最高裁は3月11日、植村裁判東京訴訟の上告を棄却する決定をした。
植村隆氏と弁護団は12日、記者会見を開き、声明を発表した。日本ジャーナリスト会議(JCJ)、メディア総合研究所、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)もそれぞれ声明を発表した。
植村隆氏の声明
本日、最高裁の決定を受け取りました。これで、西岡力氏らを名誉毀損で訴えた植村裁判東京訴訟での私の敗訴が確定しました。極めて不当な決定です。最高裁は、植村裁判札幌訴訟(対櫻井よしこ氏裁判)に引き続き、歴史に汚点を残す司法判断を再び下しました。
西岡氏は『週刊文春』記事の談話で、私が1991年8月に朝日新聞に書いた元日本軍「慰安婦」金学順さんの証言記事を「捏造」と決めつけるなど、私に対する「捏造」攻撃を繰り返してきました。西岡氏は談話で、金学順さんが「親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。植村氏はそうした事実に触れ」ていないと述べましたが、それが事実ではないことが東京地裁の被告本人尋問で明らかになりました。西岡氏は虚偽の根拠に基づいて、私を攻撃していたのです。記事を「捏造」と断言されるのは、ジャーナリストにとって「死刑」宣告のようなものです。しかし、西岡氏は私に直接取材すらしていませんでした。
この西岡氏のフェイク言説が、すさまじい「植村捏造バッシング」を引き起こしました。多数の人々がバッシングに加わり、その結果、私は内定していた大学の教授職を失いました。当時、高校生だった私の娘の顔と実名が悪質なコメントとともにツイッターやインターネットなどにさらされ、「娘を殺す」という脅迫状まで送られてきました。私が非常勤として勤務していた大学に脅迫電話をかけた犯人の一人は逮捕され、罰金刑を受けました。娘をツイッターで誹謗中傷した一人は裁判で責任が問われ、賠償金を支払いました。しかし、「植村バッシング」を引き起こした張本人である西岡氏の責任が全く問われていません。異常な司法判断と言わざるを得ません。
また西岡氏は、私が1991年12月に書いた記事について、著書などで、金学順さんがキーセンに売られたことを書かなかったから「悪質かつ重大な捏造」だと決めつけました。私たちは、この主張を打ち崩す新たな証拠を発見し、東京高裁に提出しました。日本政府を相手取った訴訟を準備していた金さんが初めて弁護団の聞き取り調査に応じた1991年11月25日録音のテープです。ここで金さんは「キーセン」について一言も触れていません。私は記事の前文で「弁護士らの元慰安婦からの聞き取り調査に同行し、金さんから詳しい話を聞いた。恨の半生を語るその証言テープを再現する」と書きました。証言テープで触れられていない内容を記事に書くはずがないのです。ところが、高裁判決はその新証拠を正当に評価しませんでした。
こうした一審・二審の判断を最高裁が追認したのです。西岡氏は裁判期間中の2016年5月23日付で、櫻井よしこ氏が理事長をつとめる「国家基本問題研究所」の「ろんだん」に、こう書いています。「私は1991年以来、慰安婦問題での論争に加わってきた。安倍晋三現総理大臣や櫻井よしこ本研究所理事長らも古くからの同志だ」。つまり私は「アベ友」相手の裁判で相次いで敗れたのです。昨年11月19日に安倍晋三前首相は、自身のフェイスブックに札幌訴訟の最高裁決定を報じた産経新聞の記事を引用し、20日未明には「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」と書き込みました。しかし判決に私の記事を「捏造」と認めた記述はありません。これは完全なフェイク情報です。私の抗議で、安倍氏はこのコメントを削除しました。私の記事が「捏造」ではないことを改めて証明する機会になりました。同時に私は巨大な敵と闘っているということを改めて実感しました。
櫻井氏は自分の文章に、金学順さんが1991年提訴した際の訴状について「14歳の時、継父によって40円で売られたと書かれている」と書きました。しかし金さんの訴状にそのような記述はありません。今回の札幌訴訟で私の指摘を受けて、自分の記述が間違っていたことを認め、雑誌WiLLと産経新聞に訂正を出しました。裁判の結果は、残念ながら敗訴となりましたが、金学順さんが元「慰安婦」として勇気を持って名乗り出たことをいち早く伝えた私の記事の歴史的意義は、西岡氏や櫻井氏らの攻撃でも損なわれていないことが、改めて確認できました。今回の裁判結果にひるむことなく、故金学順さんら元「慰安婦」をはじめとする戦時の性暴力被害者たちの名誉や尊厳を守るため、「アベ友」らによるフェイク情報の追及を続けていきたいと思います。
