記録作家・林えいだいを題材にしたドキュメンタリー映画「抗い」の上映会が10月11日に札幌であります。
林えいだいは九州・筑豊を根拠地に、歴史に埋もれた事実を掘り起こし、すぐれたルポルタージュを世に送り出した作家です。1933年福岡県に生まれ、反権力、反戦、反差別を貫き、2017年9月、84歳で没しました。映画「抗い」は、がんと闘う晩年の林えいだいのインタビュー映像を通して反骨の作家の魂の軌跡をたどり、ジャーナリズムは戦争、公害、差別とどう向き合ったのか、という重い問いを突きつけます。
監督は現在、植村隆さんの闘いの日々を記録する映画「標的」を制作中の映像作家西嶋真司さんです。「標的」の短縮版が前日の10日、植村裁判報告集会(札幌)で上映されるのを機に、「抗い」の上映会が実現しました。
日時■10月11日午後6時30分~8時40分。上映時間は100分、上映後に西嶋監督のトークがあります
会場■札幌市教育文化会館301会議室 (中央区北1西13)
鑑賞券■前売り1200円、当日1500円、25歳以下500円
権力の前に沈黙を強いられた名も無き民へのまなざし
■映画「抗い」あらすじ■
福岡県筑豊の旧産炭地には、今もアリラン峠と呼ばれる場所がある。そこは、かつて日本に徴用された朝鮮人たちが炭鉱に向かう時に歩いた道である。しかし、その名は地図には載っていない。福岡県筑豊を拠点に、朝鮮人強制労働や公害問題、戦争の悲劇などの取材に取り組んできた記録作家・林えいだいがアリラン峠を歩く。林は筑豊に渦巻く様々な歴史の真相、国のエネルギー政策に翻弄された名もなき人々を記録してきた。
若い頃には北九州市教育委員会社会教育主事として地域の婦人会と公害問題に取り組み、告発運動に至る。37才の時に意を決して退職、フリーの記録作家となった。
林が記録作家になった背景には、反戦思想を貫いた父親の存在がある。神主だった父親の寅治は、民族差別に耐えかねて炭鉱から脱走した朝鮮人鉱夫たちを自宅に匿った。「国賊」、「非国民」とされた父親は、警察の拷問が原因で命を落とした。その体験が林の取材活動の原点となっている。
2014年8月9日、福岡市の雑木林を林が訪れる。1945年の同じ8月9日、そこで一人の特攻隊員が日本軍に銃殺された。国の命運をかけた重爆特攻機「さくら弾機」に放火したという罪が着せられていた。林はこの青年が朝鮮人であるが故に無実の罪を着せられたのではないかと疑念を抱き、真相に迫ろうと放火事件の目撃者のもとを訪ねる。徹底した取材の姿勢は、対象となる人物の重たかった口をも開き、決して忘れてはならない真実を浮き上がらせるのだった。
現在の林は、私設図書館の「ありらん文庫」に愛犬の「武蔵」とともに暮らしている。朝鮮人強制労働、公害問題、特攻隊の実相など、徹底した取材による膨大な資料が積まれ、歴史に埋もれた事実をここで記録してきた。
林が生まれ育った筑豊の炭鉱では、人々が懸命に生き、歴史を作った。女坑夫や石炭を荷積みする女沖仲仕など、明治から大正昭和にかけて日本の経済を支えた女性たちのことも生き生きと描いた。
重いがんと闘う林の指は、抗がん剤の副作用でペンを持てないほどだ。それでもセロテープでペンを指に巻き付けながら懸命に記録を残す。権力に棄てられた民、忘れられた民の姿を記録していくことが自分の使命であると林は語る。
「歴史の教訓に学ばない民族は
結局は自滅の道を歩むしかない。」 林えいだい
■林えいだいという生き方(監督 西嶋真司)■
抗いに満ちた人生だ。その抗いはどこから来るのか。それは国益の追求や戦争遂行のため、人の命を軽視する権力への抗いであり、誰からもかえりみられることなく真実が消え去ろうとする記憶の風化への抗いである。えいだいさんは権力の前に沈黙を強いられた人々の声に耳を傾け、その記録を続けている。生きるための自由を奪われた人々に、器用に振る舞うことのできない自分自身を重ねているようにもみえる。権力とは常に一線を画す反骨精神がそこにある。
「反骨のジャーナリスト」などという言葉は、そもそも存在しないという。反骨はジャーナリズムの基本であり、反骨を失ったジャーナリストは、すでにジャーナリストとは呼べない。作家としてのえいだいさんは全国的にはあまり知られていないし、その暮らしも決して楽ではない。しかし、この人には権力や世論に迎合して売れる本を書こうなどという思いは一欠片も無い。筋金入りとは、こういう人のことをいうのだろう。
病室で執筆を続けるえいだいさんに、何のために記録するのかを聞いたことがある。投薬で声がかすれたえいだいさんは、その答えを一枚の紙に書いてくれた。
「権力に棄てられた民 忘れられた民の姿を記録していくことが私の使命である」。
ゴツゴツした文字から強い信念が伝わってきた。映画『抗い』の中で、記録作家の使命を感じていただければありがたい。