2019年4月27日土曜日

映画「標的」支援を


映像ジャーナリストの西嶋真司さんが植村さんのたたかいの日々を描いたドキュメンタリー映画「標的」の完成が近づいています。
西嶋さんは社会問題をテーマに多くの番組と映像作品を世に送り出してきた元RKB毎日放送のディレクターです。2016年秋に北海道大で開かれた「慰安婦と歴史修正主義」シンポジウムで植村さんを撮り始め、以来、札幌、東京、福岡、ソウルなどで、裁判や集会、講演、講義などに密着して植村さんの言葉と表情、周辺の人々を記録してきました。

今夏に完成し、公開は自主上映でスタートするとのことです。今後の編集プロセスでは資料映像購入や楽曲制作、印刷物、試写などに多額の費用がかかるため、資金拠出を広く求めるクラウドファンディングが4月25日に立ち上がりました。

■制作趣旨、映像の短縮版、寄金申し込み方法などプロジェクトの詳細は➡ こちら

■西嶋真司さんのメッセージを同プロジェクトのサイトから一部、転載します


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このプロジェクトは、ドキュメンタリー映画「標的」の制作費、および全国上映に向けた宣伝費を募るものです。「標的」は“捏造記事”を書いたとして激しいバッシングに晒された元新聞記者が主人公。他のメディアも同じ様な記事を伝える中、何故彼だけがバッシングの標的になったのか? 民主主義の根幹を揺るがすジャーナリズムの危機に迫ります。

■「慰安婦報道」に向けられた誹謗と中傷〜ジャーナリストはなぜ標的になったのか
 元朝日新聞記者の植村隆さん。20年以上も前に書いた元慰安婦をめぐる記事の中で「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」と書いたことで右翼論壇やその支持者たちから執拗なバッシングを受けました。攻撃は次第にエスカレートし、植村さんが教鞭をとることが内定していた大学や植村さんの家族までもが卑劣な脅迫に曝されました。
 日本政府は慰安婦が強制的に戦地へ送られたことを裏付ける資料が発見されていないとして、慰安婦の募集に国家や軍部が関与したことを否定しています。「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という植村さんの記事が「捏造」だと批判されたように、国家にとって不都合な報道に対するバッシングは後を絶ちません。
 「売国」「国賊」「反日」。植村さんの名前をインターネットで検索すると、今もこのような文字が溢れています。自分たちと価値観の異なるメディアや個人を狙った執拗な攻撃や脅迫が繰り返され、それに屈するかのように多くのメディアが沈黙し、萎縮しています。それは言論の自由が保障されたはずの日本の民主主義が崖っぷちに立たされていることを物語っています。
 この状況に危機感を覚えた多くの市民、マスコミ関係者、弁護士たちが植村さんの支援に立ち上がりました。そこで制作されたのが映画「標的」。植村さんと彼を支える人々が理不尽なバッシングに真正面から立ち向かう姿を多くの人に知ってもらいたいと願います。
■ジャーナリストが自由に発言できる社会に
 映画を監督する私(西嶋真司)は植村さんが“捏造記事”を書いたとされる19918月、民放のソウル特派員として慰安婦報道の渦中にいました。当時、韓国では「挺身隊」と「慰安婦」が同義語として使われていて、私をはじめ日本の他のマスコミも慰安婦問題の記事に挺身隊という言葉を使っていました。記事を書いた一人として植村さんの記事が「捏造」ではないことを誰よりも理解しており、脅迫や嫌がらせによって言論を封じ込めようとする動きに危機感を強めました。
 ジャーナリストの役目は自由な言論空間の中で国民の知る権利に奉仕すること。ジャーナリストが萎縮し、国民に真実が伝わらなくなれば社会は衰退します。真実をきちんと報道できる社会にするため、まずは現状を知ってもらいたいという思いからドキュメンタリー映画の制作に動き出しました。

■おかしいことをおかしいと言う
 おかしいことをおかしいと言う。メディアとしての当たり前の役割が機能しなくなっている日本の現状を、映画「標的」を通して、より多くの方に知ってほしいと考えています。ドキュメンタリー映画はご覧いただいた方々が意見や感想を共有することで、社会を動かす大きな力を生み出します。皆様からのご支援によって映画を全国の人々のもとに届け、自由な言論を守ることの意義について考える機会を広げたいと思います。
目標金額は300万円
·         撮影及び編集費(40万円)
·         上映用素材制作費(10万円)*本編および予告編のブルーレイ・サンプル用DVD
·         交通費(25万円)
·         ナレーション録音費(40万円)
·         楽曲や資料映像の著作権料(40万円)
·         HPデザイン費(15万円)
·         英語翻訳費(15万円)
·         パンフレット制作費(25万円)
·         印刷費(40万円)*ポスター・チラシなど
·         試写会会場費(30万円)
·         映画宣伝外注費(10万円)
·         DM郵送、チラシ配送等(10万円)
■リターンの概要
 多くの人に参加していただける映画にしたいと思い、支援者のお名前を映画の公式サイトやエンドロールに掲載いたします(掲載を希望されない方はその旨をおしらせください)。また金額に応じて、映画の鑑賞券やプレミア上映会へのご招待、映画本編のDVD、特典映像付きDVD、プライベート上映会の開催など様々なリターンを用意しております。プライベート上映会については上映用および宣伝用の素材はこちらから提供しますが、上映会場費や上映設備費用はリターンには含まれず、別途、主催者の負担になります。ご了承ください。
■想定されるリスク
 映画「標的」は現在、進行している裁判などを取りあげています。20198月中に制作を終えて、2019年中に上映を開始する予定ですが、今後の動きによってはスケジュールが前後する可能性があります。
 東京、大阪、名古屋をはじめとする日本の主要都市での上映を想定していますが、映画が未完成の現時点では、上映場所、日程などを特定できないことをご了承ください。支援者の皆様には途中経過を随時ご報告いたします。
■言論の自由が保障された社会を目指して
 アメリカのトランプ大統領は自らに不都合な報道を「フェイクニュース」と主張してツイッターで拡散させます。権力に批判的なサウジアラビア人のジャーナリストが、昨年、大使館内で殺害されました。権力に抗う記事を書けば、脅迫や迫害が待っているとすればジャーナリズムの存在そのものが危うくなります。それは日本も例外ではありません。
 映画「標的」は理不尽なバッシングに毅然と立ち向かう主人公と支援者たちの姿を通して、多様な言論が保障された社会の実現に取り組みます。皆様のご支援をお待ちしています。


2019年4月26日金曜日

札幌控訴審報告集会

▼写真下左から=小野寺弁護士、殷弁護士、植村さん

第1回控訴審の報告集会は同日(4月25日)午後6時から、裁判所近くの市教育文化会館301会議室で開かれた。
前日に桜の開花発表があった札幌だが、この日の最高気温は12度で、冷たい強風が吹いたせいか、参加者は約60人で空席が目立った。

