2017年12月10日日曜日

原寿雄さんを悼んで

ジャーナリストの原寿雄さんが、11月30日に亡くなりました。
原寿雄さんは、高い識見をそなえ豊かな経験をもつジャーナリストとして、「負けるな北星!の会」の呼びかけ人に名を連ね、また、植村裁判が始まってからは東京地裁に意見書を提出し、植村さんと私たちを支えてくれました。
これまでのご支援に感謝を捧げ、ご冥福をお祈りします。


追悼 「良心を発動」の呼びかけ忘れずに伊藤誠一

弁護士、植村訴訟札幌弁護団共同代表

慎んで哀悼の気持ちを表明します。
原さん(お話を伺ったことなく、面識もございませんが、親愛の情からこう呼ばせていただきます)には、私が青年の頃より、日本社会の動きとジャーナリズムの実際が問われる場面で必ず、そのご発言を参照させていただいておりました。
戦中、戦後を俯瞰する長い時間軸にこの2つを定位させて関係を論じられる、あるべきジャーナリズム、ジャーナリストへの提言は、私のささやかな知の中に取り込ませていただきました。
2014年8月の朝日新聞による「慰安婦報道検証」とその周辺についての発言、「『良心的であればいい』ということで終わらず具体的な言動で『良心を発動し始めよう』と呼びかけたい」、「一人で行動するのが難しかったら、2、3人で集まるなどしてとにかく何らかの形で良心を発動させていく」(月刊「ジャーナリズム」2015年3月号)は、志あるジャーナリストに対する呼びかけですが、「社会正義を実現する」とその使命を法に規定された弁護士の現代社会との向き合い方について、強く響きます。
還暦を遠く過ぎた今日も座右の銘のごときを持てないできていますが、原さんのこの言葉は忘れないでいきたいと思っています。

追悼 勇気づけ支えてくれた大先輩植村隆

元朝日新聞記者、植村裁判原告、韓国カトリック大学客員教授

ジャーナリストの大先輩、原寿雄さんの訃報を聞き、大きなショックを受けています。
「もうお会いできないか」と思うと、悲しくてなりません。
原寿雄さんのことを知ったのは、いまから40年近く前、早大生時代でした。早稲田の古本屋で、「デスク日記」という本を見つけ、夢中になって読んだ記憶があります。原さんが、小和田次郎というペンネームで書いたものです。
デスクとは、新聞社で、記者の書いた原稿をチェックして、出稿する担当者のことを言います。そのデスク体験から、報道について洞察された記録でした。この本は新聞記者を目指す私にとって、とても参考になりました。そして、ますます新聞記者になりたいと思ったものです。
その後、朝日新聞の記者となり、原さんの他の著書も読ませていただきました。
お会いする機会は長らくなかったのですが、新聞記者の大先輩として、教えられることが多く、尊敬しておりました。
その原さんにお会いし、話をすることができたのは、植村バッシングがきっかけでした。1991年の慰安婦問題の記事をめぐって、2014年1月末発行の「週刊文春」で、「捏造記者」とレッテル貼りされ、激しいバッシングを受けていた私に、救いの手を差し伸べてくれたのが、原さんでした。
原さんと筆者(2014年11月)
その年の8月5日、朝日新聞は私の記事について、「事実のねじ曲げない」と「捏造」を否定したのですが、バッシングは収まりませんでした。朝日新聞の先輩である藤森研・専修大学教授が、とても心配し、原さんらジャーナリズム界の大先輩たち数人を前に事情説明をする機会をつくってくれました。そして、9月、私は東京で原さんたちに、資料を見せて、「捏造記者」でないことを詳しく、説明しました。原さんも理解してくれ、応援をしてくれることになりました。
原さんは、「自分の会社の記者が、『捏造記者』とされているのに、何で朝日は動かないのか」という趣旨の話を私にしてくれました。その怒りが、私の心に響きました。
その年の11月、東京でジャーナリズム関係者を前に報告する機会がありました。メディア総研の例会でした。原さんは一番前の席に座っておられました。その姿が、どんなに、私を勇気づけてくれたことでしょうか。この場が、東京での反転攻勢の大きな契機になりました。
ゆがんだ誹謗中傷の記事がどれほど多く書かれても、原さんが私を理解し、私の側に立っていてくれていることが、私にとって、大きな心の支えでした。そして、私を支援してくれるジャーナリストの仲間たちが、どんどん増えていきました。
原さん、ありがとうございました。
ご冥福を祈っております。
そして、私は日本のジャーナリズムを守るため、闘い続けます。

