2016年8月3日水曜日

植村さん家族、全面勝訴!

速報!
娘さんに異例の全額認める判決
ネット中傷投稿者への損害賠償請求裁判で

植村隆さんの娘さんが、ネットで中傷の書き込みをした投稿者を相手取って起こした裁判の判決が8月3日午後、東京地裁で言い渡されました。原告(娘さん)が請求した170万円満額が認められ、原告側全面勝訴の判決です。

今回の訴訟は、植村さんの娘さんが2014年9月、写真と名前をツイッター上にさらされ「反日韓国人の母親、反日捏造工作員の父親に育てられた超反日サラブレッド。将来必ず日本に仇なす存在になるだろう」などと中傷の書き込みをされた問題をめぐる一連の裁判の一環。8月3日に言い渡されたのは、このツイッターを書き込んだ投稿者本人を相手取った訴訟の判決です。

ツイッター社に発信者情報開示命じる仮処分決定⇒プロバイダーに投稿者の住所氏名開示命じる判決⇒そして投稿者をプライバシー権と肖像権侵害で提訴⇒全面勝訴

原告側資料によると、植村さんの娘さんは代理人を通じて2015年3月、まずツイッター社に発信者情報の開示を求める仮処分を東京地裁に申し立て、同年6月に投稿者のIPアドレスの開示を命じる仮処分決定が出ました。ツイッター社からの開示を受けてプロバイダーを特定し、プロバイダーを相手取り投稿者の住所氏名の開示を求める訴訟を提起。今年2月の地裁判決で開示が命じられました。

プロバイダーが開示した個人情報で特定された投稿者を相手取り、「ツイッターの投稿で名誉が傷つけられ、プライバシー権と肖像権が侵害された」として2月に提訴。被告本人は法廷に出頭して、自分が投稿したことを認めたといい、8月3日に判決が言い渡されたものです。

2014年に植村さんやご家族、勤務先の大学を襲った一連のバッシングのうち、この1件だけですが、記事と何の関係もない娘さんを攻撃したツイッター投稿者の身元を裁判によって特定し、責任を追及したことになります。原告弁護団は、同種の匿名による誹謗中傷に対する抑止力になるよう、この判決の意義を広めたい、と言っています。

原告側はプライバシー保護を理由に、この訴訟を公にせず進めてきていました。
勝訴後に開いた記者会見の終了をもって解禁となったので、お知らせします。












この日、東京地裁ではこの判決の後、午後3時から別の法廷で植村裁判東京訴訟の第6回口頭弁論があり、午後4時すぎからは報告集会が開かれました。娘さんの完全勝訴の報はその集会の冒頭に報告されました。会場には大きな拍手が沸き起こりました。植村弁護団(東京)の神原元弁護士は、「認容額が高額であること、また満額であることは異例だが、高く評価できる」と解説しました。植村さんは、「裁判所は和解を勧めたが娘は判決を求めた、そして勝った。私はそんな娘に支えられている、だから私は負けない」と語りました(写真上=8月3日午後、報告集会会場となった霞が関の弁護士会館で)。



2016年8月2日火曜日

野田正彰さん講演録

日本軍の性暴力=慰安婦問題を考えるということは、私たちの社会のゆがみを見つめ、私たちの人間性を振り返っていくということです

札幌訴訟第3回口頭弁論後の報告集会での講演を要約して収録します(7月29日) 

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慰安婦問題との関わりを振り返りますと、1990年ごろだったと思いますが、鑑定を依頼されたことがあります。私は天邪鬼なところがあって、韓国の慰安婦については多くのマスコミが報道していて、同じことはしたくないので、私は中国の慰安婦の鑑定を引き受け、台湾、フィリピンのおばあさんたちを診ました。
そこで一つの視点を、みなさんに提起したい。マスコミや社会的な評判になっていることに関して、フォーカス効果といわれることがある。光がある一つのところに当たると、その周りが見えなくなることを言うのですが、慰安婦問題もそうではなかったか。
日本軍はひどいことをいろいろなところで行ったのですが、韓国の慰安婦問題が90年代にああいう形で提起されると、多くの日本人は慰安婦問題は韓国の女性問題と焦点化し、理知的にはそうではないとしても、感覚としてはそのように捉えたのではないか。今回の日韓の合意に関して、政府は今回の交渉は台湾、中国などに広げるものではないと、とすぐに言いました。多くの女性が性奴隷にされたことが忘れられています。これが私たちの政府の姿であり、私たちの意識の反映であることを忘れてはならない。