集会は、植村裁判を支える市民の会(略称「支える会」)事務局長の七尾寿子さんの司会で進められた。
開会あいさつは副事務局長の林秀起さん(元朝日記者)が行い、地裁判決の問題点をあらためて指摘した。
■林さんのあいさつ
札幌地裁の判決はとても承服できない判決でした。櫻井氏はジャーナリストを自称していますが、それは違うだろう、と元新聞記者のジャーナリストの端くれとして私は思っています。私は現場で若い記者たちにいちばん最初に徹底的に教えたことは、事実の裏付けを確実に取るということです。そして、あの人はこう言っていた、この人はこう言っていた、というメッセンジャーではない、自分は何をどういうふうに思うのか、そこをきちんとしていなければ記事は書けない、と徹底的に教えてきました。
ところが一審判決は、櫻井さんがそのようなジャーナリストとしての最低限の基本のキをないがしろにして、植村さんの記事が捏造だと信じたことには相当の理由がある、との結論を導いています。
櫻井さんは、自分ができること、ジャーナリストとしてやらなければならないことを意識的にしないで、そのまま裁判に臨み、裁判で主張してきたことを裁判所が認めたということです。櫻井氏が捏造だと信じたんだからしょうがないんだろう、という判決です。これではジャーナリズムというものが成り立たなくなる。この判決を覆さないと、ジャーナリズムの将来はとんでもないことになるだろうと思います。皆さんとともに高裁の控訴審を見守り、植村さんを支えていきたい。


■弁護団の報告
弁護団報告は、札幌弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士と東京弁護団の殷勇基弁護士が、20分ずつ行った。
小野寺弁護士はパワーポイントを使って控訴審の主要論点を説明し、今後の展開については「裁判所は次回期日を設定した。1回限りで終わらずに弁論が続行されることを高く評価している」と語った。殷弁護士は、東京訴訟が裁判官忌避により中断に至った事情を説明したあと、「慰安婦問題にかかわる裁判官は、戦時責任と戦後補償にどんな問題意識を持っているのか。その点についても、重大な関心を持ちつづけていきたい」と語った。


■徃住嘉文さんの報告
櫻井よしこ氏の言説の変遷に重大な疑問
続いて徃住嘉文さん(元道新編集委員)が報告。櫻井よしこ氏の言説の重大な変遷について、具体的な資料をもとに説明し、櫻井氏の主張の大きなブレと乱れを徹底批判した。
櫻井氏はかつて、植村氏と同じように、慰安婦問題を戦時責任と人権侵害という視点から取り上げ、慰安婦の被害体験や境遇に心を寄せていた。植村氏が元慰安婦の金学順さんについて記事を書いた1991年の翌92年のこと、櫻井氏はキャスターをしていたニュース番組で「強制的に従軍慰安婦にさせられた慰安婦たち」と語り、週刊誌では「強制的に旧日本軍に徴用された」「戦地にまで組織的に女性達を連れていった」と書いていた。ところが、櫻井氏はそれから20年以上もたった2014年に、植村氏の記事を「捏造」と決めつけ、植村バッシングに火をつけた。
櫻井氏のこの重大な変遷に、はっきりした理由や根拠があるのだろうか。説得力のある合理的な説明がなければ、櫻井氏の責任を免じた札幌地裁判決の「真実相当性」も揺らぐ。弁護団が提出した控訴理由補充書はこの重大な疑問を詳しく論じている。
徃住さんは、ニュース番組映像を上映した後、「重大な疑問」の内容を説明した。徃住さんは100冊近くもある櫻井氏の著作を丹念に読み解く作業を続け、問題のニュース番組や記事を掘り起こした。番組の映像記録と週刊誌記事は、裁判の重要証拠として控訴審に提出されている。
※詳しい内容は、「週刊金曜日」最新号にあります。=4.26/5.5合併号p30-31、<「櫻井よしこ氏は「日本軍強制説」を報じていた---自らの報道棚にあげ、他者を「捏造」呼ばわり>


■植村さんのあいさつ
集会の最後は植村さんが締めくくった。植村さんは、この日の法廷で述べた意見陳述の要点を説明したあと、高裁向け署名について、「1万3090筆という数、私たちはじつはもう勝っている、これは民衆法廷だ、青空のもとでの陪審に勝っている、ということだ、あとは札幌高裁で逆転するだけです」と語った。
集会は午後8時過ぎに終わった。

2019年4月25日木曜日

札幌控訴審1回速報

updated: 2019/4/26 pm2:45
updated: 2019/5/6 pm8:45

次回期日は7月2日(火)に決定

本多裁判長、ていねいに審理尽くす姿勢

植村弁護団、櫻井氏と一審判決を強く批判 

▲裁判所に向かう植村さんと弁護団(4月25日午後2時過ぎ)

植村裁判札幌訴訟の控訴審第1回口頭弁論は4月25日、札幌高裁(本多知成裁判長)で開かれた。植村弁護団は弁護士24人が出席し、控訴人の植村隆氏と小野寺信勝弁護士(事務局長)が、公正な判決を求める意見陳述を行った。櫻井よしこ氏側は弁護士6人が出廷した。被控訴人の櫻井氏は出席せず、意見陳述(朗読)もなかった。法廷では意見陳述と、「無過失の抗弁」をめぐるやりとりがあった後、本多裁判長は次回期日を7月2日(火)と決めた。

植村氏の意見陳述は18分、小野寺弁護士は11分に及んだ。=全文は別記事に収録
植村氏は、櫻井氏がかつて元慰安婦の強制連行体験や境遇に心を寄せた記事を書きながら、とつぜん明確な根拠を示さずに「人身売買説」を主張するようになったことを強く批判した。また、櫻井氏を免責した一審判決についても、裏付け取材をしなくても「捏造」と思い込むだけで許してしまうのはあまりにも公正さを欠き、歴史に残る不当判決だ、と訴えた。
続いて立った小野寺弁護士は、櫻井氏が植村氏ほか当事者への取材を怠り、また資料の引用や理解で誤りを繰り返したことを一審判決は看過した、と批判し、判決の「真実相当性」の判断はこれまでの最高裁判例や法理論にかけ離れている、と強調した。

「無過失の抗弁」をめぐるやりとりは、「櫻井氏は過失がないことを証明しなければならない」との植村氏側の主張(控訴理由書)に対して、櫻井氏側が「無過失責任」を持ち出して反論(控訴答弁書)していることについて、植村弁護団共同代表の伊藤誠一弁護士が櫻井氏側に説明を求めたもの。伊藤弁護士は、無過失の抗弁を無過失責任と混同することはおかしい、と質問を重ねたが、櫻井氏側は即答せず、書面でやりとりをすることになった。
植村氏側が求めた証人申請(梁順任さん=植村氏の義母、元韓国太平洋戦争犠牲者遺族の会役員)は、櫻井氏側が同意しなかったため、今回は決定が保留となった。

本多裁判長は4月1日に釧路地家裁所長から札幌高裁に着任したばかり。法廷全体によく通る大きな声でてきぱきと審理を進めた。
開廷直後に行った書面証拠類の確認手続きでは、植村側、櫻井側双方の書面の中の誤記や説明不備を細かく指摘して修正を求め、ていねいに審理を進める姿勢をうかがわせた。また次回期日の決定では、植村弁護団の要望を受け容れ、今後提出を予定している法律学者の意見書と弁護団の準備書面の作成に時間がかかることに理解を示した。
高裁の審理は通常、一審の審理が十分に尽くされていると判断される場合、初回の口頭弁論で即日結審することが少なくないが、次回期日が設定されたことで、高裁の審理に展望が開けたといえよう。小野寺弁護団事務局長は「次回期日を設定し、弁論が続行されることを高く評価している」と、口頭弁論終了後に開かれた報告集会で語った。

