2019年10月21日月曜日

櫻井流は許されない

札幌控訴審第3回口頭弁論(10月10日)で、植村弁護団は3通の準備書面、2通の意見陳述書とともに47点の証拠を追加提出した準備書面2、3、4の概要と証拠一覧は既報。これらはすべて、控訴審の3つの重要な論点のどれかにかかわるものである。
3つの論点とは、
▽一審判決の真実相当性の判断は法理と従来の判例に反していること
▽櫻井よしこ氏の言説には誤りだけでなく、変遷と矛盾があること
▽植村氏が書いた記事は捏造ではなく、慰安婦報道に誤りはないこと
である。
新たな証拠の収集と整理作業にあたっては、弁護団事務局と支援グループ有志が、なにがなんでも原判決をひっくりかえすという強い決意を共有し、大きな労苦を重ねた。当ブログでは、新たに提出された証拠のうち主要なものの紹介を次の順で連載する。
その1 櫻井流は許されない=甲155~164号証、最近の名誉毀損訴訟判決9例
その2 ウソも方便?櫻井流=甲165号証、櫻井よしこ著「迷わない」(2013年、文藝春秋刊)
その3 歴史家の真摯な思い=甲183号証、和田春樹東大名誉教授の意見書

なお、同時に提出された「金学順さんの証言録音テープ」「韓国紙記者証言」などは東京控訴審(第1回、10月29日)で主張が展開されることになっているため、当ブログでの紹介は後日となる。


 札幌控訴審 新証拠解説その1 

裏付け取材のない記事に「真実相当性」は認められない。厳格な判断を下した高裁・地裁判決は、こんなにもある!

一審判決は櫻井氏の名誉毀損表現が真実と信ずるについて相当の理由があること(「真実相当性」)を認めて免責したが、その判断は間違っている。
植村弁護団は、すでに控訴理由書で50ページにわたる紙数を費やして、櫻井が根拠としてあげた資料や事実から「真実相当性」を認めることはできない、と述べている。今回提出した「準備書面2」は、その主張を繰り返したうえで、最近の判例の流れに照らしても一審判決は間違っていることを明らかにしている。
真実相当性の成立には「確実な資料、根拠」に基づき真実だと信じることが必要であり、単なる憶測や信頼性がない資料等では足りない、とするのが名誉毀損裁判の法理である。その上で「準備書面2」は、最近10年間の高裁、地裁の判決のうち、記事が正しいかどうか(「真実性」)に加え取材の正当さも争点となった9件をもとに、取材の重要性を次のように結論づけている。
(1)被害が重大である場合ほど慎重な裏付け取材が必要であり、(2)本人への取材の有無、及び(3)取材源の情報を裏付ける取材の有無や重要な関係者への取材の有無を重視している、また、(4)本人への取材や取材拒否があった場合であっても、裏付け取材が不十分であれば相当性は否定される。

記事が正しいかどうか、に加えて「取材」の内容や方法が問われた9件の判例は次の通り。いずれも原告が勝訴、メディア側被告の「真実相当性」は認められなかった。
① 貴乃花親方vs週刊新潮
② 石井一・元参院議員vs週刊新潮
③ 亀井郁夫・元参院議員vs週刊新潮
④ 読売新聞vs週刊ポスト
⑤ 橋下徹・元大阪市長vs週刊文春
⑥ 小西博之・参院議員vs阿比留瑠衣(産経新聞)
⑦ 徳洲会グループ元事務総長vs週刊文春
⑧ 松丸修久・守谷市長vsフライデー
⑨ 池田修一・元信州大医学部長vs月刊Wedge

各訴訟のポイントを「準備書面2」をもとに以下に紹介する。同書面では人名や媒体名が一部、英字で略記とされているが、事例をわかりやすくするために、当ブログでは当時の報道をもとに実名とした。(  )の数字は証拠番号。

①週刊新潮敗訴=2011年7月28日、東京高裁判決(甲155)
大相撲の貴乃花親方夫妻が、相続問題などに関する「週刊新潮」の5本の記事で名誉を傷つけられたとして、新潮社に賠償などを求めた訴訟。賠償額は減額したが一審判決を支持した。記事のうち「父親に無断で権利証を持ち出した」という記述について一審判決は「当時の担当デスクは、元大関の断髪式に出席したベテラン記者、旧部屋後援者、フリーライター等からもたらされた情報に基づく記事であり、信頼すべき人物から取材した、と供述するが、裏付け取材をしていないこと、権利証持ち出しの具体的内容や理由が明らかでないことを自認しており、情報源の存在やその信頼性を認めるに足りる証拠はない」として「確実な資料、根拠に基づく相当の理由があったとは認めることができない」と認定し、真実相当性を否定した。賠償額は325万円。

②週刊新潮敗訴=2011年11月16日、東京地裁判決(甲156)
厚労省郵便不正事件に関する「週刊新潮」の記事で、「政治的影響力を行使して事件に関与した」などと書かれた石井一参院議員が名誉を傷つけられたと訴えた訴訟。判決は、取材経緯について「担当記者は原告の事務所に対し回答期限を設定して記事内容に関する質問を記載した文書をファクシミリ送信したが、期限までに回答はなく、また、被告の担当記者は原告の携帯電話に電話を掛けて取材を申し込もうとしたが、原告にはつながらなかった」と認定したが、「全国紙社会部デスク記者の見立てを取材により知ったものの、これらを裏付ける独自の取材を行った形跡はなく、原告に対する直接の取材も行わないまま、間接的な情報にすぎない上記の見立てに沿って」記事を掲載した、として真実相当性を否定した。また、政治資金監理団体の収支報告書に政治資金パーティーの収支の記載がない旨の記事(表題は「黒い政治献金疑惑」)についても、「原告の政治資金管理団体と東京都選挙管理委員会に対する調査も行わず,また、原告の事務所が「調査のうえ回答する」と述べていたにもかかわらず,設定した回答期限の経過後直ちに記事を執筆、掲載」したとして、取材の不十分さを理由として真実相当性を否定した。