■日本軍の特異性――性的暴力に加え、虐待、暴行の限りを尽くす

私は海南島、中国とベトナムの間の大きな島ですが、東京高裁の鑑定で2度訪ね、10数人を診ました。また中国の太原も訪ね、台湾では当時確認されていた40数人のうち10数人を診察し、その後も相談に乗ってきました。東京高裁に提出した事例のいくつかはみすず書房から出した「虜囚の記憶」にサンプルとして紹介している。
中国・山西省のあるケースでは、日本軍はある村の役場を占拠してから、近くの若い女性をさらいに行く。当時の敵の八路軍に男を出しているのではないかといった口実を一応付けるが、実は若い女性がいる情報を事前に集めておいてから行くわけです。そして八路軍に家族を出しているとか口実をつけて、若い女性を縛って、担いで駐屯地へ設けた慰安所へ連れていく。3畳ほどの、窓もない部屋が並ぶ長屋のようなところに4、5人の女性を放り込んで、男たちが順々に強姦していく。人により違うが、昼間は3、4人、夜は将校のクラスが来る。

日本軍の特異性というのは、こうした性的暴行の対象としたうえで、さらに慰安婦たちを日中連れ出して、村で何が行われているか言えと責めて、暴行を加えているということです。軍靴で蹴とばし、銃座で殴る。それで骨が砕ける。3、4カ月もすると衰弱し、使い物にならなくなる。すると、駐屯地の近くにむしろで包んで捨てる。それを村の人が助け出す。しかし、多くの人は死んでいく。そんななか奇跡的に命を救われた一人は、両大腿骨と腰椎が砕けて、身長が数センチも縮んでいた。こうした状況はほとんどのところで聞かれました。
 
さて皆さんの想像力ですが、私の今の話を聞いて、どう思われたでしょうか。私たちはいま、韓国の女性のことを聞きながら、日本軍が中国はじめ東南アジアの各地の戦線で、何をしてきたのか考えたでしょうか。これまで想像できたでしょうか。もう一つ質問したい。(日本軍から捨てられた)16、17歳の女性がその後、どう生きていくことができたか。どんなに大変だったか。メタメタにされた体で、多くの人は乞食をしながら生きていく。その場所は黄土高原の穀物もほとんど獲れないところです。もう一つ想像してください。では簡単に乞食ができただろうか。多くの人からは〝日本の女〟として差別され、排除され続けました。

■彼女たちの思いが届かない日本社会の鈍感さ、醜さ

彼女たちがその後、生きていくことが、いかに大変だったか、日本のマスコミは問題にしたでしょうか。報道したでしょうか。彼女たちがなぜここまで名誉の回復を求めるのか。その言葉の裏には、戦後の60-70年を生きていくことがいかに困難だったかがあるわけですが、それを想像できるでしょうか。一人一人が受けた困難を日本政府が認めることによって、自分が生きてきたことに意味があったことを確認し、そして自分の地域社会に認めてもらいたいという思いがあったからです。裁判を起こしたのはそういう思いがあったからです。しかし、それは日本の社会、市民に届いていない。まして、いつまでも何を言ってんだという声が出てくる。これは人間の鈍感さ、醜さの表れです。

裁判は精神的外傷の認定を求めるものですが、それは当たり前のこと。私はPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)は米軍が戦争遂行のため、保険を通すために作った誤った概念と思っている。加害も被害も一緒くたにして、殺したこと、死ぬということを一定期間のインターバルで思い出す、フラッシュバックするなんてありえない。私はベトナムに派遣された韓国兵にインタビューし、生き残ったドイツ兵を診断したが、すべての人に苦しみはずーっと続いていました。忘れた期間があるなんてありえない。
慰安婦の人たちも一瞬たりとも忘れられない。60数年たっていても、村の道を歩いていて竹林がざわざわ揺れると、日本兵が飛び出してくるのではないかと足がすくんでしまう。夜中に扉が風で揺れると、中にいたおばちゃんがキャーっといって家を飛び出して震えている。孫が「戦争は終わったのよ」と抱きしめ続けても、おばあちゃんは日本軍が雨戸を破って入ってきて連れ出していく感覚の中に連れ戻されている。