この日使われた高裁802号法廷の定員は75人。傍聴希望者が開廷前に列をつくったが、定員を1人下回り、抽選はなく74人全員が入廷できた。開廷は午後2時30分、閉廷は3時16分だった。
道内各地から寄せられた「公正な判決を求める署名」1万3090筆は、開廷に先立って午前10時過ぎ、植村さんと支援メンバーが5分冊を抱えて運び、札幌高裁6階の事務局に提出した。=写真下

報告集会は午後6時から裁判所近くの市教育文化会館301会議室で開かれた。
前日に桜の開花発表があった札幌だが、この日の最高気温は12度で、冷たい強風が吹いたせいか、参加者は約60人で空席が目立った。
弁護団報告は、小野寺弁護士と東京弁護団の殷勇基弁護士からあった。続いて報道人の徃住嘉文氏が、櫻井よしこ氏の言説の重大な変遷について、具体的な資料をもとに説明し、櫻井氏の主張の大きなブレと乱れを徹底批判した。植村氏は、法廷で述べた意見陳述の要点を説明したあと、高裁向け署名について、「1万3090筆という数、私たちはじつはもう勝っている、これは民衆法廷だ、青空のもとでの陪審に勝っている、ということだ、あとは札幌高裁で逆転するだけです」と語った。


※意見陳述全文はこの記事の下にあります

ずしりと重い高裁向け署名13090筆を抱える植村さん
(4月25日午前10時半ころ、裁判所庁舎前で)

積み重ねられた署名簿を提出前にカメラに収める(同上)


控訴審意見陳述全文

updated:2019/4/26 pm2:15

■弁護団の意見陳述

意 見 陳 述 書

2019年4月25日

札幌高等裁判所 第3民事部 御中
控訴人訴訟代理人 小野寺信勝

1 はじめに
控訴理由書と2つの控訴理由補充書を提出致しました。控訴審がはじまるにあたり、その要点を述べるとともに、審理の進め方について、意見を申し上げます。
 
2 原判決は真実相当性の判断枠組を逸脱していること
札幌地裁の判決は、櫻井さんの表現について真実相当性を理由に、櫻井さんの名誉毀損を不問に付しました(ここでは櫻井論文アを念頭に置いています)。
私たち弁護団は真実相当性をもって櫻井さんを免責した原判決は、これまで司法が積み上げてきた「真実相当性」の判例理論から大きく外れた不当な判断だと評価しています。
控訴理由書では真実相当性に関する判例を紹介しました。たとえば、報道機関が解剖医や捜査員からの取材をもとに、家族が産まれながらに障害をもつ子どもの将来を悲観して殺害した疑いがあると報道した記事について、家族を取材するなど慎重に裏付け取材をすべきであったとして真実相当性が否定されています(昭和47年11月16日第一小法廷判決)。また、新聞記者が捜査機関に密着して情報を収集した場合であっても、被疑者の供述の結果を聞く等その後の裏付け取材をしていないとして真実相当性が否定されました(昭和55年10月30日第一小法廷判決、判例タイムズ429号88頁等)。このように、判例は真実相当性を厳格に判断しており、特に当事者への裏づけ取材の有無を重視しています。
ところが、原判決は櫻井さんが植村さん本人に取材はおろか、取材申込みすらしていないという事実を全く考慮せずに、真実相当性を肯定しました。
しかしながら、判例に照らせば、櫻井さんに真実相当性を認める余地は到底ありません。

3 杜撰な調査・取材
櫻井さんは植村さんが書いた1991年の記事を「捏造」というとても強い言葉で非難しています。ところが、櫻井さんの調査・取材はジャーナリストとして驚くほど杜撰なものでした。

(1) まず、資料調査の杜撰さは、原審において、櫻井さんが資料の多くをつまみ食い、曲解することで、植村さんを「捏造」記者に仕立て上げたことが明らかになりました。
例えば、櫻井さんは、金学順さんが日本政府を訴えた訴状について「14歳の時、継父によって40円で売られたこと、3年後、17歳で再び継父によって北支の鉄壁鎮というところに連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている」とわざわざ根拠を示して、「植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊と結びつけて報じた」などと繰り返し書くなどして、植村さんの記事は「捏造」であると繰り返し断定しました。
ところが、札幌地裁の審理では訴状には「継父によって40円で売られた」との記載は全くないことが明らかになりました。櫻井さんは私たちに再三指摘されて、ようやく記事を訂正しています。これは単なる勘違いやケアレスミスでは済まされません。なぜなら、櫻井さんは訴状を確認すれば容易に分かる「間違い」を繰り返して、植村捏造説の根拠にしたからです。櫻井さんの資料調査の杜撰さを示す象徴的な「間違い」といえます。
ほかにも、控訴理由書では、櫻井さんが参考にしたというハンギョレ新聞、臼杵敬子さんの論文等について自身の都合のよい表現のみ取り上げ、曲解した不自然さを原判決が看過していると指摘しています。

(2) 加えて、櫻井さんの取材も、彼女をジャーナリストと呼ぶことに躊躇を覚えるほど、杜撰なものでした。
ア) 櫻井さんが「捏造」だと断定する植村さんには1回も取材をしたことはありませんし、取材を申し込んだこともありません。
櫻井さんは植村さんへの取材は不要だと言い切っています。その理由は、西岡力さんが2013年8月号の月刊「正論」の中で植村さんに公開質問を呼びかけたが植村さんが答えなかったからだと言います。しかし、一人の学者が一雑誌に記載した公開質問に答えなかったということを以て、取材をしなくてもよい理由になりません。「誤報」ではなく「捏造」と断定するには、植村さんが噓と知りながら意図的に書いたかどうか、植村さん本人にその「意図」を取材することが不可欠だからです。 これはジャーナリストとして最低限行うべき当事者への取材を怠った自身の怠慢を正当化する詭弁にほかなりません。
また、櫻井さんは1998年に朝日新聞に質問状を出したが、事実上のゼロ回答だったことも理由にしています。しかし、このときの質問は植村さんの記事に関するものではありません。また、櫻井さんが植村さんの記事を「捏造」と決めつける論文を書く16年以上前のことです。
櫻井さんは西岡力さん、秦郁彦さん、政府関係者に取材したうえで、植村さんの記事は「捏造」だと断定したといいます。しかし植村さん本人はこれを否定しています。そうであれば、なおさら植村さん本人の言い分を取材することが必要不可欠になります。