マケルナ会メッセージと植村裁判意見書

■原さんは、2014年10月6日に東京であった「マケルナ会」発足記者会見に、呼びかけ人のひとりとしてメッセージを寄せました。その全文です。

植村さんの勤務先である北星学園大学への脅迫に加え、娘さんに対するひどい脅迫めいたバッシングは、単なるヘイトスピーチではなく、明らかな犯罪だ。こういうことが見過ごされるようになったら、日本社会の自由な言論が封じられ、ものが言えなくなる。これは、大学の自治だけの問題ではなく、日本社会の大問題である。

■2015年12月には、東京地裁に植村裁判についての陳述書を提出しました。A4判2ページの簡潔な意見書です。その一部を掲載します。

陳述書 2015年12月11日
1 私の経歴(略)
2 ジャーナリズムにおける「捏造」の意味
ジャーナリズムの世界では、「誤報」「盗用」「捏造」がよく問題になります。「誤報」はある程度やむを得ない面がありますが、「盗用」と「誤報」は犯罪であり、真実追及を掲げるジャーナリズムの世界では許されないものです。

(1)「誤報」について(略)

(2)「盗用」と「捏造」について
「盗用」と「捏造」は、ジャーナリズムとしての「犯罪」だと思っています。「盗用」は著作権の問題がありますから、刑事告訴されてもやむを得ない。
「捏造」も(刑事罰はないとしても)、ジャーナリストとしては「犯罪」視すべきものです。「捏造」は「誤報」と違い、意図的に行われるものです。「捏造」の「捏」は捏ねる(こねる)という意味です。粘土をこねて何かを作りだすというのが「捏造」の意味なのです。
捏造記事といって、まず思い出すのは、伊藤律会見捏造事件(1950年9月27日付け朝日新聞夕刊)です。朝日新聞としては恥ずべき歴史的不祥事です。
消息を絶った日航機が三原山に衝突した事件で、事実は乗客30人全員が犠牲となったのに、長崎民友新聞は、「漂流して全員救助」の誤情報を受けて、「危うく助かった大辻伺郎」の見出しをつけて、乗客だった漫談家の話として「漫談の材料が増えたよ」という談話を掲載したということもあります(1952年4月10日付け長崎民友新聞)。
共同通信社でも、セイロン(現スリランカ)で失敗に終わった皆既日食観測を成功と報道してしまった例がありました。(1955年6月20日)。これは成功の場合と失敗の場合の予定稿を用意していたのですが、確認がとれず、英国観測隊が成功したとのセイロン放送に依拠して、“英国隊から僅か12キロの距離にいる日本観測隊も成功したはずだ”という在京の本社デスクの判断で記事を出してしまったというものです。記事の中には「喜びの瞬間、観測隊長は胸から手帳が落ちたが拾おうとしない」云々と、あたかも見てきて記事を書いたような脚色があるので、これは「捏造の一種」でしょう。捏造は意図的である点で悪質です。
「捏造」を行った記者は、読者、視聴者への背信として、懲戒処分(場合により懲戒解雇)を免れません。それほど「捏造」の罪は重いのです。

3 植村さんの問題について
「捏造」は犯罪であり、「捏造記者」と言われることは、ジャーナリストとしての「全人格の否定」です。最大最高級の侮蔑、と言ってもいいでしょう。
ジャーナリズムの使命は、真実の報道ということです。「捏造」は意図的に真実でないことを報道するのですから、ジャーナリズムの使命を真正面から否定することです。
「捏造記者と呼ばれるより三流記者とか御用記者のほうが、名誉毀損度は高い」と言う人もいるそうですが、そうではありません。「三流」とか「御用」というのは評価の問題です。「捏造記者」というのは、嘘を書くのが平気な人ということで、ジャーナリズムの世界では、最大の侮蔑的な言葉です。

4 まとめ
植村隆さんが、「捏造」記者と報道されたのは、新聞記者として致命的な名誉毀損だと考えます。裁判所はこのことをご理解いただき、公正な裁判をして頂きますようお願いいたします。
以上 