PTSDの症状はこうして全員に続いているわけだが、私は「破局的体験後の人格障害」という概念を東京高裁に提出した。それは持続的に人格が変わってしまうということです。どんなに変わるかというと、望まれるままに素晴らしく成長した女性も、(ああいう経験をすると)、人格が硬直してしまう。基本的に世間に対して疑い深く、周りに警戒的、家族も信じられない。引きこもり―積極性がなくなる。何事にも無力感があり、生きていることに空虚感を持つ。常に危機に瀕している慢性的な感情、人に対するよそよそしい態度…人間としての尊厳が徹底的に、かつ持続的に壊されると、人の性格はこうも変わってしまう。

■破局的な体験の後に人格障害で苦しむ被害者たち

海南島のおばあさんの1人は人格的に変わっているし、村も(変わってしまった彼女を)受け入れる力がない。そこでおばあさんは小さな掘っ立て小屋を建ててもらって、牛だけと鼻をくっつけるようにして生きてきた。子宮筋腫だと思うが、年老いて大量の出血と貧血に苦しむようになった。それを若いときの性の乱れ―決して本人の責任ではないが―と苦しみながら、日本に謝罪を求めて、村落の名誉回復のために裁判を起こした。
東京高裁では私の鑑定書が全面的に採用されました。判決文は「破局的な体験後の人格障害」にいずれの女性も苦しんでいるとし、軍の威圧のもとで自己の性的満足を得ようとする本件の凌辱行為は陸軍刑法や海軍刑法でも強姦罪という重大な犯罪行為というべきで、最も卑劣な行為と厳しい批判を受けなければならない。本件女性たちの被害は重大で、癒されたとか、償われたとも言えない、とした。しかし、1972年の日中の平和条約締結で請求権は消滅したとして、最終決定はおばあさんたちの訴えを棄却した。このように判決は鑑定内容を全面的に認めているが、私たちはこうしたことをほとんど理解していない。
 
ところで、韓国では日本は女性たちをさらっていった。外地に行けば看護助手の仕事があるとか、食事の世話をするとかいってだまし、明らかに軍が関与する船でシンガポールやミャンマーなどに送りだした。
しかし、これらと中国や南方の人の扱いは明らかに違いがある印象だ。中国の女性たちは性的暴行の対象にされたうえ、暴行で殺されている。これは日本人の、日本の男の精神性がどうだったのかを示している。つまらん比較をするなとも言われるが、私は考え込まざるを得ない。日本軍の兵士は暴行した女性を殺しただけでなく、妊娠していた女性の腹まで割いている。こうした事例は枚挙にいとまない。なんで、ここまでするのか。軍の教育に希望がない。男たちは生きて帰る希望のない戦争を強いられた。何をしてもおしまいだという戦争を強いられていた。

■日本軍国主義の”文化”は敗戦で消えたわけではない

ロシア(ソ連)の兵士たちが中国東北部(満州)に入り、ベルリンにも進撃し、性的暴行の限りを尽くしているが、日本の軍国主義とは異なる様相をみせる例がある。被害者女性と兵隊とのそれなりの戦場における人間的交流が報告されている。日本軍の性的暴行を受けた女性の話を聞くと、かなり違う。女性が親切をしたのに骨盤を砕かれて、両大腿骨を折られた。なぜ、ここまでする軍隊をつくったのか。それは現代まで続く日本社会の歪みではないでしょうか。あの硬直した―何かあると「生か死か」とアホなことをいって、怒鳴り声をあげる。こうした戦前の、常に緊張する文化が、敗戦と同時に消えたわけではない。

軍隊は解散されたけれど、すぐ防衛とか何とかいって復活させただけでなく、社会のあり方は〝硬直〟のままです。一つの手段を設定すると、それで最大の効率を上げればよいとなる。兵士たちは戦場でどうせ死ぬのだから何をやってもよいとなり、敵の女性を自分の性的対象にする。こうした文化が天皇制の下で強制され、今も続いているのではないでしょうか。

韓国の慰安婦問題はきちんとぜひ考え続けてほしい。しかし、政府、マスコミによってつくられる焦点(フォーカス)効果で、おそらく何十倍もの中国、東南アジアの被害者について私たちは考えないし、責任もとっていない。
挙句の果て、どこの国の軍隊も同じという論評がどこにでもあります。
韓国の慰安婦の女性に対して政府は公的な謝罪をする必要はあるが、しかし、反省というものは相手の社会に対するものではない。私たちの社会がまともになるため、硬直した、人間を性的奴隷にしてしまうまでに落ちぶれた社会を、私たちに取り戻すために反省するのです。