イ) また、控訴理由補充書⑴で詳しく述べていますが、櫻井さんは慰安婦問題を書き始めた当初から、植村さんの記事を「捏造」と言っていませんでした。
1998年にはじめて植村さんを名指しで批判した週刊新潮の記事では、「誤報」と表現していました。それが2014年に突然「捏造」にエスカレートしました。櫻井さんは原判決後の2018年11月16日に開かれた外国特派員協会の記者会見で、その理由を次のように答えています。
「時間がたつにつれていろんなことが分かってきて、植村さんがそのようにしたのではないかという疑問が強くなってきたため、捏造したと言われても弁明できないのではないかとかですね、仕方がないだろうということを書きました」
しかし、櫻井さんが原審で示した資料や根拠はすべて1991年、1992年のもので、「誤報」から「捏造」に表現をエスカレートさせる新しい資料や根拠は示されていません。
さきほど櫻井さんをジャーナリストと呼ぶことに躊躇するといいましたが、それは自ら言葉には責任を伴うと言う櫻井さんが、植村さんに一切取材せず 「捏造」と極めて強い言葉を安易に使用することに驚いているからです。「捏造」と決めつけられることは、記者だけでなく、学者、研究者、作家、法律家など表現に関わるすべての人にとっては最大の侮辱なのですから、そう決めつけるには慎重さが必要であり、当然本人に取材をする必要があります。しかし、櫻井さんはそれを行いませんでした。
加えて、櫻井さんは金学順さんをはじめとした元慰安婦に1度も会ったことはなく、挺対協に取材をしたこともありません。
冒頭に判例理論は当事者への裏付け取材を重視していると紹介しましたが、櫻井さんが植村さんを「捏造」と断定するにあたって、裏付け取材がないことは誰の目から見ても明らかでしょう。
控訴理由書では真実相当性を中心に、原判決の誤りを詳細に論じていますが、今述べた点のみをもっても、真実相当性を肯定したことがいかに判例理論から外れた判断かがお分かり頂けると思います。

4 最後に
1991年当時は、朝日新聞だけでなく、毎日・読売・産経・北海道新聞など他の日本の新聞でも、日本軍慰安婦のことを「挺身隊」と表現していました。当時の新聞を読めば、植村さんは当時の一般的表現を用いただけで、「捏造」という断定が言い掛かりで、理不尽なものであるかは誰でも容易にわかります。とても単純な話のはずです。
ここで問われているのは、慰安婦問題そのものではなく、櫻井さんが「捏造」と書くために、ジャーナリストして取材を尽くしたかということです。
再三にわたる繰り返しになりますが、原判決がなぜこれらの点を考慮せず、櫻井さんが「捏造」だと信じたことに相当の理由があると判断したのか理解に苦しみます。
控訴人は、今後、法律学者が判例や研究の蓄積をもとに原判決の不当性を論じた意見書の提出と、その意見書を踏まえた準備書面を提出する予定です。

裁判所にはこれまで司法が積み重ねてきた判例理論に基づいた正当で公正な判決を出して頂くようお願い申し上げます。                      
以 上


■植村隆氏の意見陳述

今年1月4日午後、私の裁判を支援してくれている仲間と二人で、札幌市中央図書館に行きました。櫻井よしこさんに関する新証拠を探すためです。その資料は、古いもので閉架資料室にありました。『週刊時事』という雑誌の1992年7月18日号です。「ずばり一言」という欄に櫻井さんは日本軍慰安婦に関する文章を書いていたのです。前の年1991年12月6日、3人の韓国人元日本軍慰安婦が日本政府に謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴したことについて、取り上げていました。この元慰安婦の原告で唯一、実名を公表していたのが、金学順さんでした。私が1991年8月11日の朝日新聞大阪本社版の社会面で、匿名で証言内容を報じた元慰安婦です。櫻井さんは『週刊時事』でこう書いていました。

「東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ」

「売春という行為を戦時下の国策のひとつにして、戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は、言語道断、恥ずべきである」

びっくりしました。櫻井さんが金学順さんについて「強制的に旧日本軍に徴用された」と書いていたからです。徴用とは国家権力による強制的な動員を意味します。まさに、強制連行のことです。櫻井さんは、雑誌が出た1992年当時は、金学順さんら3人の元慰安婦の主張を、「強制的に旧日本軍に徴用された」と認識していたのです。今は金学順さんが日本軍によって強制的に慰安婦にさせられた事実を否定している櫻井さんが、『週刊時事』の記事では日本政府の関与を認め、被害者の声をありのままに受け止めていたのです。

櫻井さんは2014年以来、金学順さんについて「人身売買されて慰安婦になった。植村はそれを隠して強制連行と書いた」という趣旨の主張をし、1991年8月の私を記事を「捏造」だと繰り返し断定しましたが、実際は櫻井さん自身が、「強制連行」と同義の表現を使っていたのです。それも私の記事の出た約11カ月後、『週刊時事』に書いていたのです。自分自身が、強制連行と書いていたのに、それを隠して、私を批判するとは、ジャーナリストとして、あまりにアンフェアです。それは、公正な言論ではありません。これは新証拠として、札幌高等裁判所に提出すべきだと考えました。一審の裁判長が知らなかった事実なのです。

 
この『週刊時事』の記事が出た5カ月後、櫻井さんは再び、慰安婦の強制連行を伝えています。自身がキャスターを務めていた日本テレビのニュース番組「NNNきょうの出来事」です。日本弁護士連合会が後援した「日本の戦後補償に関する国際公聴会」のニュースで、櫻井さんはこう伝えました。

 「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たちが、当時の様子を生々しく証言しました」

櫻井さんがそう伝えた後、切り替わったテレビ映像には、壇上で涙ながらに抱き合う、何人かの元慰安婦が映りました。その中に、金学順さんの姿がはっきり映し出されていました。つまり、櫻井さんは、金学順さんを含む元慰安婦について、「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たち」と、全国放送のニュース番組で報じたのです。櫻井さんはキャスターとしてニュースの編成段階から関わっており、「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた」という櫻井さん自身の認識を、明らかにしたことになります。

私自身は金さんが、慰安婦にさせられた経緯について、1991年8月の記事では「だまされて」と書きました。直接、金さんに取材できない状況での表現でした。その後、金さんは会見などで、強制連行だったと話しています。しかし、「だまされ」ようが「強制連行され」ようが、数えで17歳の少女だった金学順さんが意に反して慰安婦にさせられ、日本軍人たちに繰り返しレイプされたことには変わりないのです。慰安婦として毎日のように凌辱された行為自体が重大な人権侵害にあたるということなのです。

私の1991年8月の記事を読んだ西岡力さんは、月刊『文藝春秋』1992年4月号で、金学順さんについて「人身売買による強制売春」と決め付けて、私が記事で金さんを強制連行と書いたとして、「事実誤認」と主張しました。櫻井さんは、西岡さんと交友があり、当時、西岡さんの記事を知りながら、『週刊時事』や「NNNきょうの出来事」で金学順さんのことを、強制連行と報道していたのです。

櫻井さんは2014年に突然、「捏造」だと断定し始めました。「捏造」の根拠は、92年に西岡さんが指摘したのと同じ人身売買説です。もう一度言います。かつて、西岡さんの指摘を知りながら、櫻井さん自身が、強制連行と報道したのに、私の記事を「捏造」と言うのです。櫻井さんの言説は公正ではありません。