2021年3月12日、元朝日新聞記者 植村隆
上告棄却決定を受けて 弁護団声明
最高裁第一小法廷は、3月11日付けで、植村氏の上告を棄却し、上告受理申立を不受理とする決定を下した。これにより、元朝日新聞記者植村隆氏が、株式会社文藝春秋と西岡力氏を被告として提訴した名誉毀損に基づく損害賠償等請求訴訟(提訴は2015年1月付け)が、植村氏の請求を退ける形で確定した。
植村氏は1991年執筆の朝日新聞記事において、日本軍従軍慰安婦として最初に名乗りをあげた金学順氏の証言を報道した。西岡氏は植村氏の記事について、「捏造」などと決めつけ、繰り返し攻撃してきたものである。植村氏は、西岡氏とその影響を受けた人々らの攻撃により、大学教授の職を追われ、家族が脅迫を受ける等の深刻な被害を受けてきた。植村氏は、自己の名誉と家族の安全、そして慰安婦として名乗りを上げた金学順氏の尊厳を守るため訴訟に踏み切らざるを得なかったのである。
植村氏の訴えを退けた東京地裁判決は、植村記事中「女子挺身隊の名で」という記載は「強制連行を意味する」との前提で、植村氏は意図的に事実と異なる記事を書いたと認定した。しかし、植村氏において強制連行をでっち上げようという悪しき意図があったとすれば、「だまされて慰安婦にされた」等と書くわけがない。かかる不当な認定を追認した最高裁判決は、もはや人権の砦としての職責を放棄したというほかなく、強い怒りを禁じ得ない。
他方、東京高裁判決においては、植村氏が、金氏が妓生に身売りされたとの経歴を知っていたのにあえてこれを記事にしなかった事実や、植村氏が義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いたとの事実について、真実性が否定されている。この意義は極めて大きい。
金学順氏は、日本軍により17歳で従軍慰安婦にさせられたという被害を訴えた。これについて、金氏は妓生に身売りされて慰安婦になったとか、植村氏はそれを知っていながら隠した等の右派による歴史修正的な言説が喧伝されてきた。西岡氏は「身売り」説の中心にいたのである。本判決により「身売り」説が真実に反するとの判決が確定したのであるから、以後、同様の虚偽宣伝をくり返すことは許されない。
未だインターネット等においては、西岡氏と同趣旨の虚構に基づいて植村氏を攻撃するものが散見される。弁護団は、今後も植村氏の名誉を守り、慰安婦問題に関する歴史の真実と正義を守るために活動を続ける所存である。
2021年3月12日、植村隆弁護団
日本ジャーナリスト会議 声明
右派論客の「いいかげんさ」明らかにした植村裁判
2015年の提訴以来、6年にわたった元朝日新聞記者・植村隆氏による名誉棄損訴訟は、言論界の歴史に刻まれるだろう。旧日本軍による朝鮮人女性らに対する人権侵害、従軍慰安婦の問題を正面から取り上げ、その存在を否定する「右派の論客」といわれる人たちの「いいかげんな姿」を法廷の内外で明らかにしたからだ。
札幌訴訟で被告となった櫻井よしこ氏は、元従軍慰安婦の金学順さんが日本政府を相手に起こした裁判にからみ、「訴状には、14 歳のとき、継父によって40 円で売られたこと(中略)などが書かれている」と様々な出版物で主張した。そのうえで「40円」などについて新聞記事で触れなかった植村氏を「捏造」記者と中傷した。
しかし現実の訴状にその記述はない。フリーランスライターが金学順さんを取材して書いた月刊誌の記事を読んで、実は櫻井氏は「40 円」を知ったのだという。直接の当事者取材をせず、第2 次資料の雑誌記事をそのまま信用し、それを「訴状に書かれている」と言って間違いを犯す。その安易さ、軽さに私たちは驚く。少なくとも植村氏は金さんと直接会い、話を聞いている。ジャーナリストにとって、この差は大きい。
東京訴訟での被告、西岡力氏も信じがたい行為に及んでいた。韓国ハンギョレ新聞の金さんに関する記事を著書で引用しながら、末尾に「私は、40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後日本の軍隊のあるところに行きました」と、同紙に書いていない文章を付け足していたのだ。記事の改ざんである。