■中国、東南アジアに及ぶ被害を日本政府はどうするのか

中国には歴史学会の講演などで何度も行きました。印象的だったのは、中国の新聞社のトップの1人が小泉首相(当時)の靖国参拝について、日本の政治家は何か勘違いしているのではないか、といっていたことです。私たちは政治家に靖国に行ってくれるなといっているわけではない、この靖国参拝は日本のためにならないことだという。かつて私たちの国は立ち遅れ、国はバラバラだったが、いまは一国として軍備を整え、2度とあのような戦争を起こさせない自信がある。だから戦争で何をしたかを考えるのはあなた方の問題ではないでしょうか、というわけです。

あれから20年、中国の構えも変わってきたようです。しかし、戦争を振り返り、慰安婦のことを振り返るのは、私たちの社会をまともにする、よくするのであって、謝ってよい印象を持ってもらおう、相手の国との貿易をよくするとかというわけではない。
そして慰安婦にされた被害者には、よくぞ生きていてくださったと感謝を伝える必要があります。そして病気に苦しんでいる人に(私たちは)何ができるかを考えることではないだろうか。

私は韓国、台湾で、社会で孤立しているおばあさんたちと開く食事会に参加してきた。何度か頼まれて、往診もした。しかし、私たちの政府は何もしないままでいます。そして今回の日韓交渉での合意内容は中国や東南アジアに及ぶものではないと説明する。こうした政府をつくっているのは私たちです。よく〝普通の国〟にならなければといわれる。しかし、私は普通の社会でないのに、どうして〝普通〟ができるのかと思いますね。

■右傾化の中枢にいる櫻井よしこの威圧的、権威主義的パーソナリティ

そして櫻井よしこ氏です。何度となく食事したことがあるのですが、その櫻井氏が植村裁判の冒頭で、植村報道のためどれだけ多くの日本人が恥ずかしい思いをしたか、不名誉に苦しんでいるかと、とうとうと述べています。
私はこういう発想で、アジテーション的な発言すること自体が、ファッショ(全体主義)的な姿勢だと思います。どうして彼女は、日本人の感情を勝手に代表することができるのでしょうか。自分の都合のいいように、国家とか民族とかの論理にすり替え、人を威圧する。まさに近代日本が行ってきた権威主義的パーソナリティといえる。自ら行ってきたこと、感情を見つめることなく他人を攻撃する、少数者に対して威圧的に構えるのが権威主義的な人のパーソナリティです。

そんな彼女が、「日本会議」など右傾化を代表する組織の代表のような立場にいる。私には不思議です。勘ぐりですが、何か裏があると思う。彼女が右傾化する日本の政治の中枢になぜいるのか。自己の生き方、感情を隠して、集団を代表するような発言を繰り返す。それは近代日本が、ずーっとしてきたことです。「世界に冠たる日本」とか言って、人々を戦場に行って死ねと追い詰め、生きて帰らないのだから、証拠隠滅すれば何をしてもよいという日本を作り出した。

慰安婦問題を考えるということは、私たちの社会のゆがみを見つめ、私たちの人間性を振り返っていくということです。

(まとめと文責・山本)

2016年8月1日月曜日

東京訴訟第6回迫る

植村裁判東京訴訟(被告西岡力、文藝春秋)の第6回口頭弁論が8月3日に東京地裁で行われます。終了後には、報告集会と香山リカさんらが出席するシンポジウムがあります。
猛暑の中での裁判と集会です。体調にお気をつけのうえ、ご参加ください。

■第6回口頭弁論
8月3日(水)午後3時から午後3時半
東京地方裁判所 103号法廷
*東京メトロ丸ノ内線・日比谷線・千代田線「霞が関」駅A1出口から1分。有楽町線「桜田門」駅出口より3分
*傍聴は整理券の発行と抽選が予想されます。2時15分までにお集まりください。
■報告集会とシンポジウム
同日午後4時15分~5時45分
弁護士会館502A~F *裁判所のすぐ裏。日比谷公園側です
◇第1部:裁判の報告 植村東京訴訟弁護団から 
≪週刊文春記事が喚起した憎悪のメールとファックス≫
◇第2部:シンポジウム ≪メディアの萎縮を打ち破れ≫
香山リカさん(立教大教授、放送倫理・番組向上機構(BPO)前委員)
新崎盛吾さん(日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)議長、新聞労連委員長)
岩崎貞明さん(「放送レポート」編集長)
*ジャーナリズムを担うメディア(報道各社)の萎縮が指摘され、「メディアの危機」が深まっている。なぜ萎縮は起こっているのか。それを打破するためには何をすべきなのか――。
*資料代500円。事前申し込みは不要です。
◆主催:植村東京訴訟支援チーム 
◆共催:新聞労連/民放労連/日本ジャーナリスト会議(JCJ)
◆問い合わせ先:日本ジャーナリスト会議 電話03・3291・6475