③週刊新潮敗訴=2013年5月29日、広島地裁判決(甲157)
裏口入学の口利き名目で現金をだまし取ったと「週刊新潮」に書かれ名誉を傷つけられたと、亀井郁夫元参院議員が訴えた訴訟。判決は「詐欺被害を訴える被害者がいた場合には、まず、その主張が信じるられるかどうかについて疑いの目を向けて、その裏付け調査には一定の慎重さが要求される」とし、「本件記事作成のために取材を担当した記者とデスクは、取材過程で判明した関係者(故人)の主張の矛盾点をことさら無視」したなどと指摘し、本人への取材を行った事実についても「本件記事の内容を考慮すれば極めて短期間」と判断して、真実相当性を否定した。賠償額は330万円。

④週刊ポスト敗訴=2014年6月26日、東京高裁判決(甲158)
「海外取材してまで警視庁『2ちゃんねる潰し』を応援する読売の“見識”」との表題の記事について読売新聞社が訴えた訴訟。一審東京地裁は、「記事の内容の大半は抽象的な内容」などとして請求を斥けたが、控訴審判決は「裏付ける取材をしたことなどを伺わせる証拠はない」などとして真実相当性を否定し、一審を破棄し逆転判決を言い渡した。賠償額は100万円。

⑤週刊文春敗訴=2016年4月8日、大阪地裁判決(甲159)
顧問弁護士をしていた料理組合側から性的接待を受けていた、との「週刊文春」の記事で名誉を傷つけられたと橋下徹・元大阪市長が訴えた訴訟。判決は、「接客を行った女性の話が曖昧であり、客観的に裏付けるような資料がないことなどに加えて、料理組合に対して事実関係の有無を確認していない」として真実相当性を否定した。賠償額は220万円。

⑥産経・阿比留氏敗訴=2016年12月5日、東京高裁判決(甲160)
「官僚時代、意に沿わぬ部署への異動を指示された際、1週間無断欠席し、さらに登庁するようになってもしばらく大幅遅刻の重役出勤だったそうです」などとフェイスブックに投稿した阿比留氏(産経新聞政治部)を小西博之参議院議員が名誉毀損で訴えた訴訟。判決は「再伝聞のみに基づいて本件投稿を執筆した」として真実相当性を否定した。賠償額は110万円。(原判決は甲161)。

⑦週刊文春敗訴=2017年3月28日、東京地裁判決(甲162)
「徳洲会マネー100億円をむさぼる『わるいやつら』」と題した記事などで名誉を傷つけられたとして、徳洲会グループ元事務総長、能宗克行氏が訴えた訴訟。判決は、「徳洲会の内部事情を知悉している幹部等から取材したとしても、徳洲会と能宗氏との間には対立関係があり、能宗氏に有利な事情や徳洲会に不利な事情についてはあえて明らかにしないことがある。取材結果の評価については慎重な検討、分析が必要であった」として、取材内容が真実であると信じる相当な理由があるとはいえないと判断した。また、能宗氏が取材を拒否したとしても、週刊文春の取材の方法等を考慮すれば、真実相当性の根拠になるとは認められない、とも判断している。賠償額は198万円。

⑧写真週刊誌「フライデー」敗訴=2019年3月5日、東京地裁判決(甲163)
公共事業の入札をめぐり不正疑惑があると書かれた茨城・守谷市の松丸修久市長が名誉毀損で訴えた訴訟。判決は、「取材班は松丸氏本人には取材したが、松丸氏が代表取締役を務める会社との関係性に係る重要な関係者や同社には取材をしなかった」として真実相当性を否定した。賠償額は165万円。

⑨月刊「Wedge」敗訴=2019年3月26日、東京地裁判決(甲164)
「子宮頸がんワクチンの副反応の研究で捏造行為をした」と書かれた信州大学医学部教授、池田修一氏が名誉毀損で訴えた訴訟。判決は、「研究者にとって致命的ともいえる研究不正を告発するのであれば、その記事が原告に与える影響の重大さに鑑みて、関係者(同学部特任教授A氏)の発言を鵜呑みにするのではなく、より慎重に裏付け取材を行う必要があった」と指摘したうえで、「原告に対する取材を行っていない」「A氏の述べた内容を軽信し、実効的な裏付け取材を何ら行わなかった」ことを理由に、「捏造したと信じたことについては、相当の理由があったものということはできない」と判断した。賠償額は満額(330万円)を認めたほか、謝罪広告の掲載とネット記事の一部削除も命じた。月刊「Wedge」は控訴を断念したが、記事を書いたジャーナリスト村中璃子氏は控訴した。
※この判決の詳細は、当ブログが4月5日に報じています

名誉棄損訴訟では、取材対象者本人や重要な関係者への取材を怠った「櫻井流」が許されないことは、上記9例からも明らかだろう。

※次回は、その2「ウソも方便?櫻井流」