先生記念事業会理事長、元東亜日報記者、自由言論宣言などの運動により投獄歴5回、1992年より国会議員を3期12年
イ・ヘドン◆反憲法行為者列伝編纂委員会共同代表
イム・ジェギョン■朝鮮民族大同団記念事業会長、元ハンギョレ新聞副社長 
チョ・ソンヒ◆作家、ソウル文学財団代表理事。ハンギョレ新聞編集局文化部記者、ハンギョレ新聞出版本部シネ21編集長を歴任
チェ・ヒョングク◆大韓民国臨時政府記念事業会顧問
チェ・グォンヘン◆ソウル大学名誉教授。代7期アジア文化中心都市朝鮮委員会委員長、ソウル大学 人民大学仏語仏学科教授、部教授を歴任
ハム・セウン◆神父、安重根記念事業会理事長。1987年イ・ブヨン氏が永登浦刑務所内から「パク・ジョンチョル大学生水拷問致死事件」の真相を伝えた神父
パク・ドンジン◆総務、大韓民国臨時政府記念事業会研究室長

韓国言論人らに学ぶ

10月10日に札幌高裁で控訴審が結審するのを機に、韓国から12人の言論・文化人が札幌を訪れ、裁判の傍聴や報告集会に参加する予定です。来札するのは、9月16日にソウルで結成された「植村隆を考える会」(ウセンモ)の呼びかけ人や賛同者です。このうち、ハンギョレ新聞元論説主幹の慎洪範(シン・ホンボム)さんと民主言論市民連合事務処長の金彦卿(キム・オンギョン)さんは、翌11日に札幌で開かれるシンポジウム「いまこそ報道の自由を我が手に!」に講師として出席します。
同シンポジウムの開催要領は以下の通りです。
日時■10月11日(金)午後1時30分~4時
会場■札幌市教育文化会館302会議室 (中央区北1西13)
参加費■500円
問い合わせ■韓国ジャーナリストから学ぶ会(080-1898-7037七尾)
テーマ■韓国記者、勇気と闘いの証言
講師■
ハンギョレ新聞元論説主幹 慎洪範(シン・ホンボム)さん=1941年生まれ。朝鮮日報記者として自由言論運動を展開し、解雇。その後、民主化運動にかかわる。1986年に「報道指針」事件で逮捕・拘束される。ハンギョレ新聞の創刊に参加し、論説主幹をつとめた
民主言論市民連合事務処長 金彦卿(キム・オンギョン)さん=1968年生まれ。民主言論市民連合の事務処長として、国会議員選挙、大統領選挙などのメディア監視を主導している
■主催者呼びかけ
1980年代、韓国の全斗煥軍事独裁政権は「報道指針」という名の言論統制を行っていた。文化広報部が連日、詳細な報道統制のガイドラインを秘密裏に各メディアに通告していたのだ。例えば「金大中の写真や単独会見は不可」(86年5月28日付けの指針)という具合である。事実上の検閲だった。
この報道指針を、86年9月に民主言論運動協議会(民言協)の機関誌「マル(言葉)」特集号が暴露した。警察は元朝鮮日報記者で民言協の中心になっていた慎洪範(シン・ホンボム)執行委員ら3人を連行。3人は、刑法の外交上の機密漏洩罪などで起訴され一審で有罪となった。しかし、「言論の自立性の保障」などをうたった87年6月の「民主化宣言」の後に行われた控訴審で、3人は無罪となり、最高裁で無罪が確定した。「(マル誌)事件は『報道指針』の撤廃はもとより、市民の民主化運動の導火線となった」(韓永学著『韓国の言論法』)と言われる。
今回、「マル」事件の中心メンバーだった慎洪範さんが札幌を訪れる機会に、過酷な言論統制の時代になぜ暴露ができたのか、その勇気と闘いについて語っていただく。
民主言論運動協議会は現在、民主言論市民連合(民言連)と名を変え、選挙報道の監視などメディアウオッチングを続けている。その事務処長の金彦卿(キム・オンギョン)さんも来札される。金さんからは、現在の活動についての報告を受ける。
日本では、安倍晋三政権下で、メディアの忖度報道が広がっている。それは、メディア自らが「報道指針」を定めていると言えるのではないか。隣国の過去は、日本の明日かもしれない。
韓国からのおふたりの証言と報告について、シンポジウム形式で意見交換と質疑を行い、両国の市民、ジャーナリストの間の理解と交流、連帯を深める機会としたい。


2019年10月4日金曜日

「抗い」札幌で上映


記録作家・林えいだいを題材にしたドキュメンタリー映画「抗い」の上映会が10月11日に札幌であります。
林えいだいは九州・筑豊を根拠地に、歴史に埋もれた事実を掘り起こし、すぐれたルポルタージュを世に送り出した作家です。1933年福岡県に生まれ、反権力、反戦、反差別を貫き、2017年9月、84歳で没しました。映画「抗い」は、がんと闘う晩年の林えいだいのインタビュー映像を通して反骨の作家の魂の軌跡をたどり、ジャーナリズムは戦争、公害、差別とどう向き合ったのか、という重い問いを突きつけます。
監督は現在、植村隆さんの闘いの日々を記録する映画「標的」を制作中の映像作家西嶋真司さんです。「標的」の短縮版が前日の10日、植村裁判報告集会(札幌)で上映されるのを機に、「抗い」の上映会が実現しました。