2016年7月29日金曜日

札幌訴訟第3回期日


植村裁判札幌訴訟(被告、櫻井よしこ氏と新潮社、ダイヤモンド社、ワック)の第3回口頭弁論は7月29日午後、札幌地裁805号法廷で開かれた。
この日の弁論は、原告側が提出した第2準備書面をめぐるやりとりが中心となった。最初に原告弁護団の竹信弁護士が要旨を説明した。第2準備書面は、札幌訴訟の核心となる重要な主張であり、櫻井氏が書いた雑誌記事6点の17個所にわたる名誉棄損表現のどこが「摘示されている事実」にあたるかを具体的に整理している。この主張に対して、岡山忠広裁判長が、一部は「事実の摘示」というよりは「論評」と読めるのではないか、また今後、「論評」による名誉棄損表現も加えるのかどうか、とやわらかな口調で質問した。さらに、被告側からは準備書面の中の重複した記述など細かな点について質問があった。結局、裁判長も含め、双方のやりとりが10回ほどあった。この回数は前2回に比べ倍増している。裁判は重要な段階に達していることが傍聴席にも伝わってきた。
開廷は午後4時20分、閉廷は同40分だった。開廷は定刻から50分ほど遅れた。被告側弁護士2人が搭乗した東京からの飛行機が機材繰りで延着したためだった。
この日も地裁1階の会議室には傍聴券を求める長い列ができた。73の座席に対して107人が並び、倍率は1.5倍の高率だった。

裁判の後の報告集会は、午後5時から地裁近くの札幌市教育文化会館で開かれた。

















はじめに「植村裁判を支える市民の会」共同代表の上田文雄・前札幌市長があいさつしたあと、小野寺信勝弁護士による裁判報告があった。小野寺さんは、「裁判は非常に重要な局面にさしかかった」と述べ、名誉棄損訴訟における「名誉」の定義、その判断の枠組み、「事実の摘示」と「論評」の区別について、パワーポイントを使って詳しい説明をした。そのあと、植村隆さんがソウルの「少女像」をめぐる韓国内の動きを紹介し、韓国政府が設立した「慰安婦財団」が抱える問題点についてコメントした。
つづいて、野田正彰さん(精神病理学者、京都市在住、北大卒)が講演した。演題は「日本軍の性暴力」。精神科医として中国の「慰安婦」被害者を治療・診察・鑑定した経験をもとに過酷で悲惨な「虜囚」の被害を語り、「日本軍はなぜここまで暴力化したのか」、「日本人はきちんと反省をしたのか」と問いかけた。そして最後に、櫻井よしこ氏の言動を厳しく批判し、「自己の生き方や感情を隠してただわめくだけのひとが政治、社会を牛耳っている」「個の感情を国民全体のものとしようとしている、これこそが全体主義だ」と語った。
集会のしめくくりは、東京からかけつけた「支える会」共同代表の崔善愛さん(ピアニスト)。指紋押捺拒否にかかわる自身の訴訟で最高裁まで争った体験を語り、植村さんを支援することの意味を熱く語った。

写真上=107人が参加してほぼ満席。予定を30分オーバーして7時半に終わった。
下=この日の発言者。左から、上田文雄さん、植村隆さん、野田正彰さん、崔善愛さん。

2016年7月27日水曜日

相次ぐ謝罪とお詫び

高木健一弁護士の名誉棄損訴訟、2件とも「実質勝訴」

藤岡信勝氏(拓大教授)、「WiLL」に謝罪広告掲載し解決金50万円支払い
池田信夫氏(ブロガー)、自身のブログに謝罪文掲示し和解金30万円支払い

元慰安婦らによる戦後補償の訴訟を多く手がけた高木健一弁護士を批判する記事を雑誌やブログに書いた藤岡信勝・拓殖大客員教授と、アゴラ研究所所長の池田信夫氏が、それぞれ記述の誤りを認めて高木氏にお詫びする謝罪文が載ることになった。高木氏が起こした名誉毀損訴訟2件が、相次いで和解したためだ。

