2019年10月19日土曜日

韓国言論の過去現在


シンポジウム「「いまこそ『報道の自由』を我が手に!」が10月11日午後、札幌市教育文化会館で開かれた。前日の植村裁判札幌控訴審の傍聴に来日した韓国の支援団体「植村隆を考える会」の2氏が、1980年代全斗煥軍事独裁政権下の言論統制・言論操縦との闘いと、現在の活動を語った。
写真は左から=金彦卿さん、慎洪範さん、文聖姫さん(通訳)と植村隆さん



■暴露された軍事独裁政権の「報道指針」

慎洪範(シン・ホンボム=79)さんは元朝鮮日報記者。1986年9月、政権が各新聞社に示してきた日々の秘密通信文「報道指針」を、民主言論運動協議会が機関紙特集号で暴露した。あったことをなかったことに、重要な事を些少なことに、たいしたことではない事をたいしたこととして報道するよう指示する内容。これは1面トップに、あれは見出し1段で扱えと、記事の位置、扱いの大きさまで強要していた。
慎さんは、言論の自由を求め解職された元記者たちが作る同協議会の、執行委員だった。国家機密漏洩罪、国家冒涜罪などで他の2人とともに逮捕された。
「韓国の国民は軍事独裁政権の下で、言論の暗黒時代を過ごしてきたが、その中でも全斗煥政権は、軍と警察、言論統制という2つの柱で成り立つ政権だった。民主化運動、人権運動、労働運動など政権に不利な報道を禁止し、大統領などの動きは大きく報道するように指示した。韓国の新聞6紙は同じような内容になってしまっていた」
慎さんは具体例を挙げる。

野党指導者が外国通信社の取材に応じた内容は報道するな金大中に関する記事は小さく扱い写真は載せるな国会議長の発言「政府は、国会議員の尾行・盗聴・張り込みなどをやめよ」は報道するな(宗教界や民衆運動団体、野党が共同で作った)拷問対策委員会のことは一切報道するな大統領の外国訪問はトップ記事で扱え、等々。

85年10月19日から86年8月8日まで、10カ月間の「報道指針」は688件にのぼる。
「我々は国内のニュースを、岩波書店の『韓国からの通信』など、外国の報道で知る状態だった。韓国日報の金周彦(キム・ジュオン)記者は、指針が下されるたびにメモしていたが、韓国の言論が権力の広報機関に成り下がるという危機に絶望し、この資料を世に知らせることが自分の義務だと思った。またそれがどれほど危険な事かも知っていた」
資料を入手した同協議会は86年9月9日、言論統制・言論操縦の実態を暴露した。機関紙特集号2万2千部の爆発力、破壊力はすさまじかった。
「本当にありえることなのか」「だからすべての新聞が同じ内容だったんだ」「こんな報道をしていてメディアとはいえない」「政府が新聞を編集していたのも同然だ」。
驚きと怒りが一気に広がっていった。
年が明けた87年1月、3人は起訴された。弁護団は「金大中の写真が国家機密になるのか?」「世界の報道機関、通信社が報道し、韓国民だけが知らないニュースが国家機密か?」「言論を権力の広報誌に堕落させ、反文明国にしようとする政府こそ、国の名誉を傷つけ冒涜している」と反論。一審では有罪となったが、事件は翌年の民主化運動の導火線となったと言われる。

慎さんはその後、市民が出資して88年に創刊したハンギョレ新聞で論説主幹を務めた。「言論は良心と理性、知性によってのみ真実と正義を実現することができる。あのような指針は今はないが、経営幹部らの指示、広告主の意向という力が働いている」と強調した。
「いま壁が築かれている韓国と日本の間に、植村さんは橋を架けようとしている。この橋を渡って私たちが交流と連帯を深め、理解しあえればと願っています」

■市民が監視し、市民に表彰される韓国メディア

金彦卿(キム・オンギョン=51)さんは、元記者たちが作った民主言論運動協議会から引き継がれて、多くの市民が加わってメディア監視などを続ける民主言論市民連合の事務局長。
これまで数々の不正が行われてきた大統領選挙、国会議員選挙など選挙監視は、特に力を入れてきた取り組みだという。市民講座「言論学校」を作り、参加する市民を、日々の報道内容をチェックするモニターに育ててきた。
批判するだけでなく、すぐれた報道を毎月選考して公表。年末には最優秀報道を「王の中の王」として表彰してきた。各メディアからその受賞を目指される存在になっているという。
保守系新聞社に放送免許が与えられて、誕生したテレビ局の問題がある放送は市民連合が開いているフォーラムで取り上げ、「報道通信審議委員会」に問題提起している。「会員約5千人の毎月千円の会費で、すべての活動費がまかなわれています。地道に活動を続けてきた会は、年末に35周年を迎えます」と金さんは言う。


NGO「国境なき記者団」による2019年度報道の自由度ランキングでは、180カ国・地域の中で韓国は41位、日本は67位だった。忖度がまかり通る日本の厳しい言論状況を打ち破っていくための大きなヒントを、2氏の講演は示してくれた。


text and photo by H.H