■原寿雄さんの訃報(12月8日、共同電)

「デスク日記」や「ジャーナリズムの思想」の著者で、報道の在り方を問い続けた元共同通信社編集主幹のジャーナリスト、原寿雄(はら・としお)氏が11月30日午後6時5分、胸部大動脈瘤破裂のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。92歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は親族のみで行った。喪主は妻侃子(よしこ)さん。
東大を卒業。1949年に社団法人共同通信社に入り、社会部次長、バンコク支局長、外信部長、編集局長、専務理事、株式会社共同通信社社長を歴任。新聞労連副委員長や神奈川県公文書公開審査会会長、民放とNHKでつくる「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた。


2017年11月23日木曜日

本人尋問期日が決定

札幌訴訟 

櫻井よしこ氏と植村氏の本人尋問
2018年3月23日(金)に決定

植村裁判札幌訴訟の進行協議が11月22日、札幌地裁で開かれ、原告植村隆氏と被告櫻井よしこ氏が出席する本人尋問(第11回口頭弁論)は2018年3月23日(金)に実施することになりました。
また、それに先立つ第10回口頭弁論(2月16日、開始時間未定)で行う証人尋問についても協議が行われましたが、結論は来年1月11日(木)に開く進行協議に持ち越されました。本人以外の証人の人選は、これまでに原告側は喜多義憲(元北海道新聞ソウル特派員)、吉方べき(言語心理学者)、田村信一(北星学園大学学長)の3氏を、被告側は西岡力(元東京基督教大学教授、東京訴訟の被告)、秦郁彦(歴史学者)の2氏をそれぞれ申請し、本人の陳述書もすでに提出されています。この日の協議で、岡山忠広裁判長は、「主尋問に対する反対尋問を必要とするかどうかで証人の採否を考える。学者は専門的知見を意見書として提出すればいいのではないか」との考えを示しました。この考えによると、証人は喜多氏以外は不採用となります。被告側は強く反対しました。そのため、裁判長は協議をつづけることにしました。

<以上は、同日夜に開かれた植村裁判報告集会で小野寺信勝弁護士(原告弁護団事務局長)が報告した内容の要約です>

11月22日報告集会

札幌訴訟の進行協議があった11月22日、報告集会が札幌市教育文化会館で午後6時半から開かれた。弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士が証人尋問についての協議結果を報告した後、植村さんが韓国での3つのできごと(女子高での講演、日韓学生セミナー、ナヌムの家遺品館開所)をスライドを上映しながら語った。講演は、日本報道検証機構代表で弁護士の楊井人文さんが「フェイクニュース問題とは何か」と題して行い、誤報を検証し監視するファクトチェック組織が海外で大きく広がっている現状を紹介した。
楊井さんの講演と植村さんの報告の要旨は次の通り。