7月26日発売の月刊誌「WiLL」9月号には以下の謝罪広告が載った。
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「WiLL」2013年9月号に掲載した藤岡信勝「『従軍慰安婦』で日本の名誉を売った二人の弁護士」と題する記事において、高木健一弁護士がインドネシアを訪問し、地元紙に元慰安婦を募集する「広告」を出したと述べた記述は、誤りであることを認め、お詫び致します。
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高木氏はサハリン残留韓国人の帰還問題や日本軍の慰安婦問題など戦後補償の裁判を多く手がけた弁護士。藤岡氏は、従来の歴史教科書が「自虐史観」の影響を受けていると批判して1997年に「新しい歴史教科書をつくる会」を発足させ、現在は副会長。「WiLL」は今年初めまで文藝春秋出身の花田紀凱氏が編集長を務め、保守系の論客が多く寄稿する言論誌だ。

謝罪文(左)を掲載した「WiLL」9月号
13年9月号の記事で藤岡氏は、高木氏ら2人の弁護士を「慰安婦問題をでっち上げ、世界にその噓をばらまいて国際的な大問題に仕立て上げた」と批判。高木氏について「インドネシアを訪問し、地元紙に『補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい』という内容の広告を出した」と書いた。

高木氏は「記事で名誉を傷つけられた」などとして、藤岡氏と同誌発行元ワックを相手取り、慰謝料など1100万円の支払いと謝罪広告掲載を求めて13年12月に提訴。「1993年の日弁連によるインドネシア調査には参加しておらず、現地紙に広告を出したとの事実はない」と主張した。

東京地裁は2015年4月の判決で、高木氏がインドネシアを訪れ広告を出したとの記述について「真実との証明があったとはいえない」と認定する一方、「広告を掲載したかどうかは重要とはいえない」とも述べて、高木氏側の請求を棄却した。高木氏側は控訴。控訴審の東京高裁で今年6月20日、和解が成立した。被告側が「WiLL」誌上に謝罪広告を掲載し、原告側に解決金50万円を支払うとの内容だ。

一方、池田氏のブログ「池田信夫blog」のトップページには、7月末までに以下の内容で謝罪文が載る予定だ。
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2014年9月1日に当ブログに掲載した記事において「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」「ハイエナ弁護士」と記載したことは誤りでしたので、高木健一弁護士に多大なご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。
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池田氏は元NHK職員の経済学者。主宰する言論サイト「アゴラ」や自身の「池田信夫blog」に時事問題に関するブログを掲載している。

高木氏は記事で名誉を傷つけられたとして2014年9月、池田氏を相手取り、慰謝料など330万円の支払いや謝罪文の掲載を求めて提訴。「戦後補償の訴訟では韓国人被害者から費用を一切受け取っていないのに『慰安婦を食い物にするハイエナ弁護士』とレッテルを貼られた」と主張した。

今年7月20日、東京地裁で和解が成立。被告側が問題とされたブログの記述を削除し、トップページに7月末から30日間、謝罪文を掲示。原告側に和解金30万円を支払うとの内容だ。

高木氏は「藤岡、池田両氏は事実と異なる記事を書き、元慰安婦を支援する運動をおとしめた。両者とも誤りを認めて謝罪広告や謝罪文を掲載し、解決金や和解金を支払うことになった。実質上の勝訴といえる和解だ」と話している。

(朝日新聞編集委員・北野隆一)


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ハフィントンポスト(日本版)7月27日付より転載 こちら

「池田信夫ブログ」 訂正記事 こちら

2016年7月22日金曜日

札幌第3回期日迫る

植村裁判札幌訴訟(被告櫻井よしこ氏と出版3社)の第3回口頭弁論は、7月29日(金)午後3時30分から、札幌地裁805号法廷で開かれます。裁判終了後の報告集会は午後4時30分から札幌市教育文化会館で開催、弁護団と植村さんの報告の後、精神病理学者の野田正彰さんが講演をします。

2016年7月15日金曜日

東京訴訟第6回期日

植村裁判東京訴訟(被告西岡力、文藝春秋)の第6回口頭弁論が8月3日に東京地裁で行われます。報告集会とシンポジウムのプログラムは下記のように決まりました。

■第6回口頭弁論
8月3日(水)午後3時から午後3時半
東京地方裁判所 103号法廷
*東京メトロ丸ノ内線・日比谷線・千代田線「霞が関」駅A1出口から1分。有楽町線「桜田門」駅出口より3分
*傍聴は整理券の発行と抽選が予想されます。2時15分までにお集まりください。
                                                  