金学順さんはあくまで商行為で軍に近づいて慰安婦になったと一方的に想像する両氏は、「40円」を強調するため、おかしな記述をした。だが実際の金さんは中国で、日本軍人によりトラックで慰安所に連行され、将校級の男からいきなりレイプされた。その悲痛な証言は無視されたままだ。
植村氏を「捏造記者」と櫻井氏、西岡氏が新聞や出版物で中傷した結果、激しい植村バッシングが起きた。ネット上に家族がさらされ、殺人脅迫にまで至った。そのムードを煽った両氏の責任は重い。
迫害されているジャーナリストの支援を、日本ジャーナリスト会議は大きな活動目的のーつに掲げている。最高裁の決定で、植村さんの訴えは認められなかったが、従軍慰安婦の歴史の解明と、言論を脅迫と暴カで抑え込もうとする勢カとの闘いに、これからも全カで取り組む決意だ。
メディア総合研究所 声明
歴史の闇に光を当てる果敢な報道を期待する
~一連の「植村裁判」終了に当たって~
元朝日新聞記者で『週刊金曜日』発行人の植村隆さんが、「慰安婦」報道をめぐる署名記事を「捏造」と決めつけた研究者らに対して名誉棄損を訴えた一連の裁判で、最高裁による判断が示された。残念ながら植村さん側の主張は認められず、慰安婦問題をめぐる事実に基づかない主張は、「真実相当性」のハードルを下げる司法判断によって、札幌・東京の地裁・高裁、そして最高裁に容認されてしまった。
根拠のない情報を流布させた責任を免責した一連の司法判断が、この国の言論空間をさらに歪んだものにしてしまう悪影響を強く懸念せざるを得ない。とくに、誤った情報で不当なバッシングにさらされた植村さんとそのご家族が、法的には何の補償も得られないことになったのは返す返すも残念だ。
一方で、被告の西岡力氏や櫻井よしこ氏らは、いずれの法廷でも植村氏の記事を「捏造」と断定した根拠を示すことができず、かえって自身の主張の一部を訂正することを余儀なくされた。このように、一連の裁判を通じて、植村さんが決して「捏造記者」でなかったことが事実をもって証明された、と日本の司法が認定したことにもなった。札幌・東京双方における植村さんの弁護団の皆さんに対し、この間の多大な努力を心より労いたい。また、この裁判のたたかいを通じて、全国各地の心ある市民やジャーナリスト、学生たちの間に広がった支援の輪も、得難い成果だと言えるのではないだろうか。
「フエイクニュース」がSNSなどで容易に拡散してしまう今日、事実に基づいた正確な報道・情報はますます重要性を帯びてきている。それは、プロフェッショナルとしてのジャーナリストたちの地道な活動なくして成り立たない。いわゆる「慰安婦」問題については、近年の歴史研究の進展にもかかわらず、日本国内の一般のメディアによる報道は、残念ながらごく一部に限られている。報道の現場で働く方々の一層の奮起を願わずにいられない。
戦争における加害・被害の悲劇を二度と繰り返さないためにも、現代そして次世代を担う記者・ジャーナリスト各位には、日本の戦争責任・植民地責任をめぐるテーマについて、臆することなく果敢に報道していくことを、心から期待したい。
2021年3月12日、メディア総合研究所長 砂川浩慶
日本マスコミ文化情報労組会議 声明
「ジェンダー平等」逆行の司法判断を批難する
元慰安婦の証言を書いた記事に対して繰り広げられた「捏造」バッシングについて、元朝日新聞記者の植村隆さん(現・週刊金曜日発行人)が名誉回復を求めていた損害賠償訴訟(東京訴訟)の上告が退けられ、請求を棄却した一審、二審が確定しました。もう一つの損害賠償訴訟(札幌)の上告棄却に続く不当な判断で、大変遺憾です。一連の司法判断を受けて求めた「真実相当性」の判断についても棄却されました。この判断は、S N Sなどで氾濫するフェイクニュースや性被害者、ジャーナリストに行われている「言われなきバッシング」を助長しかねません。戦時性暴力の被害者である慰安婦の証言を報じた側には社会的に重い責任を負わせ、被害者の証言報道を「捏造」などと貶める側の取材不足・誤読・曲解については大幅に免責する一連の司法判断が確定したことは、維持されるべき「民主主義」や「ジェンダー平等」の広がりに逆行するもので、強く抗議し批難します。