私は「植村捏造バッシング」の影響で、内定していた神戸松蔭女子学院大学の専任教授のポストを失いました。さらに、私が当時、勤務していた北星学園大学も「植村捏造バッシング」に巻き込まれ、大学を爆破する、学生、教職員を傷つける、といった脅迫を受けました。大学が脅迫に苦しんでいた時、櫻井さんは、私と『朝日新聞』だけでなく、矛先を北星学園大学にまで向けました。2014年10月23日号の『週刊新潮』の連載コラムでは、「23年間、捏造報道の訂正も説明もせず頬被りを続ける元記者を教壇に立たせ学生に教えさせることが、一体、大学教育のあるべき姿なのか」と書き、私が「捏造」したことを根拠に、大学教員として不適格であるという烙印を押しました。そして、同じ2014年10月23日号の『週刊文春』に載った西岡力さんとの対談記事で、櫻井さんは、こう言い放ちました。「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」

この櫻井さんの文章の約3か月後、北星学園大学の学長宛に、私の娘を殺害する、という脅迫状が送られてきました。暴力的言辞の最たるものでしょう。「『国賊』植村隆の娘である●●●を必ず殺す。期限は設けない。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。地の果てまで追い詰めて殺す。絶対にコロス」。この脅迫状を見て、私は、足が震えました。大学に脅迫状が送られてきたのは5回目で、その中には私への殺害予告がいくつかありましたが、娘を殺すというのは初めてでした。なぜ、娘まで巻き込まれなければならないのか。絶望的な気持ちになりました。脅迫事件の犯人は捕まっていません。いつになったら、私たち一家は、この恐怖から逃れられるのでしょうか。

それだけでは、ありません。櫻井さんと西岡さんの「植村捏造バッシング」の後、日本での私の大学教員の道は閉ざされてしまいました。それだけでなく、家族まで殺害予告を受けた「植村捏造バッシング」を見て、新聞やテレビの記者たちが萎縮し、慰安婦の被害を伝えるような記事がほとんど出なくなっています。

櫻井さんが「植村捏造バッシング」を始めて5年が過ぎました。私は、法廷の中だけでなく、様々な言論活動で、「捏造記者」でないことを訴えてきました。『週刊金曜日』に呼ばれ、発行人になったのも、私が「捏造記者」ではないということが、一部の言論の世界では理解されている証拠だと思います。『週刊金曜日』に通うために首都圏に小さな部屋を構えました。しかし、表札に名前を書くことができません。怖くて、表札に名前を出せないのです。バッシングの激しい時期には、私の自宅の様子や電話番号などがインターネットにさらされました。当時、出張先の神戸の駅で、見知らぬ大きな男からいきなり、「植村隆か。売国奴」と言われて、震え上がったことがあります。いまだに殺害予告の恐怖は続いているのです。

私は、1991年8月の記事で、慰安婦としての被害を訴えた金学順さんの思いを伝えただけです。櫻井さんには、言論の自由があります。しかし、私の記事を「捏造」と断罪するからには、確かな取材と確かな証拠集めが必要です。櫻井さんは、そのいずれも怠っています。朝日新聞や私への取材もありませんでした。そして、事実に基づかない形で、私を誹謗中傷していることが、札幌地裁の審理を通じて明らかになりました。

WiLL』2014年4月号の記事がその典型です。金さんの訴状に書いていない「継父によって40円で売られた」とか「継父によって・・・慰安婦にさせられた」という話で、あたかも金さんが人身売買で慰安婦にされたかのように書き、私に対し、「継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった」「真実を隠して捏造記事を報じた」として、「捏造」記者のレッテルを貼りました。「捏造」の根拠とした『月刊宝石』や『ハンギョレ新聞』の引用でも都合のいい部分だけを抜き出し、金さんが日本軍に強制連行されたという結論の部分は無視していました。しかし、櫻井さんは、私の指摘を無視できず、札幌地裁の尋問で訴状の引用の間違いを認めました。そして、『WiLL』と産経新聞で訂正を出すまでに追い込まれました。

北海道新聞のソウル特派員だった喜多義憲さんは1991年、私の記事が出た4日後、私と同じように「挺身隊」という言葉を使って、私とほぼ同じ内容の記事を書きました。喜多さん自身が直接、金学順さんに取材した結果、私と同じような記事を書いた、ということは、私の記事が「捏造」ではない、という何よりの証拠ではないでしょうか。その喜多さんは、昨年2月に札幌地裁で証人として、出廷し、櫻井さんが私だけを「捏造」したと決め付けた言説について、「言い掛かり」との認識を示しました。そして、喜多さんは、こう証言しました。

「植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人から見れば不問に付されているような、そういう気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよと言うのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました」

記事を書いた当時、喜多さんは私と面識はありませんでした。しかも、喜多さんは私の記事を読んでもいなかったといいます。私はライバル紙の記者から、「無罪」の判決を受けたのです。ジャーナリズムの世界では、それは大きな「無罪」証明でした。

しかし、昨年11月の札幌地裁判決では、櫻井さんの間違いの訂正や、喜多さんの証言は、全く採用されず、私は敗訴しました。判決は、唯一の証人だった喜多さんの証言を全く無視していたのです。判決では櫻井さんの人身売買説を真実であるとは認定しませんでした。しかし、櫻井さんが、私の記事を「捏造」だと信じたことには、相当の理由があると判断し、櫻井さんを免責したのです。この理屈でいけば、裏づけ取材をしなくても「捏造」と思い込むだけで、「捏造」と断じることが許され、名誉毀損には問えないことになります。あまりに公正さを欠く、歴史に残る不当判決だと思います。

札幌高等裁判所におかれては、これまでの証拠や新しい証拠を検討していただき、歴史の検証に耐えうる公正な判決を出していただきたいと願っております。
                                        以上


2019年4月22日月曜日

櫻井氏の言説の変転


4月25日に始まる札幌控訴審の論点のひとつ、櫻井よしこ氏の言説の変転について、徃住嘉文氏がわかりやすく解説した記事を「週刊金曜日」最新号(4月19日発売)に書いています。