■報告集会とシンポジウム
同日午後4時15分~5時45分
弁護士会館502A~F *裁判所のすぐ隣。日比谷公園側です
◇第1部:裁判の報告 植村東京訴訟弁護団から 
≪週刊文春記事が喚起した憎悪のメールとファックス≫
◇第2部:シンポジウム ≪メディアの萎縮を打ち破れ≫
香山リカさん(立教大教授、放送倫理・番組向上機構(BPO)前委員)
新崎盛吾さん(日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)議長、新聞労連委員長)
岩崎貞明さん(「放送レポート」編集長)
*ジャーナリズムを担うメディア(報道各社)の萎縮が指摘され、「メディアの危機」が深まっている。なぜ萎縮は起こっているのか。それを打破するためには何をすべきなのか――。
*資料代500円。事前申し込みは不要です。
 ◆主催:植村東京訴訟支援チーム 
 ◆共催:新聞労連/民放労連/日本ジャーナリスト会議(JCJ)
 ◆問い合わせ先:日本ジャーナリスト会議 電話03・3291・6475

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札幌7.29もよろしく

2016年6月29日水曜日

札幌訴訟第3回期日

植村裁判札幌訴訟(被告櫻井よしこ氏と出版3社)の第3回口頭弁論は、7月29日(金)午後3時30分から、札幌地裁805号法廷で開かれます。裁判終了後の報告集会は午後4時30分から札幌市教育文化会館で開催、弁護団と植村さんの報告の後、精神病理学者の野田正彰さんが講演をします。











































2016年6月10日金曜日

札幌訴訟第2回速報

入廷する植村さんと弁護団(6月10日、札幌地裁)

札幌訴訟の第2回口頭弁論は6月10日(金)、札幌地裁で開かれました。

札幌ではきのうから夏の訪れを告げる「よさこいソーラン祭り」がにぎやかに開催中で、裁判所周辺でも「ソーラン」が遠くから聞こえていました。傍聴抽選には111人が行列を作りました。抽選倍率は一般傍聴席70に対して約1.6倍(前回は3.5倍)。櫻井氏の支援者とみられる日本会議系の団体が事前に傍聴を呼び掛けていましたが、それとおぼしき人物と確認できたのは数人のみ。3人程度が抽選に当たり、傍聴券を手にしたようです。

805号法廷の原告代理人席(植村さん側)はこの日もいっぱいの4列になりました。そのため椅子の列は証言台のすぐ前までせり出し、通常の裁判では最前列に座るはずの植村さんが、2列目に埋もれる形になりました。
午後3時半開廷。裁判長に向かって左側に植村さんと弁護団の計27人が着席。対する被告席は林、高池弁護士ら代理人6人で、櫻井氏の姿はありませんでした。
裁判はそれぞれの主張を展開する準備書面の応酬となっており、法廷ですべてが読み上げられるわけではないので傍聴席からはそれぞれの主張の組み立て、争点が分かりにくい。この日の法廷では櫻井氏側の準備書面(3月31日付)に対する反論をまとめた原告側準備書面(6月6日付)の要旨のみ、成田悠葵弁護士が読み上げました。
それによると、櫻井氏側が「捏造」の表現を「意見」「論評」と主張するのに対し、原告側は過去の判例などを踏まえ、「捏造」は証拠の裏付けが必要な「事実摘示()(事実を暴くこと)である」と反論。櫻井論文を「事実摘示」とみるか「意見」「論評」とみるかが争点になってきました。

この後、岡山忠広裁判長は原告側に対し、「どの部分が事実の摘示に当たるのか、なぜ植村さんの社会的評価の低下に当たるのか、整理してほしい」と注文。約15分間で閉廷し、非公開の進行協議に移りました。
進行協議では、次回以降の年内の期日が以下のように決定しました。
▼第3回7月29日(金)、第4回11月4日(金)、第5回12月16日(金)、いずれも午後3時半開廷、805号法廷