■楊井さんの講演
《フェイクニュース問題とは何か~「捏造」決めつけの背景に迫る》
ことしの流行語大賞の候補のひとつに「フェイクニュース」がなっているそうだ。フェイクニュースは偽装ニュースと訳されている。ウソのニュース、でっちあげ、などという意味でトランプ氏が使っている。単なる誤報ではなく、それを発信する側を非難する文脈で使われている。私には今もってよくわからないところがあり、フェイクニュースという語は極力使わないようにしている。
私は「誤報」問題をずっと扱ってきた。メディアが日々提供するニュースが正しいのかどうかは一般読者にはわからないことが多い。判断できるのはニュースの当事者か、専門家だ。私たちは誤報にさらされていることに気づかないでいた。日本のメディアには、訂正をしないという共通の病理がある。ニューヨークタイムスの訂正欄はいちばん目立つページにあり、毎日10本程度の詳しい訂正記事が載っている。
5年前に「GoHoo」というサイトを設立した。マスコミ誤報検証・報道被害救済サイトで、一般社団法人日本報道検証機構が運営している。これまでに700件あまりの指摘をしてきた。このようなサイトは日本にはひとつしかないが、海外では欧米、アフリカ、アジアで広がっている。現在136以上のサイトがあるといわれている。そこで使われているのは、ファクトチェックという言葉だ。私も、フェイクニュースではなくファクトチェックという言葉を使いたい。ファクトチェックとは、取材過程のチェックではない。見解・評価が正しいかどうかを判定することでもない。すでに発表された事実に関する言明の真偽・正確性を検証する活動だ。
ファクトチェックには人とお金も必要だが、まずネットワーク作りが必要だ。ことし7月、スペイン・マドリッドでファクトチェック国際会議「GlobalFact4」が開かれ、40カ国以上から約180人が参加した。この会議は、2015年に発足した国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が主催している。私も参加した。印象に残ったのは女性が多いということだった。既存のメディアが男性支配であることの反映だろうか。韓国ではことし3月にソウル大学にファクトチェックセンターが開設され、大手新聞や公共放送16社が活動に共同参加している。ファクトチェックの取り組みは先進国では日本がいちばん遅れている.
私は6月にファクトチェックイニシアティブ(FIJ)を設立した。FIJは、10月の総選挙で政治家の発言や新聞の報道、ネット上に流れた言説などの情報を扱った。松井・大阪府知事の発言(大阪では教育無償化を実現している)、産経新聞の報道(立憲民主党の新党結成要件に衆院解散後の前職はカウントされない)など22件ある。松井知事はその後、言わなくなった。産経は訂正したが、ネット上で広がったままで、それを使う人がいたりした。私たちのこのプロジェクトは朝日新聞の一面でも紹介されたが、それは名古屋本社版だけだった(笑い)。
朝日新聞社は、森友・加計学園問題についての報道を「戦後最大級の報道犯罪」と書いている本の著者と出版社に対して抗議・訂正の申し入れを送り、同社のサイトで公開した(11月21日)。16カ所に及ぶ記述を事実誤認、名誉棄損とし、具体的に反論している。(同じようなことは)これまではほったらかしにして、まわりまわって蒸し返されたりした。その教訓だろうか、きちんと出すことはいことだし、重要だ。
ジャーナリズムでは捏造と盗用をすれば一発退場だ。ファクトチェックせずして、偽ニュースを語るなかれ。植村さんは捏造と決めつけられたが、捏造という決めつけ表現は、よほど慎重に調査してやらなければならない。安易に使ってはいけない。


■植村さんの報告《韓国2017秋》
カトリック大学のある地元、プチョン(富川)市の冨川女子高校に招かれて講演に行った。校舎に入ると階段に沿って「少女像」のポスターがたくさん掲示されていた。よく見ると有名な少女像の顔ではなく、生徒たちの顔であることに気がついた。生徒たちは慰安婦問題を自分自身のこととして重ね合わせて考えているのだ、ということがわかった。講演の後、記念撮影やサイン会で盛り上がった。約100人の生徒たちから送られた1冊の寄せ書きノートには、私へのメッセージや上手な似顔絵がびっしりと書かれていた。
ジャーナリストをめざしている学生たちが日本からやって来て、韓国の学生と交流するセミナーが開かれた。日本ジャーナリスト会議や新聞労連の有志が企画した催しで、私はコーディネーター役を務めた。11月1日から5日まで、ソウルの新聞社見学やソウル市長インタビュー、板門店取材などを行った。慰安婦だったハルモニ(おばさん)たちが暮らすナヌムの家も訪問し、つらい体験談に学生たちは耳を傾けた。日本からの参加学生は24人で、うち4人が中国人留学生だ。日中韓の若者たちが語り合う5日間のセミナーだった。このような交流から生まれるものに私は期待したい。
ナヌムの家に遺品館が作られ、11月18日に開所式が行われた。ナヌムの家で亡くなったハルモニの思い出の品や似顔絵が展示されている。アンネ・フランクは日記を残すことができた。日記を残さないハルモニたちは、ここで、みなアンネになった。慰安婦の記憶が遠ざけられようとしているいま、こうして記憶をつないでいくことが大事だと思う。日本からもたくさんのボランティアが訪れていた。札幌から来た看護師さんはハルモニの身体をリフレクソロジーでマッサージして喜ばれていた。

楊井講演、植村報告とも、ブログ管理人H.Nがまとめました。文責はH.Nにあります>


2017年11月19日日曜日

解説マガジン発行!