一連の訴訟は、1991年に韓国で初めて「元慰安婦」であったことを名乗り出た女性の証言を新聞記事にした植村氏に対して、西岡力麗澤大学客員教授とジャーナリストの櫻井よしこ氏が、2014年ごろからコラムや論文で「捏造」記者と攻撃したことに端を発します。当時、植村氏の勤務先の大学に退職を要求する脅迫文が大量に送りつけられたり、インターネット上で家族を含めた個人攻撃が行われたりしました。訴訟で、植村氏を「捏造」と断じていた西岡氏や櫻井氏の主張の根拠が成り立たないことが明らかになりましたが、控訴審を含めて、西岡氏や櫻井氏らを免責する判決が出ました。
今回確定した二つ訴訟の判決で問題にすべき点は、免責につながる「真実相当性」に対する判断です。「桜井氏は(植村氏)本人に取材しておらず、植村氏が捏造したと信じたことに相当な理由があるとは認められない」とする植村氏側の主張を退ける際、札幌高裁が「真実相当性」に関わる判断として、「資料などから十分に推認できる場合は、本人への取材や確認を必ずしも必要としない」としました。
続く上告審では、名誉毀損の免責理由となる、この「真実相当性」について、判断の見直しを求めましたが、退けられました。「真実相当性」は「確実な資料や根拠に基づき真実だと信じることが必要」とされていますが、今回の棄却によって「真実相当性」に対するハードルを下げて解釈することが可能になるのではないかと危惧します。
そもそも、意に沿わない記事を書いた記者を社会から排除しようとする行為そのものが「言論の封殺」につながり、批難されるべきものですが、今回の判断により、報道や言論表現をする上で、デマやフェイクの歯止めとなる「真実相当性」のハードルが下がってしまいかねません。確実な資料や根拠に基づかないバッシングも許してしまったり、フェイクニュースを根拠に新たなフェイクニュースが生み出され拡散されてしまったりしても、発出した責任が問われにくくなる恐れがあります。そのような流れが社会的に容認されてしまうことは、メディアの労働組合として到底看過できません。
事実に基づいて記事を書いた記者を「捏造」だと流布し、そのレッテル貼りが許されれば、モラルに沿い、事実に基づいて行われるべき報道のあり方そのものが否定されるのと同じです。その否定は、民主主義の根幹を揺るがすことにもつながりかねません。また、「記者への死刑判決」とも言える、事実に基づかない「捏造」のレッテル貼りも容易となり、とがめられなくなれば、表現活動への萎縮ムードを招きます。結果として、為政者にとって都合のいい歴史修正主義が横行してしまい、次世代のジャーナリストが過去の歴史的事実に向き合い、報道していく道を狭めてしまいます。
また、植村裁判の一連の司法判断では、歴史的事実や女性の人権に対する裁判所の認識の歪みが表れていましたが、その歪みに「司法のお墨付き」が与えられてしまいました。その象徴としては、植村氏が報じた慰安婦の証言について、「単なる慰安婦が名乗りでたにすぎないというのであれば、報道価値が半減する」と札幌高裁の言及があります。戦後、長い苦しみの時間を生き抜き、勇気と決意をもって名乗り出た女性を「単なる慰安婦」と貶めました。この言葉は、過去の戦時性暴力と向き合わず、現代の女性の性被害事件に対して連続で無罪判決を下してきた、司法の「遅れたジェンダー平等」感覚を体現しているのではないでしょうか。公に発せられたこの言葉は、私たちを大いに失望させ、過去と現代に生きる全ての女性への侮辱や著しい人権侵害と解します。そのような観点から見ても、今回の上告棄却は、今後の性暴力被害の告発やその報道にも深刻な影響が出かねないもので、容認できません。
今回の上告棄却を受けても、メディアの労働組合に集まる私たちは、植村さんをはじめとする、真実を追い求めて報じるジャーナリストに対する攻撃を許しません。また、事実に基づく報道や表現活動が尊重され、守られることをのぞみます。これからも、過去から未来にかけて女性の人権を侵害し、ジェンダー平等を否定したり、逆行したりするような公的な判断や行為については、批難するとともに、絶えず修正を求めていきます。
2021年3月12日
注=日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)には、新聞労連、民放労連、出版労連、全印総連、映演労連、映演共闘、広告労協、音楽ユニオン、電算労が結集している