報告集会は午後6時から、裁判所近くの札幌市教育文化会館(3階研修室)で開かれました。
はじめに、弁護団の秀嶋、成田両弁護士が報告と解説をしました。秀嶋弁護士は、「事実摘示の具体的な主張」を裁判長から求められたことについて、「事実摘示は細かな部分ではなく文脈全体で論じるべきこと」としながらも、「早い段階で論点を整理しようという、裁判促進法に則っている」と、裁判長の訴訟指揮に納得のいく説明をしました。
植村さんは、3カ月がたった韓国での生活ぶりを、スライド映像を使いながら語りました。ジョークを交えた植村さんの軽妙な語りが、会場の参加者の柔らかな笑いに包まれていました。
休憩をはさんで行われた講演は、北大准教授の玄武岩さんによる「ナショナリズムとメディア」。玄さんは1時間にわたって、なめらかな日本語で、「国益」についての新聞社間の意見対立と朝日新聞バッシングとの関連や、社説の変容の背景を分析した後、「少女像」をめぐる最新の韓国社会のホットな状況を報告しました。出席者は80人を超え、会場は満員でした。


報告集会詳報は、記録サイト「植村裁判資料室」にあります。こちら


会場いっぱいの報告集会(同日、札幌市教育文化会館)







2016年6月6日月曜日

植村隆のソウル通信第3回

エネルギー源は、カトリック大学の特製トンカツ


私が一番気に入っている食べ物は、カトリック大学の学生食堂の特製トンカツだ。正式名は「スジェ(手製)ワン(王)カツレツ」。ワン(王)というのは、愛用の電子辞書によると、「非常に大きいことを表す接頭語」だ。3500ウオンなので、日本円で350円くらい。物価高の韓国では、格安の食べ物だ。
裁判に「勝つ」という意味も込め、縁起がよさそうなので、注文してみたところ、結構いけるので、しばしば夕食として食べている。これが、私の大学でのエネルギー源である。

学生食堂は午後7時半に、注文の受け付けが終わる。いつもぎり ぎりに食堂へ駆けつけている。食券を渡すと、食堂のおばさんが、「ちょっと時間がかかるけれど、待っててね」などと言い、生のトンカツを油に入れて、悠然と揚げ始める。この食堂では、作りおきのカツでなく、注文があってから、揚げてくれるのだ。冷たいものを、レンジでチンではないのである。

出来立てのものを学生たちに食べさせたいというあったかい思いやりなのだろう。私としても、テーブルで、本を読みながら、待つので気にならない。何分か待てば、揚げたてのカツレツがカウンターに登場する。それを受け取って、テーブルへ運ぶときの期待感はなかなかのものだ。

ナイフとフォークで、トンカツを切り取り、口の中へ。 衣の下の、豚肉は薄くて、あまり存在感はない。しかし、できたて、ほかほかのトンカツに、トマト味のソースがどばっとかかっており、迫力は満点だ。ごはんは、小盛りである。それにキャベツなどの野菜を刻んだサラダ、クリームスープ、黄色いタクワンがついている。食べながら、元気が出るのが分かる。

しかし、人間は欲深い存在だ。最近は、この特製トンカツを食べながら、「物足りないナ」と思うようになった。やはり揚げたての油モノには、「あの泡の出る黄金の飲み物」がよく合う。だが、カト リック大では食堂などオープンな場所では、禁酒である。学生食堂の下にある、コンビ二にも当然、ビールは売っていない。 「ビールが飲みたい」と思いながら、トンカツを食べるむなしさに、さいなまれるようになった。一種の「煩悩」である。「煩悩@カトリック大」である。

禁酒の国イランで特派員をやった時代を思い出した。
出張でイラン航空を使うとき、機内に欧州製の缶入りノンアルコールビールを持ち込んだことがある。驚いたような表情を見せたへジャブ姿の女性乗務員に、これは「アルコールが入っていないので、大丈夫だ」と説得、安心させた「実績」もある。

「そうだ。カトリック大の食堂に、ノンアルコールビールを持ち込も う」。
そう思って、近所のスーパーで、韓国のビール会社「ハイト」製のノンアルコールビールを買った。1本800ウオン。アルコール分ゼロという意味で、カンには英語で力強く「ZERO」という表示もある。

180分授業の終わった5月31日(火)の夕方、冷やしたこのノンアルコールビールを持参して、食堂へ行った。「禁酒のおきてを破っているのでは」と 誰かに言われるのではないか、とちょっぴり心配もしたが、そんなことはなかった。

食堂の外のテラスで、ノンアルコールビール片手に、あつあつの特製カツレツを楽しんだ。キャンパスは緑。さわやかな風に吹かれ、幸福なひと時だった。
皆さんが、カトリック大学に訪問したら、ぜひ、この学生食堂に案内したい。
そして、このささやかな幸せを分かち合いたいと思う。
  
【写真】ノンアルコールビールと特製トンカツを手にする=5月31日、カトリック大学聖心キャンパスで