大詰めの重要局面にさしかかった植村裁判のすべてを、わかりやすくまとめたマガジンタイプの「徹底解説本」ができました。11月22日に発行します。
東京、札幌両訴訟の争点を整理し、原告弁護団の法廷での迫真の弁論をつぶさにたどり、被告たちの主張の根拠が完全に崩れ落ちたことを明らかにする渾身のドキュメント集です。解説、記録、情報、資料をたっぷり収録しました。
【主な内容】Q&A植村裁判の争点、植村隆・意見陳述全文、東京・札幌訴訟の口頭弁論全傍聴記、弁護士と新聞記者による論考集「被告たちの主張は最初から破綻していた」、慰安婦報道をめぐる裁判、全国に広がる支援の輪と応援の声、訴状全文、ブックガイドほか。B5判、本文横組み60ページ、表紙カラー4ページ。頒価300円。

◆購入申し込みは下記あてにお願いします。①お名前②住所③電話番号④冊数、を明記してください。代金と送料(1冊180円)は、こちらから本に同封する振込用紙でお支払いください(後払いです)。
uemurasasaeru@gmail.com または、FAX011-351-6292

表紙2、4ページ


目次ページ

2017年10月13日金曜日

東京第10回口頭弁論

なおも「論評」と言い逃れる被告側の逃げ道をふさいだ

東京訴訟で今年最後となる第10回口頭弁論が1011日、東京地裁で開かれた。傍聴券の抽選はなかったが、専修大・藤森ゼミの学生など初めて傍聴に参加する人も多く、同地裁で最も大きい103号法廷は満席となった。遅れてきた数人は入場できずに「立ち見はだめですか」と残念がる一幕もあった。次回から抽選が復活する見通しだ。壇上の裁判官たちは、傍聴席を埋め尽くした老若男女が真剣に耳を傾けている姿を目の当たりにして、植村さん支援の熱意が続いていることを実感したはずだ。今後も傍聴をぜひお願いしたい。

■「論評」の前提となっている事実の記述は「論評」ではない
午後3時前に開廷。被告の西岡氏・文春側は主任の喜田村洋一弁護士が欠席し、若い弁護士ひとりだけ。原告側弁護団は植村さんを囲むように10人が顔をそろえた。原告が提出した準備書面や証拠説明書を確認したあと、原告弁護団事務局長の神原元弁護士が第9準備書面の要旨を朗読した。

裁判の焦点である「捏造」という表現が名誉棄損にあたるかどうか、をめぐって、被告側は「『捏造』というのは事実の摘示ではなく、意見ないし論評」であると主張している。言い逃れとしか思えないような主張だが、神原弁護士は切れ味のよい2段構えの反論を展開した。「捏造」という表現が「意見ないし論評」にあたるがどうかは別としても、その「論評」の前提になった事実摘示そのものが「不法行為にあたる」という主張だ。
たとえば、「(植村さんが)義理のお母さんの起こした裁判を有利にするために、紙面を使って意図的なウソを書いた」と西岡氏は書いている。「捏造」という言葉こそ使っていないが、「意図的にウソを書いた」という記述は「意見ないし論評」ではなく明らかに事実として書いている。新聞記者が利己的な動機で読者をだます記事を書いた、ということを「事実」として述べているわけだ。
神原弁護士は「これは証拠によって存否を決めることができる問題です」と指摘。被告側が「意見ないし論評」と言い逃れる抜け道をピシャリとふさいだ。

■社会的評価を低下させる記述自体が不法行為にあたる
ほかにも、「(金学順さんの)キーセンへの身売りを知らなかったなどあり得ない。分かっていながら都合が悪いので意図的に書かなかったとしか言いようがない。」などという西岡氏の記述を取り上げて、これは植村記者の社会的評価を低下させることを狙っており、「それ自体が不法行為にあたる」と断言した。

もう一つの論点は、西岡氏と文春側は何を、どこまで立証するつもりなのか、という点だ。
週刊文春の記事は、植村さんが就任先の大学で「慰安婦問題について取り組みたい」と述べたと書いているが、被告側はこの点を立証していく意思を示した。神原弁護士は「この点は、被告・週刊文春が植村さんに対するバッシングを故意にあおった部分であり、重要な意味を持ちます」と指摘。取材にあたった週刊文春のT記者の取材メモの提出を求めた。植村さんは当時そのような言動をしていないので、いったいどうやって「立証」するつもりか、被告側のお手並み拝見というところだ。