記事の一部はBLOGOS(livedoorのニュース記事収録サイト)が転載紹介しています。
以下は、BLOGOSからの引用です。

(引用開始)
櫻井よしこ氏は「慰安婦」を「日本軍強制説」で報じていた
『朝日新聞』の日本軍「慰安婦」の記事を「強制連行を捏造した」と非難している櫻井よしこ氏が、自身も「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たち」とテレビ、雑誌で報道していたことがわかった。
自身の報道を棚にあげ、他者を「捏造」呼ばわりするのはアンフェアではないだろうか。
櫻井よしこ氏がキャスターを務めていた日本テレビのニュース番組「NNNきょうの出来事」と見られる動画がある。1992年12月9日、東京で開かれた「日本の戦後補償に関する国際公聴会」を櫻井氏にうり二つの女性はこう放送した。「第2次世界大戦中に、日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たちが、当時の様子を生々しく証言しました」。画面では「韓国人元慰安婦」の字幕とともにチマチョゴリ姿の元「慰安婦」が公聴会の壇上で叫ぶ。「私の一生を台無しにして! 日本政府は隠さないでしっかり謝罪したらどうなの!」
男性アナウンサーの声。「これは元従軍慰安婦らから事情を聴き日本政府に謝罪と戦後補償を求める公聴会です。今回初めて名乗り出たオランダや北朝鮮の元従軍慰安婦8人が当時の様子を生々しく語りました」
壇上では元「慰安婦」たちが泣いている。字幕の説明。「感極まって、韓国と北朝鮮の元慰安婦が抱き合った」。中国の元「慰安婦」、万愛花さん(64歳、当時)のインタビューもある。「私は15歳でした。日本軍に襲われて両手両足を押さえられ、乱暴されました」。約3分弱の動画だ。
フェイクの時代だ。万が一にもと日本テレビに動画の確認をお願いした。「放送したものがすべて。答えられない」。櫻井氏からも「裁判中なので」と取材を断られた。
「責任痛感すべき私たち」
しかし、櫻井氏は92年7月18日号の『週刊時事』(時事通信社)でも次のように書いている。
〈東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ〉
〈売春という行為を戦時下の国策のひとつにして、戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は、言語道断、恥ずべきであるが、背景にはそのような政策を支持する世論があった。とすれば、責任を痛感すべきは、むしろ、私たち一人ひとりである〉
櫻井氏は、この記事などを再録し『櫻井よしこが取材する』(ダイヤモンド社)を94年に出版した。少なくともこの年まで、櫻井氏は、日本が国策として強制的に「慰安婦」にしたと伝えていたことになる。ちなみに、手元にある本は櫻井氏のサイン入りだ。フェイク本ではおそらく、ない。
(徃住嘉文・報道人、2019419日号)

※編注:元『朝日新聞』記者の植村隆氏が、元日本軍「慰安婦」に関する記事を「捏造」とされ名誉を傷つけられたとして、櫻井氏を訴えた札幌訴訟について、4月19日(金)発売の『週刊金曜日』4月19日号が詳しく報じている。同誌は書店などで販売する紙版のほか、アプリを使った電子版でも購読できる。

https://blogos.com/article/372155/

 (引用終わり)


2019年4月19日金曜日

映画「主戦場」公開

慰安婦問題をめぐる日韓米の論争を取り上げた映画「主戦場」が4月20日から、東京ほかで公開される。試写を見たジャーナリスト文聖姫さんに短評をお願いした。 

日本、韓国、米国の論客がスクリーン上で激論

映画製作のきっかけは植村バッシング

真摯に公平に耳を傾けるミキ・デザキ監督

4月20日(土)より東京のシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開される『主戦場』は、元日本軍「慰安婦」問題をめぐって、左右の論客がスクリーン上で議論を闘わせる映画だ。櫻井よしこ氏や杉田水脈氏、ケント・ギルバート氏、テキサス親父ことトニー・マラーノ氏、吉見義明氏、渡辺美奈氏、林博史氏、朴裕河氏など20数名の人々が、それぞれの立場から「慰安婦」問題について語る。

監督の日系アメリカ人、ミキ・デザキ氏が映画を作ろうと思ったきっかけが、実は植村隆さんだった。植村さんが「朝日新聞」大阪本社版に1991年に書いた2本の元「慰安婦」関連記事をめぐって誹謗中傷されていることを知ったデザキ氏は、「慰安婦」問題がなぜ日韓の間で論争になっているのかを理解したいと考えるようになる。そのために彼が取った方法が、「慰安婦」論争の中心人物たちを訪ね歩き、その人たちの証言を聞くことだった。もちろん植村さんも登場する。

映画では、左右の証言が公平に紹介される。デザキ氏にとって、「フェア」であることが何よりも大切だったからだ。左右いずれの立場の人々に対しても、公平に、そして決して偏見を持たずに、証言に耳を傾けるデザキ氏の真摯な態度が見て取れる。しかし、映画が進むにつれて、どちらの論理がより説得力があるのか、観客がおのずとわかるようになっている。

ところで、左右どちらの論理に説得力があるのか。それはネタバレになるので、ここでは語ることができないが、ぜひ映画を見てほしい。「自分で映画を体験して、自分なりの結論を導き出してほしい」というのがデザキ氏の願いでもある。映画のタイトルは、歴史修正主義者が「米国こそが歴史戦の主戦場だ」と言っているところから付けた。

『週刊金曜日』4月19日号では、筆者がミキ・デザキ監督にインタビューした記事が掲載されている。こちらの方もぜひ読んでほしい。
文聖姫・ジャーナリスト(『週刊金曜日』在籍)
 

■映画「主戦場」予告編 こちら
櫻井よしこ、杉田水脈氏のスクリーン上のコメントも紹介されている。櫻井氏は「日本軍がこんなことをするはずがないということは、もうすぐに私は直感しました」「It’s very complicated(とても複雑なので…、の字幕)と語り、杉田氏は「日本人はほとんどこんな問題はウソだろうと、あまり信じている人はもういないと思うんですよね、そんなことないよねって、強制連行なんてやりっこないよねって」と、それぞれ笑顔で語っている。

■映画「主戦場」公式サイト こちら
登場人物、監督経歴、全国上映日程のほか、荻上チキ、想田和弘、武田砂鉄、鈴木邦男氏ら9氏のコメントが掲載されている。

マガジン9の映画評 こちら
田端薫氏が短評を書いている。ネタバレに注意。

■札幌での公開予定
製作元によると未定だが交渉中という。


2019年4月16日火曜日

高裁署名1万突破!

 札幌高裁あて 

公正な判決を求める署名に
賛同の声、1万3000筆


札幌高裁あての署名賛同数は、第1次締め切りの4月15日までに1万3000筆を超えました。このうち、北海道平和運動フォーラムの事務局が取りまとめた分(写真上)は、合計で12,012筆あります。大きな段ボール箱からあふれるほどの数です。
ことし1月に開始した署名は、同フォーラムの呼びかけで北海道の各市町村に広がりました。この数は予想をはるかに超えるものです。この数字のほかに、植村裁判を支える市民の会事務局が集会などでお願いした署名は現在集計中ですが、1000通を超える見通しです。合わせて1万3000通突破は確実です。
署名活動はこれからも続けます。みなさまから寄せられた声は、5月中に一括して札幌高裁に届ける予定です。

植村さんの名誉回復のたたかいへの支持と支援の広がりを実感させるとともに、植村さんと弁護団、支援者に大きな勇気と力を与えてくれる署名となりました。
署名に賛同していただいたみなさま、署名活動にお力を尽くしていただいたみなさま、ありがとうございました。心からお礼を申し上げます。
2019年4月16日
植村裁判を支える市民の会

※北海道平和運動フォーラムは、道内の官公労、民間・地区労組が中心となって構成する団体です。「戦争をさせない北海道委員会」や「さようなら原発、1000万人アクション北海道」と連携し、平和・護憲・脱原発・人権などをテーマに活動をしています。
こちら