日時■10月11日午後6時30分~8時40分。上映時間は100分、上映後に西嶋監督のトークがあります
会場■札幌市教育文化会館301会議室 (中央区北1西13)
鑑賞券■前売り1200円、当日1500円、25歳以下500円
問い合わせ■映画「抗い」上映実行員会(080-1898-7037七尾)
予告編はこちら

権力の前に沈黙を強いられた名も無き民へのまなざし
■映画「抗い」あらすじ■
福岡県筑豊の旧産炭地には、今もアリラン峠と呼ばれる場所がある。そこは、かつて日本に徴用された朝鮮人たちが炭鉱に向かう時に歩いた道である。しかし、その名は地図には載っていない。福岡県筑豊を拠点に、朝鮮人強制労働や公害問題、戦争の悲劇などの取材に取り組んできた記録作家・林えいだいがアリラン峠を歩く。林は筑豊に渦巻く様々な歴史の真相、国のエネルギー政策に翻弄された名もなき人々を記録してきた。
若い頃には北九州市教育委員会社会教育主事として地域の婦人会と公害問題に取り組み、告発運動に至る。37才の時に意を決して退職、フリーの記録作家となった。
林が記録作家になった背景には、反戦思想を貫いた父親の存在がある。神主だった父親の寅治は、民族差別に耐えかねて炭鉱から脱走した朝鮮人鉱夫たちを自宅に匿った。「国賊」、「非国民」とされた父親は、警察の拷問が原因で命を落とした。その体験が林の取材活動の原点となっている。
2014年8月9日、福岡市の雑木林を林が訪れる。1945年の同じ8月9日、そこで一人の特攻隊員が日本軍に銃殺された。国の命運をかけた重爆特攻機「さくら弾機」に放火したという罪が着せられていた。林はこの青年が朝鮮人であるが故に無実の罪を着せられたのではないかと疑念を抱き、真相に迫ろうと放火事件の目撃者のもとを訪ねる。徹底した取材の姿勢は、対象となる人物の重たかった口をも開き、決して忘れてはならない真実を浮き上がらせるのだった。
現在の林は、私設図書館の「ありらん文庫」に愛犬の「武蔵」とともに暮らしている。朝鮮人強制労働、公害問題、特攻隊の実相など、徹底した取材による膨大な資料が積まれ、歴史に埋もれた事実をここで記録してきた。
林が生まれ育った筑豊の炭鉱では、人々が懸命に生き、歴史を作った。女坑夫や石炭を荷積みする女沖仲仕など、明治から大正昭和にかけて日本の経済を支えた女性たちのことも生き生きと描いた。
重いがんと闘う林の指は、抗がん剤の副作用でペンを持てないほどだ。それでもセロテープでペンを指に巻き付けながら懸命に記録を残す。権力に棄てられた民、忘れられた民の姿を記録していくことが自分の使命であると林は語る。
「歴史の教訓に学ばない民族は 結局は自滅の道を歩むしかない。」 林えいだい

■林えいだいという生き方(監督 西嶋真司)■
抗いに満ちた人生だ。その抗いはどこから来るのか。それは国益の追求や戦争遂行のため、人の命を軽視する権力への抗いであり、誰からもかえりみられることなく真実が消え去ろうとする記憶の風化への抗いである。えいだいさんは権力の前に沈黙を強いられた人々の声に耳を傾け、その記録を続けている。生きるための自由を奪われた人々に、器用に振る舞うことのできない自分自身を重ねているようにもみえる。権力とは常に一線を画す反骨精神がそこにある。
「反骨のジャーナリスト」などという言葉は、そもそも存在しないという。反骨はジャーナリズムの基本であり、反骨を失ったジャーナリストは、すでにジャーナリストとは呼べない。作家としてのえいだいさんは全国的にはあまり知られていないし、その暮らしも決して楽ではない。しかし、この人には権力や世論に迎合して売れる本を書こうなどという思いは一欠片も無い。筋金入りとは、こういう人のことをいうのだろう。
病室で執筆を続けるえいだいさんに、何のために記録するのかを聞いたことがある。投薬で声がかすれたえいだいさんは、その答えを一枚の紙に書いてくれた。
「権力に棄てられた民 忘れられた民の姿を記録していくことが私の使命である」。
ゴツゴツした文字から強い信念が伝わってきた。映画『抗い』の中で、記録作家の使命を感じていただければありがたい。

2019年10月3日木曜日

いよいよ東京控訴審

東京控訴審の第1回口頭弁論は10月29日(火)、東京高裁101号法廷で開かれます。開廷(午前10時30分)に先立って、傍聴整理券の発行と抽選が行われる予定です。
報告集会は同日午後2時から、参議院議員会館101会議室で開かれます。弁護団の報告、映画「標的」短縮版の上映、控訴審で新たに提出する証拠・証言についての説明があります。
東京控訴審第1回 2019.10.29

札幌控訴審第3回 2019.10.10

《既報》札幌控訴審の第3回口頭弁論は10月10日(木)、札幌地裁805号法廷で開かれます。審理はこの日で終了し結審する予定です。開廷(午後2時30分)に先立って、傍聴整理券の発行と抽選が行われる予定です。
報告集会は同日午後6時から、札幌市教育文化会館で開かれます。弁護団報告と映画「標的」短縮版の解説トークと上映があります。