この「立証」の要求に対して、被告側弁護士は「持ちかえって検討します」と答えただけ。原裁判長は被告側に11月13日までに回答を提出するよう求めた。今度は被告側が、どんな「取材」をしたのか、しなかったのか、その手の内を明らかにする番だ。

次回(第11回口頭弁論)は来年1月31日午後3時半から。

裁判の後、午後4時から参議院議員会館で報告集会が開かれ、神原弁護士と植村氏が報告、楊井人文氏(弁護士、日本報道検証機構代表理事)が「フェイクニュースにどう向き合うか」と題して講演した。

写真上左から、神原弁護士、楊井弁護士、植村さん。
下=会場の参議院議員会館講堂






2017年10月11日水曜日

10月の裁判と集会


東京訴訟の第10回口頭弁論と集会は10月11日にありました。
札幌訴訟の集会は10月13日にありました。


2017年9月30日土曜日

高裁でも朝日が勝訴

慰安婦報道をめぐって朝日新聞が訴えられている民事訴訟(賠償請求)で、また原告敗訴、朝日勝訴の判決がありました(9月29日)。

【朝日新聞9月30日朝刊】
慰安婦訴訟 二審も本社勝訴
朝日新聞の慰安婦に関する報道で「国民の名誉が傷つけられた」として、国内外の56人が朝日新聞社に1人1万円の慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(村田渉裁判長)は29日、原告の請求を棄却した昨年7月の一審・東京地裁判決を支持し、原告の控訴を棄却した。
 対象は、慰安婦にするため女性を無理やり連行したとする故吉田清治氏の証言記事など、1982~94年に掲載された計13本の朝日新聞記事。原告側は「日本国民の国際的評価を低下させ、国民的人格権や名誉権が傷つけられた」と主張し、2015年1月に提訴した。一審では2万5722人が原告に名を連ねた。
 判決で高裁は「旧日本軍の行為や政府の対応を指摘する内容で、原告を対象とした記事とはいえず、原告の名誉を侵害したとはいえない」と判断した。また、「国民一般が、知る権利を根拠として、報道機関に対し誤った報道の訂正を求める権利を有するとは解されない」とも述べた。
 朝日新聞社広報部は「弊社の主張が認められたと考えています」との談話を出した。

朝日新聞を訴えた訴訟はこの裁判を含めて3つあり、いずれも1審は原告が敗訴、2審も2つめの敗訴、計5連敗ということです。なお、この裁判の原告弁護団長、高池勝彦弁護士は、植村裁判の札幌訴訟では被告櫻井よしこ氏の代理人をつとめています。

2017年9月24日日曜日

『真実』必読の書評

ひとつの書評がいま共感の輪を広げています。関西で活動している「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」のブログに掲載されている植村さんの著書『真実』の書評です。掲載日はことし3月4日ですからもう半年たっていますが、最近になって初めて目にした人たちの間で、評判になっています。「目線が温かくて、率直に共感を寄せられていて、力づけられた」「とても良い紹介ですね」「植村バッシングの本質を簡潔明快に突いている」「植村さんが勇気をもって再び慰安婦報道を『再開』したことの意味をしっかり伝えてくれている」「植村さんの生き方は確実に人々の共感を呼ぶのだと確信しました」……。
筆者のおかだだいさん、ありがとうございます。書評の全文を以下に掲載させていただきます。

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植村隆著『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)を読みました。

植村さんは言わずと知れた、産経新聞や右派論壇に「捏造記者」と猛バッシングを受けた人。1991811日、金学順さんが名乗り出る3日前に彼女の証言テープを聴いて朝日新聞にその第一報を書いたために言われもない批判を受けることになりました。朝日新聞を退職し松蔭女子学院に就職が決まっていた植村さんに対するバッシングは苛烈を極め、娘までもが殺害予告を受け、松蔭の職を失うことになりました。現在は西岡力と週刊文春に対する名誉毀損裁判を東京地裁で、櫻井よしこと週刊新潮・WiLL・週刊ダイヤモンドに対する名誉毀損裁判を札幌地裁で闘っています。