署名文を再掲します。
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札幌高等裁判所御中

植村隆名誉毀損裁判控訴審に対する
公正な判決を求める署名

ジャーナリストを自称する櫻井よしこ氏は、元日本軍「慰安婦」について植村隆さんが執筆した朝日新聞記事を「捏造」と明確な裏付けもなく非難し続けました。
櫻井氏の主張は、日本の過去の過ちを否定するための標的探しにうごめく日本社会の劣情を呼び覚まし、植村さんは「捏造記者」のレッテルを張られ、ご家族ともども社会的、経済的に甚大な被害を被りました。
植村さんが櫻井氏らを相手に起こした名誉棄損訴訟(以下植村裁判)で、一審札幌地裁は2018119日、櫻井氏の不法行為を免責する判決を下しました。
櫻井氏の言説は、資料の誤読や勝手な思い込みに基づく杜撰なものであった上に、植村さんを含む当事者への直接取材を怠るというジャーナリストにあるまじき致命的な欠陥を持っていましたが、判決はその「真実相当性(記事は捏造であると信じてもやむを得ない理由があった)」を認定する不当なものでした。
植村裁判を引き継ぐ控訴審・札幌高裁におかれては、一審判決が認定した「真実相当性」がいま一度精緻に吟味され、後世の評価に耐えうる判決が下されることを求めます。
               

植村裁判を支える市民の会


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署名はこれからもできます。方法はこちら

近づく札幌控訴審

札幌訴訟の第2ステージ、控訴審がいよいよ4月25日に始まります。
植村弁護団は、櫻井氏の名誉毀損を免責した一審判決を破棄するように高裁に求め、訴えていきます。高裁での主張の骨子は、
①櫻井氏の「真実相当性」を認めた一審判断は判例や法理論に沿っているか
②櫻井氏が根拠とした証拠資料は合理的で正しいものか
③櫻井氏の取材、調査や確認、裏づけは十分なものだったのか
④櫻井氏が慰安婦を巡る表現を大きく変遷させたのはなぜか
⑤一審判決にある「慰安婦」の定義は正しい歴史認識や人権感覚に欠ける
というものです。
控訴審開始を前に、控訴理由書と同補充書をもとに、あらためて判決の問題点を整理しておきます。

ここがおかしい!地裁判決の問題点

真実相当性■従来の判例を逸脱する判決
名誉毀損免責される要件である「真実相当性」これまでの判例はかなり厳格に判断しており、相当な理由と認めるには、詳細な裏づけ取材を要するのが原則である。じっさいに最高裁判例と下級審判例を見ると、慎重な裏づけ取材がない場合には、情報に一定の信用性があっても真実相当性を否定するなど、極めて厳格に判断されている。
櫻井氏は資料を誤読・曲解し、自身が根拠とする訴状の引用などの間違いを繰り返した。「捏造」と決めつけて書くためには植村氏本人および関係者への取材が必要不可欠だが、櫻井氏は裏づけ取材はおろか取材の申込みすら行っていない。にもかかわらず、判決は櫻井氏の「真実相当性」を肯定した。これは従来の判例理論から大きく逸脱する誤った判断であ

意見・論評■「捏造」は域を逸脱した人身攻撃だ
櫻井氏の表現が、仮に「事実の摘示」(当否の証明が可能な客観的な事実の指摘)ではなく、「意見ないし論評」(主観的な物の方の表明)であっても、「捏造」という表現は植村氏の人格を著しく傷つけ、記事に対する批判を大きく逸脱した人格非難、人格否定というべき内容である。植村氏のジャーナリスト、大学教員としての職業上の信用を失墜させ、社会生活上の基盤をも脅かし、人身攻撃にも及ぶものであり、「表現の自由」により保障される意見ないし論評としての域を逸脱している。

人身売買説■櫻井の根拠資料からも読み取れぬ
櫻井氏は、金学順氏が継父により日本軍人に人身売買された、と主張し、植村記事を「捏造」と決めつけた。しかし櫻井氏が最大の根拠とした資料(ハンギョレ新聞1991年8月15日付、金氏の91年の訴状、「月刊宝石」92年2月号の臼杵敬子論文)からは、人身売買され慰安婦とされたと読むことはできない。金学順氏本人は、人身売買ではなく、日本軍人に強制連行されて慰安婦にさせられたと供述している。日本国内にも金学順氏の供述に沿う報道が多数存在する。
櫻井氏が、金学順氏の供述は事実ではなく、継父による日本軍人への人身売買が事実であることを主張するためには、その確認が必要だ。しかし、金学順氏や挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)等への取材とその申し込みを一切しておらず、資料・文献調査を実施した形跡もない。つまり、櫻井氏は、継父による人身売買とは異なる事実が記載された資料について、合理的な注意を尽くして調査検討したということはできない。
「金学順氏をだまして慰安婦にしたのは検番の継父、すなわち血のつながりのない男親であり、検番の継父は金学順氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとしていたことをもって人身売買であると信じた」との判決の認定は誤りであり櫻井が真実と信じたことにも相当の理由はない。

櫻井の大ミス■なのに真実相当性を認めた判決!
櫻井氏は、植村記事を「捏造」と決めつけて、「金学順氏が日本政府を提訴した訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている」としたが、訴状に「継父により日本軍人に人身売買により慰安婦にされた」と読める記載は一切なく、完全な誤りである。
櫻井氏はこの誤りを、産経新聞、「月刊正論」、BSフジ・プライムニュース、「たかじんのそこまで言って委員会」でも繰り返している。このような初歩的な誤りは、訴状を引用する際に最低限行うべき確認を行っていないことの証左である。資料を確認するというジャーナリストとしての基本的動作を怠ったからにほかならず、櫻井氏の過失を基礎付ける重要な事実である。
ところが、判決は、櫻井氏がハンギョレ新聞と臼杵論文も資料としていたことを根拠に、訴状の援用に正確性が欠けても「人身売買されたと信じたこと」に真実相当性を欠くとはいえないとした。援用の正確性が欠けたことを、判決は「齟齬」と表現し、櫻井氏の重大な過失には目をつぶった。櫻井氏が誤りを認め続けた本人尋問を、裁判官はなぜ看過したのだろうか。

櫻井説の変遷■92年当時は「強制徴用」と認識
櫻井氏は、「週刊時事」1992年7月18日号で発表したコラムにおいて、金学順氏らが日本政府を提訴した訴訟について「東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ」と書いている。
このコラム掲載時点で日本政府を提訴した元慰安婦は金学順氏を含めて3名で、実名による提訴は金学順氏だけだった。また、このコラムで、金学順氏が人身売買により慰安婦になったという認識を一切伝えておらず、むしろ、金学順氏を含む元慰安婦について「売春という行為を戦時下の国策のひとつにして、戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は、言語道断、恥ずべきである」と指摘している。これらの記載は櫻井氏が金学順氏を含む元慰安婦「強制的に日本軍に徴用され」たとして提訴した、という認識を示すものである。
このように櫻井氏は、植村氏が記事を書いた翌年(1992年)には、金学順氏は「強制的に徴用され」て日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられたと認識しており、継父によって人身売買されたという認識は有していない。

明らかな誤り■慰安婦を公娼制度の売春婦と認定
 判決は、慰安婦を「太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称のひとつ」と認定するが、この認定は日本政府の公式見解などに反しており、明らかに誤りである。
被害者の多くは公娼制度とは無関係に日本軍や軍の要請を受けた業者によって、暴力や詐欺・人身売買などの方法で徴集され、軍の管理下で慰安所で日本軍将兵に性暴力を受けた点に特徴がある。判決の認定は「河野談話」など日本政府の公式見解や国連の公式文書などに反するとともに、慰安婦の人権侵害の本質を全く無視している。

強制連行説■あり得ない櫻井の誤読
櫻井氏は、金学順氏が慰安婦として初めて名乗り出る以前に、「挺身隊の名で」との表現が、日本や韓国の報道機関などが日本軍による慰安婦の強制連行を報じる際に使用してきた常套句である、と陳述書で述べている。また、本人尋問においても、「挺身隊」という言葉を「慰安婦」を意味する言葉として使用することがあることを認めている。
櫻井氏が、「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という植村氏の記事の記述を女子挺身勤労令に規定する「女子挺身隊」と誤読することはありえない。したがって、「植村は、何の関係もない女子挺身隊を結びつけ、女子挺身隊の名で金学順氏が日本軍によって戦場に強制連行されたものと報じたと信じる」ことに相当の理由はない。
櫻井氏は執筆にあたって、植村氏本人への取材が必要不可欠であり、なおかつ取材が可能であったにも関わらず、取材どころかその申込みさえ行っていない。このことからも、「植村が意図的に慰安婦と挺身隊、女子挺身隊とを結び付けて報じたと信じる」ことに相当の理由がないことは明らかである。

縁戚便宜説■単なる憶測を「相当」と判決が認定
判決は、植村氏の義母が遺族会の常任理事であり、植村氏の記事が報じられた4カ月後に金学順氏を含む遺族会会員が訴訟提起したことを根拠として、「事実と異なる記事を敢えて執筆した」と櫻井氏が信じてもやむを得ないとの結論を導いている。しかし、この根拠は、単なる憶測に過ぎない。「捏造」という記者としての重大な職業倫理違反を決めつけるための、客観的で信頼できる根拠と評価することはできない。
植村氏が義母や遺族会の活動を有利にするために記事を書いたのであれば、縁戚関係を利用して特権的に取材源にアクセスして報道したり、継続的に義母の活動等を有利にするための記事を書いたはずである。ところが、植村氏は金学順氏のインタビューや実名報道ができなかった。情報を入手していれば当然参加しているはずの共同記者会見にも参加できなかった。
このように植村氏の取材状況、報道状況に鑑みても、縁戚関係を利用して義母や遺族会の訴訟を有利にする記事を執筆したと評価ができないことは明らかである。
櫻井氏はこの点についても必要な取材を行わず、根拠になり得ない事実をもとに、「植村が事実と異なる記事を敢えて書いた」と信じた。「そう信じたことに相当の理由がある」と認定した判決は誤りである。

一般読者が基準■櫻井はジャーナリストなのか
 判決は植村記事について「一般読者の普通の注意と読み方を基準」として判断するが、記事内容が事実と異なると主張する櫻井氏は、一般読者ではなく慰安婦問題を精力的に発信するジャーナリストのはずだ。その櫻井氏が23年前の植村記事を「捏造記事」とした2014年に、専門的立場から記事をどう読んだのか。
 金学順氏が慰安婦になったのは1939年。女子挺身勤労令が発効する5年前である。女子挺身勤労令で慰安婦になったのではないことを櫻井氏は当然承知していただろうし、金学順氏のことが報道される以前から「女子挺身隊」という言葉が慰安婦を意味すると認識していた。植村記事の「女子挺身隊の名で戦場に連行」という表記を、女子挺身勤労令に基づく「女子挺身隊」と読み取ることはあり得ない。
 判決は、櫻井氏がジャーナリストであることを無視している。客観的に信頼できる資料や根拠に基づき、取材を尽くし、言論に責任を負うジャーナリストが、一般読者の普通の注意と読み方で足りるとすることはできない。裏付けの努力を怠り、可能で、容易なはずの取材、資料の調査検討もしない櫻井氏は、限りなく一般読者に近い「ジャーナリスト」である。

杜撰な取材■「基本のキ」をないがしろに
 判決は、「捏造記事」という表現が名誉棄損にあたると認めたが、櫻井氏が摘示した事実を「真実と信じたことに相当の理由がある」として植村氏の訴えを退けた。
 捏造とする論拠は、慰安婦だったと記者会見した金学順氏を報じた一部の韓国紙、日本政府を訴えた訴状、それに彼女との面談をもとにまとめた論文。金学順氏は強制連行された慰安婦ではなく、人身売買から売春婦となった女性という論理だ。櫻井氏が「金学順氏は継父によって人身売買された」と信じたとしている。
 しかし「日本軍人に強制連行され慰安婦にさせられた」と金学順氏は供述している。はっきりしているのは櫻井氏が、自説を裏付ける取材、資料の調査検討をしていないことだ。
 金学順氏の供述(日本軍人が連行)に沿った日本の報道は多々あるが、その内容を確かめようとしていない。植村記事を捏造というのであれば、植村本人への取材は不可欠だが、その申し入れもしていない。金学順氏から聞き取り調査した韓国挺身隊問題対策協議会に対しても同様だ。
 慰安婦問題で発信を続ける著名な櫻井氏であれば、容易で、可能な取材であり調査だ。立場が異なる相手に対する取材は、ジャーナリズムの世界では「基本のキ」、必須なのだ。

公正な論評とは■人身攻撃は免責されない
櫻井氏の論評は、真実ではない事実や合理的関連性のない事実を前提にし、かつ、植村氏が意図的に虚偽の記事をでっちあげたとする、植村氏の内心に結びつく事実を何ら提示していないものである。このような論評は、人身攻撃に等しく、意見ないし論評の域を逸脱したものであるから、公正な論評の法理によっては免責されない。

公共性と公益性■一私人の適格性には及ばない
櫻井氏は、植村氏が私立大学に非常勤講師として勤務していることをとらえ、教員としての適格性を問題にした。当時、植村氏は非常勤講師として国際交流講義を担当する一私人にすぎなかった。学内で大学運営に直接的に携わるものでもなく、学内や社会に対して権力や権限を行使する立場にもなかった。植村氏の大学教員としての適格性に関する事実は、多数一般の利害に関係せず、多数一般が関心を寄せることが正当とも認められない。したがって、櫻井氏が書いた大学教員としての適格性に関する事実は、「公共の利害に関する事実」ではない。
判決は、櫻井氏が「慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢」を批判することに「公益目的」を認めた。仮に櫻井氏が言うように、朝日新聞の報道姿勢に対する批判を本件各記事執筆の目的としたとしても、その目的の下に、記事を執筆してから23年が経過し、既に朝日新聞を退職した一私人である植村氏に対し、大学教員の適格性がないなどと論難することにまで目的の公益性を認めることは相当ではない。

最重要証言■不採用は明白な経験則違反
植村氏と同時期に、ほぼ同内容の記事を書いた喜多義憲氏(元北海道新聞ソウル特派員)の証人尋問は、植村裁判の最重要なポイントであるといえる、1991年当時、植村氏が金学順氏の証言テープに基づいて「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と報道したことが、「捏造」ではあり得ないことを示す、最も重要な証言であった。この証言部分につき、その信憑性について何らの説明もしないまま採用せず、いわば無価値なものとして扱っているのであって、そこには、事実認定における明白な経験則違反がある。
                      
※まとめ文責=H.N、H.H
「植村裁判NEWS」2019春号より転載