日本軍「慰安婦」問題という側面でだけみれば、植村さんが特筆した仕事をしたとは思えません。日本軍「慰安婦」問題がここまで大きな問題になったのは金学順さん自身が名乗り出たからであり、「記事が」ではなく、金学順さんの存在そのものが社会にインパクトを与えたからです。それに植村さん自身が書いているように、植村さんの配偶者が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部の子だということもあって、「慰安婦」問題からは距離をおいていたのだといいますし。

植村さんの記事は「強制連行」とは書いていませんし、「挺身隊」という言葉は当時の韓国では「慰安婦」と同義でした。当時の記事に接した人も、「慰安婦」か「挺身隊」かということで「捏造」などと思った人はいないのではないでしょうか。ましてや植村さんの記事では「強制連行」とは書いていないのに、批判する当の産経新聞では「強制連行」と書いているのですから。植村さんに対する誹謗中傷は、全く的外れです。

結局は、第一報を朝日新聞に書いたのが植村さんだったということと、植村さんの義母のことがあって「叩きやすかった」というだけにすぎません。そして奴らにとってみれば「慰安婦」問題の事実が何かということよりも、「慰安婦」問題を「叩く」ことこそが必要だったということなのでしょう。

今でも「強制連行はなかった」「性奴隷ではない」と、右派論壇ばかりか安倍首相自身が公言してはばかりません。もちろんそれは事実ではないのですが、「捏造記者」というレッテルと同様、事実が事実として通用しないのが今の日本です。

しかし、そういういわれなきバッシングを受けた被害者……というイメージだけで植村さんの人となりを捉えてはいけないのだということが、この本を読んでよくわかりました。

学生時代から韓国の民主化運動に関心を寄せ、ソウルでの語学留学時代にも手書きのミニ新聞で韓国情勢と日本の戦争責任を発信したそうです。大阪社会部時代には夕刊に「이우 사람(隣人)」というコラムを書き、在日コリアンの置かれた状況を報じました。特に在日韓国人政治犯問題には強い関心をもって取り組んだのだそうです。

その流れでの「慰安婦」問題です。金学順さんが名乗り出る前の1990年には「慰安婦」被害者の証言を取るために訪韓するも空振り。1991年に先述の第一報を報じますが、その後「慰安婦」問題については記事を一つ書いただけでテヘランへ異動することとなり、先述の通り本人の意志もあって距離をおくことになります。

韓国の民主化運動と在日コリアンの社会に対する植村さんの姿勢には、強く共感します。また1990年の取材中に知り合った彼女と、彼女の親の反対を押し切って駆け落ち同然で一緒になった愛を貫く生き方にも、感銘を覚えます。

金学順さんが名乗り出た直後、植村さんが当時雑誌「MILE」に書いた記事にこうあります。
「太平洋戦争開戦から50年たって、やっと歴史の暗部に光が当たろうとしている。この歴史に対して、われわれ日本人は謙虚であらねばならないし、掘り起しの作業を急がねばならない。放置することは、ハルモニたちを見殺しにすることに他ならないのだ」

「慰安婦」問題からいったん距離をおいた植村さんは、先日、週刊金曜日に(自身の裁判等のことではなく)「慰安婦」問題の記事を書きました。25年たって、初めてのことだそうです。
その記事のことはこの本で知ったのではなく、この本を買う機会になった223日の大阪での集会で、植村さん自身がおっしゃっていたこと。

バッシングを受けた人間が立ち上がり、理不尽な攻撃をした者を裁判で訴えるなかで自分の正しさを再確認し、そして今また日本軍「慰安婦」被害者に向き合い、記事を書いています。とても素晴らしいことだし、わたしたちも勇気をもらったような気持ちになります。

きっと裁判には勝利するだろうし、またそうなるために私たちも努力しなければならないと改めて思いました。植村さんにかけられた攻撃は植村さん個人に対する攻撃ではなく、日本軍「慰安婦」被害者に対する攻撃であるし、日本の民主主義にかけられた攻撃です。

植村隆さんを応援しましょう!

そのためにも、この本をぜひ読んでください。


おかだ だい(日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク)



2017年9月17日日曜日

東京第10回の案内

東京訴訟の第10回口頭弁論と報告集会は
10月11日(金)に開かれます。
報告集会では、日本報道検証機構代表理事の楊井人文さん(弁護士)が「フェイクニュースにどう向き合うか」と題して講演します。